何かの問題を解決するには、その問題をよく理解している必要がある。
 外から眺めているだけでは、駄目だ。
 表面を感覚しただけでは、駄目だ。
 特に、人間の心なんていうものは殆どブラックボックスに近い。
 何を入力したら何が出力されるのか。
 それを知り得るには、結局、刃物を突き立てるが如き勇気が必要だ。

 そういう意味で、彼女のそれは、完全な刃物だった。
 そして、完全だが同時にひどく歪で。
 まるで、無理やり"完全に"捻じ曲げた様だ。
 その理由は、もしかしたら、僕が一番知っているのかもしれない。
 根拠はないけれど、そんな気がした。

 第三章 完全で歪なソリューション

 起床……

 眠い。
 昨日はあまり眠れなかった。
 勿論、叶会さんについての事で。
 いきなり"あんな事"を言ってしまったが、オカルト研究会へ来てくれるだろうか。
 会って2日目、お互い趣味すら知らないのに。
 さすがにあの子のキャラからして、オカルトを"気持ち悪い"と言ったりする事はないだろうけど。
 いや、オカルトがどうとかはこの際関係無い。どうせ多くの場合、活動と称して駄弁ってるだけだし。

 来てくれるかどうか、それが問題だ。
 来てくれないという事はつまり忌避の意志があるのであって、仮にそうなったとしたら、再び誘える自信が無い。

 僕は、強くない。

……

 考えてもしょうがない。
 此処で思考したところで、他人の行動をどうにかできるものか。

 とりあえず学校に行こう。

澪里

おーっす

逸貴

あ、はい

 本当に狙った様に出て来るなぁ、この人は。
 2年生ともなれば大体は通学の時間帯が一定になるとはいえ、ここまでぴったりだと、わざとらしい。
 余程暇なんだろう。
 僕なんかからかっても面白くないのに。
 
 というか、何故毎回挨拶の仕方が違うんだ。

逸貴

何というか、相変わらずキャラが安定してないですね


 正直な感想だ。

澪里

キャラが安定してないという意味で、キャラが安定してるんだよ


 その発想は無かった。
 

 そうだ、あの子を勧誘した事を一応言っておこう。

逸貴

ところで

澪里

なんすかね

逸貴

オカ研に一人勧誘したんだけど、いいかな?

澪里

なん……だと……?


 何だよその物言いは。
 何か疑問でもあるのか。

澪里

もしかしてさ

逸貴

うん

澪里

件のあの女の子かな? そうなんでしょ? このー!

逸貴

痛いって!


 笑顔で僕を軽く叩く。いや、軽くなかった。

澪里

で、どうなの?

逸貴

うん。その子だよ


 殴られた背中を擦りながら言う。
 本当にこの人は加減を知らない……。

澪里

へぇ。まあ楽しみにしてるよ。あんたが連れ込むなんて余程変わった子なんだろうけど

逸貴

連れ込むとか言うんじゃない。誤解を招くだろ

澪里

え? いや、誤解を招く様な要素あったっけ?


 真顔でしれっとそんな事を言う。意地が悪い。

逸貴

いいよもう……


 いや、"誤解を招く"なんて思った僕がおかしいのかもしれない。
 駄目だ。いくら澪里さんが意地悪とはいえ、僕も変に"意識"してしまっている。
 もう、穴があったら潜りたい位だ。
 やれやれ。
 ため息をつきながら、僕と澪里さんは学校に入る。

澪里

さて


 現在は昼休み。

 僕は大抵、澪里さんと一緒に部室で弁当を食べる。 
 澪里さんは、昼休みの喧騒の中での昼食が好きではないからだ。
 この人も結構うるさいものだけど。
 まあ僕としても、正直教室で昼食を取るのは気が引ける。
 理由は、同じクラスに友人と呼べる様な人が澪里さんしか居ないから。
 僕は、そんな程度の事を気にするほどにショボい人間なのだ。

 という訳で。

逸貴

いこうか

澪里

私はまだ死ぬつもりはないけど

逸貴

いやいや、そっちの字じゃなくて

澪里

いやらしいなぁ、オイ

逸貴

そっちの字でも無いって!

