??

……忘れないで


 分かってるよ、末那。

??

私の姿を、忘れないで


 君の姿を忘れない。

??

私の心を、忘れないで


 君の心を忘れない。

??

私の思いを、忘れないで


 君の思いを忘れない。

??

私との過去の全てを、忘れないで


 君との過去の全てを……。

??

逸貴くん、何の為だか、言ってみてくれると、嬉しいな

 ああ、それは勿論―――

……。

……。

……。

??

そっか。じゃあ、来てくれる、よね?

 そうだね、末那。
 僕は、間違いの可能性なんて恐れる必要は無いんだから。
 でも、僕にはどうすればいいのか、分からないんだ。

 第五章 忘れないで

 今日は、不思議な夢を見た。

 そこには叶会さんが出てきて。
 僕に"忘れないで"と懇願していた。
 そこでは何故か、お互いに苗字で呼んでいる筈の僕と叶会さんは、名前で呼びあっていた。

 何故こんな夢を見たのだろう。

"まるで僕が、叶会さんを忘れるという不安を感じているみたいじゃないか"。

 今は、12月。もうすぐ冬休みという所だ。


 初めて叶会さんを遊びに誘ってから、何度かまた遊んでいる。
 そして、それらの記憶は、今でも鮮明に覚えている。
 もっと言えば、叶会さんと初めて会った時から、彼女について忘れた事など何もない筈だ。
 写真だって、何度か一緒に写った。

 忘れるものか。

 いや、しかし、何かがおかしい。

 叶会さんと会ってから時折受けていた僅かな違和感は、僕の中で肥大化していった。

 それでも未だに、その違和感は具体的な言葉にし難いものだった。
 一体どうしたというのだろうか。
 何故、おかしいんだ?

 何となくもやもやしたまま授業をやり過ごし、オカ研に来た。

澪里

はろー

末那

こんにちは

逸貴

どうも

澪里

何か疲れた顔してるね。どうしたの?

逸貴

ああ、ちょっとね……大したことじゃないんだけど

澪里

ふーん……まあいいや。

澪里

そうそう、末那ちゃんが何か、話したいことがあるらしいけど

逸貴

僕に?

澪里

というか、いーちゃんと私にね

 一体急に、どうしたというのだろうか。

末那

は、話しておかないといけないと思って……

逸貴

何を?

末那

わ、私の、昔のこと

逸貴

なぜ突然……


 叶会さんの過去。
 何があったのか、気にならないと言えば嘘になるが。

末那

私、光野君たちと会ってから、楽しいことが増えて、嬉しかった

逸貴

僕も同じだ

澪里

私なんて楽しい事の為に生きてる位だしね

末那

でも、こんな私がここに居て、楽しく生きてて良いのかって……


 今更、何を言っている。

逸貴

叶会さんは凄く良い人じゃないか……なんだってそんな事……

末那

わ、私の昔のことを知らないからだよ……

逸貴

昔の君に何があったのか、確かにまだ知らない


 それでも僕は。
 知っている。

逸貴

僕は、今の君を知っている

末那

そ、そんなの……

逸貴

君が素敵な人だって、分かってるから

澪里

完全に告白じゃん、もう


 茶化す澪里さんを無視して、続ける。
 これだけは知っておいてもらいたいと思って。

逸貴

君が何を話しても、ここに居ていい事には変わりない


 いや。
 むしろ居てほしい。

末那

……

……。



 僅かな沈黙の後。叶会さんは語り始める。

 僕らと出会う前の、自身の過去を。

 彼女の今を生んだ過去を。

 2008年。
 中学校に入学した。
 

 元々引っ込み思案の性格だったから、友達は全然出来なかった。
 他の生徒の話題に、全くついていけなかったんだ。
 

 そのうえ、話すときにいちいち詰まる"癖"もあって、鬱陶しがられていた。

 その"癖"は、寄る辺にしていたとも言える"優しさ"を、両親に否定されたことによる瑕だろうか。

 そういう事情で、しばらくした頃には、殆どクラスから切り離されてしまっていた。

 寂しくて辛い毎日だったけど、それだけならまだ良かった。

 暫くして、嫌がらせをする者が現れるようになった。

 無視。

 わざとぶつかり、難癖をつけられる。

 教科書や体操服を隠される。

 あとは、弁当を捨てられたり。

 先生に言っても、全然解決してくれなかった。
 

 辛い。

 ただただ辛い。

 学校に居場所が無ければ、家にも無い。
 どこにもなかった。


 2年生になっても、すぐに同じような扱いを受ける様になった。
 靴に画鋲を入れられたりもして、痛かった。

 そして、ある日。

 階段を下りていたところで、不意に突き飛ばされたのだ。
 階段から転倒したことで、全身、特に足を強打してしまった。

 痛かった。

 辛かった。

 今までは、我慢してきた。

 辛くても耐えてきた。

 それでも、その時ばかりはみっともなく涙を溢れさせそうな位に痛くて。

"私"はその時、心の中の優しさを消した。

(……?)

 初めて人を憎んだ。
 苦しみを憎んでも、人を憎むことは無かったのに。

 だから私は、呪いの思考を紡いでしまったのだ。

"壊れろ。そんな汚い心、
撃ち砕かれてしまえ"。

 そうした直後だった。
 

 私を突き飛ばした生徒数人が、魂でも抜けたかのように倒れていった。
 余りにも突然かつ不可思議な出来事に、私はどうする事も出来なかった。

 その後のこと。

 倒れた生徒数人は起き上がる事もなく、昏睡し続けた。
 警察沙汰になる事は避けられず、私も事情聴取を受けた。
 分かる事なんて何も無いから、当然話す事も無かったけれど。


 それでも、しばらくその時の事を考えているうちに、思うようになったのだ。


"もしかすると、私がやったのではないか"。


 私が悪意を持ったから、起こった事では無いか。
 私の悪意が、心の引鉄を引いて、彼らの心を撃ち砕いてしまったのではないか。

 あまりにも荒唐無稽な考えだが、そもそも起きた事そのものが不可思議に過ぎた。

 私は分からない事に恐怖するあまり、自身が分からなくなっていた。


 だから。

 私は"設定"する。

 私とは何か。

 世界とは何か。

 そうすれば、私は自分が何者であるかを把握し続けていられる。
 不定形の恐怖にも、形が見えてくる。

 そう考えた。

第五章―① 忘れないで

facebook twitter
pagetop