7.受容

安全な場所・・・
安全な場所・・・

どこだろう・・・
安全な場所って

ほら、行くよ
こっち

あ、うん

なんとなく、
握られた手をぎゅっと握った。

すると、
芹ちゃんもぎゅっと握り返してくれた。

えへへ、なんか嬉しいっ

・・・・・・

ずかずかと歩き出した芹ちゃんに連れられて、
私は駅の近くにあるビルの中に入っていった。

連れられてやって来たのは、
どこかの事務所のようだった。

ここが・・・安全な場所?

どのへんが安全なのか、
サッパリ分からなかった。

まだ安全ってわけじゃないよ

これから、安全にするの

はぁ・・・

どう安全にするというのだろうか。

むむむむっ

よく分からないけれど、
これから何かするのだろう
ということは察せられたので、
それを見逃すまいと芹ちゃんを凝視した。

うん、やっぱり芹ちゃんも可愛い!

暢気にそんな邪念を胸中に抱いていると、
芹ちゃんが私の方へと振り返った。

よし・・・
これであの子は
あなたを感知できない

は?

いきなり何を言っているのだろうか。

というか見ていた限り、
芹ちゃんが何かをしたようには見えなかった。

部屋の空気を換えたの

私が造った空気だから、
この中にいれば気付かれない

だから窓は開けないでね

芹ちゃんはいったい
何を言っているのでしょうか。

芹ちゃん、頭大丈夫?

割と本気で心配した。

・・・・・・

私の言葉に反応してか、
一瞬、芹ちゃんの表情が険しくなった。

そして無言のまま私の前にやって来て、

何も持っていないはずの右手を振り、
私の眼前で止めた。

はへ?

そしてその芹ちゃんの手には、
いつの間にか小さなナイフが握られていた。

ナ、ナイフなんて持ち出して、
いきなりどうしちゃったの・・・?

突然の敵対行動に、
私の頭が真っ白になる。

ちょっと失言だったかもしれないが、
そこまでされるようなことではないはずだ。

呆然とする私を尻目に、
芹ちゃんは手にしたそのナイフを手放した。

・・・・・・

足元に落ちたナイフに視線を落とし、
再び芹ちゃんに視線を戻した。

・・・・・・

すると何も持っていないはずの芹ちゃんの手から
新しいナイフが現れた。

・・・!?

滲むように現れたナイフを前にして、
私はそれを見間違いかと思った。

もしくは最初から持っていて、
最初は持っていないかのように
錯覚していただけなのかもしれないと考えた。

眼前の現実を受け入れきれず、
そういった言い訳を必死に考えた。

しかしそんな私の現実逃避も、
芹ちゃんが再びナイフを
手放したことにより無に帰した。

再び床に落ち、
音を立てるナイフ。

間違いなくそれは本物で、
間違いなくそこに存在していた。

なに・・・それ・・・

言ったでしょ、夢の中だって

それが今の現象とどんな関係があるというのか。

ゆ、夢の中だから
何でもできるとでも言うの?

そんなのは馬鹿げていると、
そう思いたくなるけれど、
でも・・・・・・。

何でもはできない

でも、これくらいならできる

・・・・・・

流石に実演されては、
異論を挟む余地はなかった。

この世界はあの子の夢で、
厳密にはあの子を蝕んでる
夢のものだけど、
こうやって創造したものは
あの子の夢じゃなくて、私の夢

だからあの子はそれを感知できない

よく分からないけれど、
ああやって何かを
造り出せるということなのだろう。

な、なるほど・・・
えーっと・・・つまりこう?

芹ちゃんはこの部屋の空気を造った

その空気は芹ちゃんが
造ったものだから、
茜ちゃんには分からない

だからそこに居れば私のことも
茜ちゃんは分からない

オーケー?

必死に噛み砕いて、理解しようとする。

うん、オーケー
そういうこと

あっさりと肯定されてしまった。

な、なるほどね!