澪里

全く紛らわしいなぁ

逸貴

勘違いする澪里さんに問題があると思いますがね


 そんな、いつも通りの茶番をくり広げつつ、僕らは部室に向かった。

 部室の前の廊下にて。
 下手クソな字で”オカルト研究会”と書かれた表札が付けられた扉の前に、あの子は居た。

末那

うーん……

 なんだか困った顔をしていた。
 扉にはまだ鍵が掛っているからだろう。

 それにしても、早いな。

 そもそも、よくよく思い出してみれば昨日、僕は彼女に部室の所在を伝えていなかった。
 教師にでも聞いたのだろう。

澪里

キミがコイツの言ってた女の子だね!

 澪里さんが躊躇いなく叶会さんに話かけた。

 澪里さんがスペックの割に人気が無く友人も皆無なのは、人付き合いが嫌いだからというより、人付き合いが下手すぎるのが原因だ。
 彼女は"他人に合わせる"という事を、まるで知らない。
 そして彼女は、他人に合わせてまで他人を必要としないという位には、他者への依存度が低い。

 正直に言えば、そんな彼女が叶会さんと関わるのは少し不安だったけれども、まあ何とかなるだろう。

末那

はわっ!?


 急に話しかけられて驚いたのか、身構えている。
 この反応は素という感じだが、学校ではいつも素なのかもしれない。
 今まで全然会った事無かったから知らないけど。

澪里

うんうん、可愛い子でグッドだよ

末那

あ、その……


 僕の方を向き、叶会さんが何か言いたそうにしている。

逸貴

やあ


とりあえず軽く挨拶しておく。

末那

う、うん。こ、こんにちは、光野くん


 どもりながらも、ぼそっと挨拶する叶会さん。何故か少し緊張していた。
 全く、澪里さんがいきなり話しかけるからだ。
 ここは何とか僕が話さないと。

逸貴

ああ、この人は朱鷺生澪里さん。一応オカ研の会長

澪里

一応って何だよコイツ……ニオファイトに格下げしてやろうかな……

逸貴

はぁ……


 そういう変な台詞ばっかり言ってると引かれてしまうじゃないか。
 まあ、叶会さんもかなり変わった子だけど。

澪里

まあどうでもいいや。とにかく入って入って!


 そう言うと、澪里さんは部室の鍵を開けて、入室を促す。
 その時、僕にぼそっと耳打ちした。

澪里

入会試験だよ

逸貴

はぁ!?

末那

……どうしたの?

逸貴

ん、いやなんでも

 驚いて声を上げた所為で、叶会さんに訝られてしまった。

 入会試験、そんなもの聞いてないぞ。
 今度は僕が澪里さんに耳打ちする。

逸貴

入会試験って何なんだ?

澪里

いやいや、普通にお話しするだけだよ

逸貴

試験って事は、落とす事もあるのか? ただでさえ会員少ないのに

澪里

試験っつっても、ほぼ名前パスだから心配しなくてもOKよ

逸貴

はあ……


 何のための試験だよ、とは突っ込まないでおいた。

 そんなこんなで、今日の部室は珍しくも、3人もの人が居た。
 澪里さんと叶会さんが、机を挟んで向かい合うように座った。
 僕は"入会試験"などというものは知らないので、適当な位置に座る。

澪里

さて、キミ名前は?


 いきなり馴れ馴れしい口調で名前を聞く澪里さん。
 そんなだから、叶会さんも困った顔をしていた。

末那

う……

澪里

うん?

末那

わ、はわ、私は……

澪里

うんうん


 いけない。かなり戸惑っている。
 澪里さんは誰彼構わず自分のペースで応対する。
 そして彼女のペースは大抵、周囲を困らせる。
 そろそろフォローしてあげないと、と思ったところで。

 叶会さんは、軽く深呼吸をした。

末那

わ、私の、仮の名は、そうね……叶会末那と呼ばれる事が多いわ

 何かすごく無理してるよ!

 素の状態では上手く話せないし、かといって邪気眼を発動させるのも少々恥ずかしい。
 そういった葛藤が目に見えて明らかだった。

澪里

うーん……漢字はどう書く?


