僕たち人間は皆等しく、ある悪魔にとりつかれている。
 僕たちは常に変化し続けている。
 さて、変化を望まないことは悪いことなのか。
 いや。本質はその善悪にあるのではない。
 そもそも僕らは、悪魔に"変化を望むこと"を強要されている。
 その悪魔は、"飽き"と呼ばれているものだ。
 だけれど、怖い。
 変わるのは、怖い。
 変わる前の思いがいつか風化してしまうのかと思うと、怖い。
 変わる前の思いを掘り起こそうとしても、そこには大抵残骸しか残っていないから、辛い。
 それでも変わり続けてしまうから、辛い。

 夢だったら幸せだ。
 そこには変化がありながら、変化が存在しない。
 もし人生が全て夢だったのなら。
 死という最後の幸せを掴むまで、僕を醒まさないでくれ。

 第四章 我思う、ゆえに君あり

 起床する。
 時計を見た。7時6分。
 6時から数えると6時66分だ。どうでもいいや。
 今日、2012年10月7日のカレンダーを見てみると、日曜日だった。今日は休みだ。
 そういえば、叶会さんと初めて会った日、6月4日も、6時66分に起きたっけ。
 どうでもいい事は案外覚えているものだ。

……あの子と会ってから、4カ月ほど経った。
 彼女は相変わらずの様子であったが、それでも一緒に過ごしてきたことで、幾らかは仲良くなれたと思う。

 ただ、夏休みに関しては、叶会さんとも澪里さんともメールをする位で、会うことは無かった。
 澪里さんなら"夏休みだからオカ研メンバーで何処か行こう"だなんて言うかと思っていたものの。
 実際には"外暑い、ダルい、しんどい、外出たくない、爆ぜ散れ、二人で勝手にイチャコラしてろ"等といった下らない内容のメールを定期的に送信してくるだけだった。
 とはいえ、僕から誘う根性も無いので、結局夏休みに一緒に何かすることは無かったのだ。

 休みが明けてからは、前と変わらず、休み時間があれば3人で雑談したり、ゲームをしたり、何もせずグダグダしたりした。
 そして。
 そんな中、僕はひょんな事から叶会さんを遊びに誘ってしまった。
 澪里さんが"YOU誘っちゃいなYO!"等と囃したてるので、つい流れで、うっかり。
 どうせ叶会さんに断られると思ったのだが、承諾されてしまって。
 すぐに"勢いで言っただけだから何も考えてないけど良いの?"と断りを入れたのだが、それでも叶会さんはOKしてくれた。
 驚きだ。
 いや、勿論嬉しいのだけれど、同時に不安でもある。
 いざプライベートな時間に会うとなると、何をすればいいのか分からない。
 しかも、よりによって相手は女の子だ。ますますどうしようもない。
 やっぱり断ろうかとも考えたが、いくらなんでも情けなさ過ぎるし、叶会さんとデートまがいの事をしたいという欲求が勝ってしまったのだった。
"決して、デートなんて大層なものではない"と自分に言い聞かせつつ、ともかくそんな事情で、今日は休みにも関わらず、早めの時間に起きた。

 そう、今日なのだ。もはや退けるか。
 待ち合わせは9時に公園。
 そして、僕は何をするか、未だに考えてない。
 もう駄目だ。
 まだ時間はあるので、どうするか考えよう。

 と、そう思った所で、携帯が振動する。メールが来た合図だ。

 まさか、ね。

 確認してみる。やっぱり叶会さんからだ。

"おはようございます。もう公園に着いてしまったので待っています。焦らなくても大丈夫です。失礼しました"

 え、いや……。

 早すぎるよ!5分前集合ってレベルじゃないぞ!
 何故そんなに早いのか。あの場所から家はそう遠くない筈だから、時間の調節は難しくないと思うのだが。
 やれやれ。
"焦らなくても良い"とは言うが、そうもいかないだろう。
 窓の外を見てみる。
 なんだか今日は薄暗い。
 一応、傘を持っていこう。
 僕は急いで、最低限の準備をし、すぐに出かけた。

 ふう。
 ここまで来るのにそんなに時間は掛らない。
 別に焦る必要も無いのだが。

 それにしても、酷い天気だ。
 運が悪いと言わざるを得ないな。

末那

あ、その……

逸貴

あ、おはよう、叶会さん

末那

お、おはよう

逸貴

早いね


 2時間くらい早いね。

末那

ごめんなさい……

逸貴

いや、大丈夫だけど、何かあったのか?