色々と残る疑問を棚上げにして、
表面上は納得しておくことにした。

しかしこれはもう芹ちゃんの話を
全面的に信じるべきではないだろうか。

ここは本当に、
夢の中なのだろう。

少なくとも私にある知識では、
先程の現象を説明できない。

いきなり理解しろ
っていうのも酷だから、
今は休むといいよ

ここにはソファーもあるし、
何なら眠ってもいいし

夢の中で眠るというのは、
なんだか変な話である。

というか眠れるのだろうか?

でも休めるのは嬉しいな!

ずーっと動きっぱなしで、
正直疲れたんだよね

そう
じゃあごゆっくり

そう言うと芹ちゃんが室外へ出て行こうとする。

だから私は慌てて芹ちゃんの手を掴んで止めた。

ちょっ!
どこに行くの!?

まだ出会っても間もないが、
それでも芹ちゃんの傍から
離れるのには抵抗があった。

それは芹ちゃんと会う前の
一人に戻ることを意味する。

例え芹ちゃんが一時離れるだけだったとしても、
今は人恋しいというのが本音である。

言ったでしょ
あなたのことを調べるって

だ、だからどこかに行くの?

ええ、だってここでは調べられないもの

そんな・・・

芹ちゃんの傍に居たい。

茜ちゃんが怖いのではない。

一人になるのが怖かった。

そんな顔をされると、困る

うぅ・・・
我侭なのは承知の上だけど、
一人は嫌・・・

できるだけ早く戻るから

一人になりたくない。

でも、それじゃあ何も変わらないままだ。

・・・っ

私のことを調べてると、
芹ちゃんは言ってくれている。

そしてその為には
私が一人でここで待たないといけない。

芹ちゃんは私の為に
骨を折ってくれるんだ

余計なことで煩わせるべきじゃない

だったら、私がするべきは待つことだろう。

嫌だけど・・・超嫌だけど!

わ、分かった
しょ、しょうがないもんね!

私、待つよ・・・

本音を隠して、私は虚勢を張った。

・・・ありがとう

そう言うと芹ちゃんは、
掴んでいた私の手を優しく剥がした。

掴む先を失った手を、
私はぎゅっと握り込んで
感情を押し殺した。

我慢よ、私・・・我慢我慢!

前の私がどうかは知らないけど、
今の私は我慢のできる女よ

ファイト、私!

自分にそう言い聞かせる私を尻目に、
芹ちゃんは私と同じように
掌をぎゅっと握り込んだ。

そして数秒後、握り込んだ掌を開くと、

小さな鍵を手にしていた。

ついっさきまで、
手には何も持っていなかったはずだ。

それはつまり、
たった今造り出したことを
意味しているのだろう。

夢の中というよりも、
ファンタジーな世界って
認識するべきね

鍵を手にした芹ちゃんは、
そのまま出入り口の扉に近づいた。

そして内側に鍵穴なんて存在しないはずなのに、
鍵をドアノブに突き刺した。

私ってば幻覚でも
見てるのかな・・・

目を擦って見直すが、
やはり鍵がドアノブに突き刺さっていた。

いったいどういうことなのだろう。

いい加減驚くのにも飽きたのだけれど、
やっぱりビックリするものは
ビックリしてしまう。

そして困惑する私を余所に、
芹ちゃんはその鍵を一回転させた。

すると施錠音がして、
その後鍵が溶けるように消えた。

なんだか驚くのが
馬鹿馬鹿しくなるなぁ

そして芹ちゃんがくるっと振り返り、

それじゃあ、行ってくるね

そう言った。

急に寂しくなり始めたが、
我慢した・・・超、我慢した。

うん!
行ってらっしゃい!

先程の鍵を回すという行動の意味とか、
芹ちゃんがどこに行くのかとか、
疑問はいっぱいあったけれど、
今は芹ちゃんを見送ることに
専念しようと思った。

・・・・・・

そして芹ちゃんはドアノブに手を握り、
扉を開いた。

そうして開かれた扉の先にある光景を見て、

・・・は?

今日何度目かになるか分からない、
驚きの感情を抱くのだった。

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