 何か澪里さんが困った顔してるし。
 きっと叶会さんの方がよっぽど困ってるだろうよ。

末那

そうね……では、この純白の世界に黒き境界線を描く切断機関を借りるわ

 普通に"ホワイトボードとペンを借りる"って言えば良いのに。
 無理しすぎで、ちょっと可哀そうになってきた。

 叶会さんはぎこちなく、部室のホワイトボードにペンで名前を書いていく。
 あまり綺麗な字では無かったけれど、僕なんかが偉そうな事は言えまい。

 ボードに書かれた名前を見て、澪里さんは何やら頷いている。

澪里

ふーん……変わった苗字だね。"邂逅の願いが叶う"って感じか

末那

……ま、まあ変わってる苗字なのは否定しないわ


 ほんの少しの沈黙の後に叶会さんはそう返した。
 字の意味なんて知る由もない。

澪里

名前の末那っていうのは、末那識からかな?

末那

まあ、そうね

澪里

そりゃあまたしんどい名前を付けられたもんだ。ご愁傷様

 悪意はないと思うけど、笑顔でそんな物言いをしたものだから、すごく嫌みに聞こえた。

 むしろ澪里さんは大体いつも笑っているから、あまりネガティブな思いを抱くことはないんだろうけど。
 周りが彼女の事をどう思うかは別として。
 自分の友人ながら、すごく厄介な人だ。
 それでとても優秀なのだから、本当に性質が悪い。

 深刻そうな顔で黙り込む叶会さん。
"ご愁傷様"などとふざけた感じで言われたが、実際、彼女は自分の名前について、あまり良い風には思っていない様だ。
 黙り込んでしまうのも仕方がない。

澪里

何ていうかさ


 ふと見ると、澪里さんが珍しく真面目な顔で何かを言いだそうとしている。

澪里

キミの親も、あとはまあ、うちらの親もだけど、名称の効果を知らないよね

逸貴

名称の効果?


 昔同じような事を言われた気がするが、聞き流していたのか、覚えていなかった。

澪里

複雑に意味を込めて変わった名前にする事にはリスクがあるんだよ

逸貴

確かに読み方をいちいち聞かれたり、書き間違えられたりする事はあるけど

澪里

あーいやいや、そんな社会的なアレじゃなくて、もっと本質的な問題だよ


 話についていけず、叶会さんが困っている。
 まあ、僕にもついていけないのだから仕方がない。

澪里

名前には、そのモノの運命を左右する力があるからさ

逸貴

運命ってのは社会的なアレじゃなくてか?


 例えば"読みにくい名前のせいで内定を貰えなかった"なんて事も運命を左右していると言えるだろう。

澪里

そういう事ではなくてね、うん。アレだよ、アレ

逸貴

アレ?

澪里

これは単に、私が知る限りの事だから、もちろん例外はあるだろうけどさ

逸貴

うん

澪里

人の運命というのは、半々程度の確率で、名前通りになるか、名前と真逆の運命になるかに分かれるんだね

逸貴

なんだそりゃ

 妙な話だ、とは思った。

澪里

例えば、私の数少ない知り合いで幸乃って子が居たんだけどさ。ああ勿論、実在する知り合いだよ


 聞いた事のない名前だった。
 そんなに変わっている名前とも思えないけど。
 そもそも本当に実在するのだろうかと疑問に思ったが、面倒なので突っ込まないでおいた。

澪里

あの子、かなりの薄幸少女だったんだよ。"幸"乃なのにね

逸貴

ただの偶然だろ

澪里

そうかい。じゃあ私について言おう

逸貴

ああ

澪里

澪里っていう名前には"誰も立ち入る事が出来ない領域に立つ"という意味が込められてるんだけど

逸貴

うん

澪里

概ねその通りになってると言えるでしょ? これは正の方向に名前が働いた例だね

逸貴

自分で言うか


 まあ確かに、非凡という意味では、誰も彼女の域に立ち入れない。

澪里

あと、世界を動かしたりする様な人たちも変わった名前が多いよね

逸貴

ああ、そう言われてみれば


 とある、当主の家系皆が名前に"理"の字を持つ大財閥を例に挙げれば、あれは常に"理"を付ける事で強固な意味付けをしていると言える。
 あれは強固な意味付けをした事が正の方向に働いた例であろうか。