末那

あんまり家に居たくなくて……

逸貴

なるほどね

 かなり前にも、そんな事を言っていた気がする。
 叶会さん、どういう家庭環境にあるのだろう。

 やはり、この子の抱えている問題が気にならないといえば嘘になる。
 出来ることなら、力になってあげたい。
 自己満足といってしまえばそれまでだが、それがどうした。

逸貴

叶会さんってさ

末那

え?

逸貴

何というか、その……


 どう話を切り出そうか。

逸貴

家庭での悩み事とか、あるのか?

末那

え……

逸貴

僕は正直役立たずだけどさ、話を聞くことくらいは出来る

末那

う、うん……

末那

お、怒らないでね……

逸貴

怒る筈ないよ


 証明なんて出来ない。
 論理的な根拠なんかない。
 それは、何とも阿呆らしい、単なる勘でしかないけれど。
"この子は、良い子だ"。
 怒る理由なんて、ある筈がないのだから、そんな未来が来ることもあるまい。

末那

私は、昔から、怖いものが嫌いな弱虫でね

 恐らく、この子の言っている"怖いもの"は幽霊とかそんなものじゃない。

 もっと現実的な脅威を示すのだろう。
 戦争。大災害。環境崩壊。
 いや、そんな世界、国家レベルのスケールじゃなくたって。
 病や事故、或いは"悪意"。
 世の中は、"怖いもの"で溢れている。

逸貴

僕だって怖いものは嫌いだよ

末那

負けるのが怖くて、争うのが嫌いな弱虫で

逸貴

僕もだよ


 争えば、必ず勝者の裏に敗者が出る。
 それが世界の摂理と言ってしまえばそれまでだが、それでも僕は嫌だった。
 甘えだと言われようが、そういうのはうんざりだった。

末那

傷つくのが、嫌いな弱虫で

逸貴

誰だってそうさ

末那

だから、自分が苦しいのが嫌だから、人が苦しいのも嫌で

逸貴

……なるほどね。優しいんだな、叶会さんは

末那

そ、そんな事無いよ。結局は自分が大事なだけだし……

逸貴

痛みの怖さが分かるからこそ、他人の傷みも分かるんじゃないか。どこもおかしくはないよ

末那

だ、だって、"そんなのは、何も出来ない自分が甘やかされたいだけの甘え"だって

末那

"今のお前は無価値なんだから、甘えを捨てて他人を蹴落として上に登れ"だって

……"だって"?

逸貴

誰がそんな酷い事を……

 と言ったところで、心当たりが浮上した。
 この話の流れからすると、きっとこの子にそんな考えを押し付けたのは……。

末那

その……


 僕は、そいつを許せないだろう。

末那

お父さんと、お母さん

逸貴

そうか……

 酷い。
 あまりにも酷い。

 つまりは、この子と共に家庭を構成している両親自身が、この子の在り方を否定して、この子をつま弾きにしているのだと。

 この子の両親は、何も分かっていない。
 この子の事を分かっていない。
 この子の良さも、この子の優しさも、優しさの意味も、何も分かっていない。

逸貴

君は何も間違ってないよ

末那

で、でも……

逸貴

君の持っているものは、素晴らしいものだ

 優しさ。

 彼女には、それがある。自身で気付いていないだけで。
 それは間違いなく素晴らしいものだ。

 だって、人の心を救えるのは優しさだけじゃないか。
 どうしようもなく無能な僕だけど、これだけは譲れない。

逸貴

誰が何と言おうが、君は素敵なものを持ってるんだよ

末那

……

末那

そ、そんな事言われたの、初めて

逸貴

誰も君の良さに気付かなかったんだよ


 両親ですらも、この子を見ようとしなかった。
 それでも、僕位は。

末那

そっか……

末那

何だか、嬉しいな

 そんな叶会さんの言葉を聞いて、僕も何だか嬉しくなった。
 きっと、少しでも自身を肯定してくれただろうから。

 ふと、何か冷たいものを感じた。

末那

あ、雨、降ってきたね……

逸貴

うん、傘持ってきて良かった……って


 そこまで注意が回らなかったのだが、よく見ると。

逸貴

叶会さん、もしかして傘持ってない?

