彼女の話を聞き終わって。

 悲しまずには居られなかった。

 社会に否定され。安息の場である筈の家庭からも否定され。
 どこにも居場所がない。

 そんな"分かる"なんて軽々しく言うのも憚られるような境遇。
 分かるなんて言えないけど、想像は出来る。

 彼女はやはり何も悪くない。
 被害者だっただけの事だ。
 それは確か。

 だけど、僕は口を開けなくなっていた。

"心を撃ち砕いた"って、何だ?

 学生数人が昏睡した事については、知っている。
 朧げながら、その様な事件についてのニュースを見た覚えがある。
 意識が戻ったというニュースは聞いていないから、今も昏睡しているのだろう。
 原因も未だ分かっていない。
 かなり奇特な出来事ではあるが、僕は当時、この街に住んでいなかったからなのか、そんな事件があったという知識はあっても、何らかの感慨を抱いた覚えはない。

 いや、僕の、事件に対する感想なんてどうでもいい。

 それよりも、叶会さんは、何を言っているんだ?

 妖術じゃあるまいし、悪意を持ったからって、対象が突然倒れて起きなくなるものか。

 まるで、いつもの"設定"の様だ。

 しかし、彼女の話を聞く限りでは、むしろその出来事があった後に、"設定"を行うようになったみたいじゃないか。

澪里

意味不明すぎて困ってるみたいだけど、こう考えられないかい、いーちゃん


 唐突に澪里さんが口を開く。

澪里

末那ちゃんの防衛機制が、傷ついた心を守る為の武装を上位次元から自動的にダウンロードしたワケ

逸貴

……は?


 何故、今突然、こんなタイミングで、そんな設定語りめいた事をする。

澪里

その武装ってのが、心を撃ち抜く弾丸を放つ、心の銃

逸貴

え?

澪里

命名するなら『トリガーマインド』っていう所かなー

逸貴

ふざけてるのか?

澪里

大真面目だよ。ね、末那ちゃん


 何の事だと疑問に思って叶会さんの方を見てみる。

末那

心の銃……


 そんな反応をする叶会さんは、ふざけている顔では無かった。
 そもそも、あんな話をした直後にふざけられるものか。

澪里

訳のわからないものって、やっぱり怖いよね

逸貴

それはそうだけど……

澪里

理解の範疇に収めたくなるよね

逸貴

あ、ああ……


 そういう経験は誰だって、あるにはある。

澪里

嘘くさい理由でも、理由は理由なんだよ。どうしたって、不可解なことをゼロには出来ないから、そうやって無理にでも納得してしまうのが多くの人間のやり方さ

 そうかもしれない。

 いや、そうなのだろう。

 だけど、言いたい事はある。

逸貴

それが叶会さん自身を苦しめるとしてもか?

末那

わ、私が……撃ったもの……


 その理由は、間違いなく今、叶会さんを苦しめている。

澪里

いーちゃんって本当、事無かれ主義だよね。あんたが何とかすればいいじゃん

"僕に何が出来る"と言いかけたが、すんでのところで踏みとどまった。

 いつものように何の躊躇いもなく澪里さんは口走っているが、この場には叶会さんがいる。
 今ここで諦めたら、叶会さんを突き放すことになってしまう。
 彼女に対してさんざん偉そうな事を考えてきて、今更そんな事出来るものか。

逸貴

澪里さん

澪里

ハイハイ、外出てろっていうんでしょ。分かってるよ

逸貴

ごめん

澪里

私は何も悪い事されてないよ

 追い出しても、どうせ澪里さんはこんな状況を面白がって、聞き耳をたてているのだろう。

 だがこの際、澪里さんの事はいい。むしろ、大人しく外に出てくれた事に感謝しよう。

 さて。

 僕らが叶会さんの過去を知れば、必ず彼女を否定すると、叶会さんは考えている。

 だけど、そんなことは無い。

 今、僕が彼女に抱いている気持ち。
 否定の感情など、一切湧かなかった。
 共感や同情も、あるにはある。

 だけど、それだけでは駄目だ。
 それでは、最初と何も変わっていない。
 僕は、見ているだけじゃだめだ。
 話しているだけじゃだめだ。

 きっと僕と同じ位、人の思いを察するのが苦手であろう叶会さん。

 だからこそ。

末那

や、やっぱり私はそんな人間なんだよ……だって、そ、そんな、そういう風にしか、考えられないよ

末那

ほ、本当は、もっと早くから"君は優しくて良い子だ"って言ってほしかった

末那

他人に言われないと自分の事も信じられない

末那

そんなだから、自分を保てなくて悪意を持っちゃった

末那

そんな人間なんだよ……

末那

わ、私なんか……

末那

私なんか……私なんか……私なんか……

末那

私みたいなの、光野くんと一緒に居るどころか、生きてるのも罪だよ……

逸貴

叶会さん!

逸貴

君は何も悪くないよ

末那

ど、どうして……

逸貴

だって、君は被害者じゃないか


 叶会さんがいじめに遭っていたのは、決して彼女が悪いからじゃない。

末那

で、でも、私が悪意を抱いたのは確かだよ

逸貴

そんなの、どこもおかしくないよ

 悪意を持たない人間なんて、普通は居ない。
 彼女だけが咎められる事は無い筈なのだ。

 それに、昏睡した生徒共は、彼女を苦しめた。
 まさしく因果応報だろう。

逸貴

君は、どこも悪くないよ

末那

ち、違う……!

逸貴

違わない!

末那

違うよ……だって……

 何が違うと言うのか。

 分からない。

……いや。

 僕は。

 彼女の話を聞いた筈だ。

末那

そんなの……

末那

私じゃないよ……

末那

私は、悪い人間なんだ


 そう呟いた直後。

 視界が、落ちる。

 意識が散り散りになる。

 ああ、そうか。

 僕は、僕の心は、撃たれたのか。

 所詮、僕もその程度の心だったという事か。
 叶会さんを救うに値しないという事か。

……

おわり

……

 駄目だ。

 だけど、そういう間違いを考えたくなる事もたまにはある。

 大丈夫。

 僕は死なない。
 僕は、こんな所で死ぬ筈が無い。
 必ず上手くいく。

 それでこそ、この世の価値がある。

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