澪里

でも、私やそういう人たちみたいに、名前通りの方向に働くなら良いけどさ

澪里

運悪く反対の方向に働いてしまうと、目も当てられないよね

 こっちを見ながら言うな。
 僕がそうだと言いたいのか。

 確かに僕は"逸貴"なんて名前の割には、平凡かそれ以下だ。
 貴ばれるような存在には程遠い。

澪里

末那ちゃんもそういうので困ってるんだよね

 今度は叶会さんの方に向かって言った。

 会ったばかりの人間にそういう言葉をぶつけるのは、いつもの澪里さんだった。

 彼女には、会ったばかりの人間の本質を見抜けるレベルの勘みたいなものがある。
 勿論、僕にはそんな真似できないから、それが正しいのかは分からない。
 けれど、不思議と、澪里さんは間違える気がしなかった。

末那

え……


 どう出ようか悩んでいる感じだ。
 無理もない。
 自身の名前について、まだ特に言及していないのに、そんな事を言われたら。

澪里

末那ちゃんってどう見ても自分に拘るタイプじゃないからさ。良い意味でも悪い意味でも


 確かに、素の叶会さんが、大人しく自己主張の少ないタイプだというのは、容易に想像がついたが、そんなに単純な話なのだろうか。

澪里

でもキミの親は、キミが自分に執着して向上し続ける事を望んでいるから辛い、といった所だよね

 分かった様な口を利く澪里さん。

 いや、彼女の場合は実際に"分かっている"のだろう。
 僅かなヒントから、答えといえるものに辿りつく。
 そして、答え合わせをせずには居られない。
 それが澪里さんだった。

 正直、そのスキルを常に使うのではなく、要所要所に留めれば、他人と親しくなる事なんて彼女には容易だろう。
 とはいえ、言いたい事を言わない位ならその人間とは親しくならない、というのが彼女のスタンスなので、友人が少ないのは仕方ないんだろうけど。

末那

……ええ、正直、この名は重いわ


 言い回しがアレだが、本音なのだろうとは思う。
 自分の名前、つまりは自分に求められたものが現実と違えば、何かと良くない思いをする。
 困ったものだ。

澪里

まあ気にしない事だよ。気にしたってどうしようもないし

 いかにも他人事といった様な発言。

 だが澪里さん自身、どうにもならない事を"気にしない、諦める"で完全に割り切ってしまえるタイプだ。
 優秀だからこそ、何とか出来る事は何とかするし、なんともならない事にはリソースを割かない。
 とはいえ、他の人間はなかなかそう上手くはいかないから、それこそ"他人事の様な発言"に聞こえてしまうのだろうが。

末那

……そ、そうね。まあ、仮の名にそこまで執着する事も無いのかしら


 歯切れの悪い言い方だったが、叶会さんはそう答える。

逸貴

はぁ……


 うっかりため息を漏らす。
 やはり澪里さんの"踏み込み癖"は、こういう微妙な雰囲気を招いてしまう。

逸貴

ま、まあ、ここの活動についてだけど


 適当に話題を転換させようとする。

末那

ええ


 少なくとも澪里さんよりは僕と話す方が慣れているのか、さっきよりは落ち着いた様子である。

澪里

うーん、なんだかなぁ……


 一方の澪里さんは、何か悩むように唸っている。
 今度は何なんだ……
 もしオカ研に入会させないなんて言ったら全力で拒否してやるぞ。
 とにかく、活動についての説明を続ける。
 と言っても、大して話す事も無いけど。

逸貴

やる事といったら適当にくつろぎながら本読んだりDVD見たりゲームやったりして駄弁りあうだけだね

末那

そう……

逸貴

要するに特に何も無いって事。休み時間は大体開いてるから、遊びに来ても大丈夫だ

末那

成程……でもオカルト研究会というからには、その手の話もしているのよね

逸貴

まあ、色々と

末那

例えば、魔術?