末那

結界によって弾くから不要よ

逸貴

お、おう……

 無理しなくて良いのに。


 突然、叶会さんが手をこちらに差し出す。
 どうしたのだろう。

末那

今日一日、私の眷属となる事を承認します


 なるほど。

逸貴

本当に面白い人だなぁ、君は


 僕は彼女の差し出した手をとる。
 華奢で綺麗な手だった。

逸貴

行きましょう、お嬢様


 なんて言ってみた。
 ちょっと恥ずかしいな。
 さて。
 結局どこで何をするかなんて、何も考えていない訳だが。
 まあ、細かい事はいいや。

 とりあえず街にやって来た。
 早く来すぎたものだから、開いてる店はそんなに無かった。


 そういえば。

逸貴

朝ごはんもう食べた?

末那

まだエネルギーは摂取していないわ

逸貴

そうか

 財布を見る。
 一応、五千円程度入れてある。
 バイトをしていない高校生には、割と大金だ。


 すると、叶会さんも真似して、自身の財布を見る。

末那

ごめんなさい、この国の通貨は今千円しか持ってないわ

逸貴

そっか


 あまり高いものは食べられないなあ。

 朝食は、おっさんの看板で有名な”ファウストキッチン”で食べた。

 その後は、適当に店なんかを見て回った。
 二人ともお金が無いから、殆ど見るだけだった。

 ただそれだけ。

 そんな、デートと呼ぶのも申し訳ないような下らなさ。
 それでも、不思議と楽しかった。
 きっと、叶会さんと一緒だから。

 どうしてこうなった。

末那

どうしたの?

逸貴

いや、ね

 叶会さんが僕の家に行きたいだなんて言い出すから、迷ったが連れて来てしまった。
 そんなに面白いものは無いんだが……。

 母はそんな僕らを見て"ついにうちのボンクラが彼女を……"なんて言いだして、叶会さんの分の晩御飯も用意してくれた。

 ボンクラなのは否定できないが、彼女だというのは流石に否定する。
 勝手に僕なんかの彼女にさせられて、叶会さんは堪ったものじゃないだろうから。

 それからも、別に大したことはしていない。

"テレビゲームをやったことがない"らしい叶会さんと一緒に対戦系ゲームで遊んだ。

 あとは、オカ研会員らしく、西洋近代魔術や、古代文明について、家に置いてある"参考書"を見ながら語ったりした。
 叶会さんは、今までに何度か、現代よりもさらに発展した文明が興っては滅亡した、と考えているらしい。


 そんなこんなで時間を過ごしていたら、既に時計は9時を回っていた。

逸貴

もうこんな時間か

末那

はぁ……


 叶会さんがため息をつく。

逸貴

どうした?

末那

そろそろ刻限ね……


 なるほど。帰らなくてはいけない訳か。

逸貴

そうか

末那

ええ……

逸貴

今日は、付き合ってくれてありがとう

末那

こちらこそ、誘ってくれてありがとう

末那

そ、その……

末那

た、楽しかった。また、誘ってくれると嬉しいな


 叶会さんが少し頬を染めて、そんな事を言ってくれた。
 嬉しくて、逆に言葉に詰まる。

末那

あ、あの……光野くんは私なんかと一緒で、楽しかった?

逸貴

楽しかったよ! こんなに楽しかった事はないって位だ

 何も言えないでいたら、叶会さんがまた自己否定的な事を言うから、僕は咄嗟に、声を大にして返事した。
 少し驚かせてしまったかもしれない。
 でも、これはきっと大げさな表現では無いのだろうと思う。
 自分の気持ちを正確に分析するのだって簡単じゃないけど、これは本心だと言える。

末那

そっか……よかった

逸貴

また、誘うよ

末那

うん


 僕は、帰宅する叶会さんを玄関から見送った。
 ずぶ濡れになってしまっては悪いので、傘を貸した。

逸貴

はぁ……


 今日一日楽しくはあったものの、普段運動していない所為か、やけに疲れた。
 僕はベッドに体を投げ出す。

逸貴

はぁ~~……

 叶会さんは、"また誘ってほしい"と言ってくれた。
 嬉しかった。今すぐにでも予定を立てたいものだ。

 だけど、また誘いたい一方で、不安もあった。

 いつか叶会さんは、僕に付き合う事に飽きてしまうのではないか。
 いつか僕は、彼女と一緒に遊ぶ事に飽きてしまうのではないか。
 それは、初めて友人を遊びに誘ったにしては早すぎる苦悩かもしれない。
 しかしそれ程に、僕はつまらない人間なのだ。
 だから、僕に付き合ってくれる人たちに感謝を忘れてはならないな。

澪里

つーづーく(あれ、私出番なくね?)

第四章 我思う、ゆえに君あり

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