逸貴

そうそう。ちなみに入会すると、そこの澪里さんから位階が認定されるよ。何の役にも立たないけど

末那

そうね。確かに、この空間における位階は単なる称号の様なものだから

 さてどうしたものか。

 澪里さんと話す時は別段そうでもないのに、叶会さんのノリに合わせようとすると、どうしても"合わせることを意識"する必要がある。

 端的に言ってしまえば、澪里さんと同じ妄言吐きでも、叶会さんはなんだか、話していて疲れてしまう。
 それは、たったの2日話しただけでも分かる事だった。
 それでも、楽しいかどうかと言われたら、楽しいけれど。

逸貴

どの空間における位階は意味を持つんだ?


 とりあえず話に付き合う。

末那

偽空間における位階は、そのまま到達するセフィラの指標となるわ

逸貴

あ、ああ


 今日もよく分からなかった。
 僕が何て返そうか考えている間に、少し黙り込んでいた澪里さんが口を開いた。

澪里

末那ちゃん……それキャラ付け?

末那

えっ

逸貴

えっ


 何か言いたい事があるようだった。
 こうなれば、少なくとも、思った事を全て言い切るまで澪里さんは口を閉ざさない。

澪里

何というか、すごくわざとらしくて疲れるなぁ

逸貴

おい!

 つい、少し怒鳴ってしまう。

 澪里さんの癖だと分かっていても、そういう苦言を呈するのは止めて欲しかった。
 きっと叶会さんは、何らかの心の事情があって、"そうせざるを得ない"のだ。
 それを指摘してしまえば、此処は彼女にとって"居心地の悪い場所"と見られてしまうかもしれない。

澪里

自分を偽って楽しいのかい

末那

えっ……

逸貴

やめろって!


 叶会さんはぎょっとしている。
 さすがにまずいと思って、止めようとするも、澪里さんは気にもしない。

澪里

キミはきっと、自分が嫌いなんだね。そうなった理由まではさすがに分かんないけど

末那

う、うう……


 困っている。
 当然だろう。話したばかりの澪里さんにいきなりそんな事を言われたら。
 僕がなんとかしなければ。

逸貴

澪里さんの言ってる事は気にしなくていいよ、叶会さん

澪里

ちょっと黙っててくれないかな

逸貴

いや、だって……


 そんな風に言ったら、叶会さんが来てくれなくなるだろう。
 いい加減にしてほしい。

澪里

うーん、まあ、アレだよ

 澪里さんは笑顔に戻って、叶会さんの方に向き直った。

 あれ?

 その顔、珍しく、偉そうに説教した後のアフターフォローでも入れようとしているのか?

澪里

うちのオカ研に入るなら、そこのいーちゃんを使ってくれてもいいよ


 そうかそうか。

逸貴

ってええ!?


 何を勝手に言っているんだ。

澪里

コイツ、多分キミに惚れてるから……なんつって


 そうかそうか。

逸貴

ってええ!?

末那

えっ、あ、ええ!?

逸貴

おい! いきなり何言ってるんだよ! 叶会さんが困ってるだろ!

澪里

コイツは多分、素の状態のキミが好きになるよ!

逸貴

だからっ! いい加減にしてくれ!

澪里

あはは、軽い冗談だって、ゴメンゴメン!!

逸貴

もう……びっくりさせるなよ……本当に……


 もし"テヘペロ"なんて言ったりしたら割と本気で怒るからな。

末那

あ、ああ……


 叶会さんは、何とも言えない様子であった。

逸貴

あ、ああゴメンよ。コイツの言った事は全然気にしなくていいから! ホントにごめん!

末那

う、うん……大丈夫、だよ


 全く。本当に止めてくれよ。
"惚れてる"だなんて。
 僕はまだ叶会さんの事を”何も知らない”。
 お互い、本当に何も知らないのだ。
 それなのに、いきなりそんな話を出すなんて、僕はともかく叶会さんに失礼だ。

逸貴

誰かさんの所為で踏んだり蹴ったりだよもう……

澪里

ほんとにね!

逸貴

いや、あんたの事だから! あんたの所為だから!

澪里

いつもの事じゃん

逸貴

いつも踏んだり蹴ったりなんだよ!

澪里

そのわりには私と友達であり続ける事から、相当なマゾヒストと思われる

逸貴

え、いやそんな事は無い……と思う


 なんか自信が無くなってきた。
 毎度毎度酷い目に遭わされても澪里さんに付き合い続ける辺り、もしかしたら僕はそういうアレなのかもしれない。
……いやいやいや。
 今はどうでもいい。それより叶会さんだ。

逸貴

こんな変なのが居るけど、良ければ遊びに来てくれると嬉しいよ、叶会さん


"遊びに来てくれると嬉しい"だなんて、ちょっと恥ずかしい台詞だな。

逸貴

今のところ会員が、僕と"それ"の二人しか居ないからさ


 会員が増えて嬉しい、という事にしておこう。

末那

あ、うん……

澪里

いいなぁ、可愛いなぁ末那ちゃん。その対人慣れしてない感じ

逸貴

対人の下手さで言えば澪里さんも相当なものだと思うけど

澪里

下手なワケじゃないよ、やる気が無いだけだよ!

逸貴

実際他人から見たらどっちも一緒だよ!


 何にしても、結果としてこんな酷い事になっている訳で。

逸貴

やれやれ……


 もう駄目だ。色々と。

澪里

って言うか、アレだ

逸貴

今度は何?

澪里

昼食、食べなきゃ

逸貴

末那

そ、そうね……


 完全に忘れていた。
 全く、澪里さんの所為だ。
……

 適当に昼食を取って、僕らは教室の辺りに戻った。

澪里

じゃあ、また放課後にね

逸貴

うん

末那

ええ、じゃあまた


 自らの教室に戻っていく叶会さんを見送る。

 結局、彼女のあの口調は抜けていなかった。
 澪里さんの言う通りであれが"フリ"だとしたら、やはりそうしなければいけない理由があるのだろう。
 澪里さんは、叶会さんの事を"自分が嫌い"だと言っていた。
……そういうコンプレックスを抱いているのだろうか。

澪里

悪い子じゃなさそうだよね。可愛いし

逸貴

叶会さんの事?

澪里

他に誰が居るの?


 まあ可愛いという所は置いておくとして。

逸貴

少なくとも僕の感じでは、悪い子ではないと思う

澪里

"僕の感じ"って。あんたも相変わらずヘタレだなぁ

逸貴

仕方ないだろ


 会って少しも経ってないのだ。実際のところ、僕なんかに人の本性は見抜けない。

澪里

人の善し悪しなんて目に見えないもんはさ

逸貴

うん

澪里

自分の感覚を大事にしなよ。それがあんたの真実なんだから

逸貴

そういうもんかなぁ


 でもやっぱり、独りよがりの思い込みほど、愚かしいものは無い気がするが。

澪里

むー、なんか疑問に思ってる風な顔してるなー

 流石にバレるか。

澪里

あんたは"他人なんてどうでもいい"位で良いの

逸貴

それはマズいだろう

澪里

いいや、あんたの場合そう思って、過ぎる事は無い筈だよ


 確かに、自分に自信なんか持てる訳もないけれど。

澪里

あんたは自分の心で世界を映しながら生きてるんだからさ


 そんな事を言うと、澪里さんは僕の頭を叩いた。
 それが今日は妙に優しくて、逆にしっくり来なかった。

逸貴

どうした? 澪里さん今日おかしいよ

澪里

いやいや、あんなに可愛い子が偶然にもあんたとそっくりな中身だからさ

澪里

なんだかちょっと面白くなってきただけだよ


 叶会さんの事か。
 確かに、叶会さんに謎の親近感を覚えているのは否定できなかった。
 きっと彼女も、僕も、自分が嫌いなんだろう。

逸貴

そうかい

 退屈な午後の授業も終り、僕は再び部室に訪れた。

澪里

はろー

末那

こんにちは、暁の変性者


 あくまでそのキャラは続けるんだ。いや、別に構わないけれど。

逸貴

どうも。で、何やってるの?


 二人は席を立って、ホワイトボードに書かれた謎の文言を眺めていた。

澪里

いや、新たな呪文言語を開発しようと思ってね

逸貴

はあ

末那

これは中々良い仕様ね。詠唱に最適化されている

澪里

でしょでしょ?


 まぁ、様子を見る限り。
 何だかんだ叶会さんは馴染めてる……んだろうな。

澪里

さて、人も増えて、いーちゃんもさっき来た事だし


そう言うと、澪里さんは持っていたペンを置き、本棚から何かの本を取りだした。

澪里

『Probability Sky TRPG』。今日はこれで遊ぼう

逸貴

何それ


 いつの間にそんなものを入れていた。

澪里

ほら、前アニメやってたじゃん。あのシリーズのテーブルトークRPG

逸貴

知らないけど……どんなアニメ?

澪里

ん? ああ、えーっと


 澪里さんが少々億劫そうに、本の最初の方のページを開く。
 世界観の紹介が載っている様だった。

澪里

人類が辿る、世界の終わりまでの歴史を描いた、異能力バトルものだよ

逸貴

へぇ……


 聞いた事も無いアニメだけど、風呂敷は畳み切れたのだろうかと思ってしまう位には遠大な印象を受けた。

澪里

劇場版で描かれてた、西暦2025年から始まってね

澪里

異世界から侵略してきた魔術師との戦いを描いたTVアニメ版と、魔術が一般的になった世界を描いたアニメ2期があって

澪里

世界の危機と、その発端に関する真実を描いたアニメ3期と4期、そして、それから28億年後の完結編があるの

逸貴

何かよく分からんけど、いくつかの章で構成されてるのか

澪里

そうそう、んで、勿論どの章もゲームで再現できるようになってるよ

逸貴

なるほどね


 何だかよく分からないな。参加してもいいものだろうか。

 澪里さんは対人ゲームをやる時、人が足りなければ"仮想人格を形成させる"なんて言って、一人三役をやったりする。
 いくら非凡な澪里さんだって、そのレベルの事は出来ないだろう……いや、分からないけど。

 何にしても、見ているこっちが悲しい気分になるので、付き合うことにしよう。

澪里

とりあえず二人とも適当に座ってよ


 そう言われたので、僕と叶会さんは、それ程大きくも無い机を挟んで澪里さんと向き合う様にして、椅子に座る。

澪里

末那ちゃんはTRPGは初めてかな?

末那

……私、友達いない


 叶会さん、お願いだからそんな顔をしないでくれ。こっちまで辛くなるだろ……。
 僕まで暗い気分になってると、澪里さんが僕を指差す。

澪里

コイツは違う?

逸貴

末那

あ……その……

 叶会さんは別に、現在ではなく過去の事について言ったんだろうけど。

 僕が。
 僕なんかが、友達になってしまって良いのだろうか。
 会ってそんなに経っていなくて、彼女の事を全然理解していない、こんな僕が。

末那

わ、私なんかが、友達になって良いのかな?

逸貴

澪里

多分いーちゃんも同じ事考えてたんだよね。似た者同士だなあ。細かい事は良いんだよ! 楽しけりゃそれで良いの! 素直になれよっ!


 何とも享楽主義的な考えだった。
 けれど。
 澪里さんのこの性格には、正直助けられている。
 だから、ふざけた人だけど、どうしても嫌いになれないのだ。

末那

そっか……


 ふと、叶会さんと目が合う。
 じっとこちらを見る。
 少し慣れたのだろうか、顔に感じる熱もそれほどではなかった。

逸貴

まあ、その…

末那

う、うん

逸貴

よろしく、叶会さん

末那

はい……

澪里

なに妙なタイミングでシーン切ってるかな

逸貴

え? 何が?

澪里

うーん、まあいいや……じゃあこれにて終了しますっ! おつかれー

逸貴

おつかれ

末那

お疲れ様

 あれからずっとTRPGで遊んでいたが、午後9時過ぎになって、やっと終わったところである。

澪里

いやー末那ちゃん凄かったよ。こういうの得意だと思ったけど、予想以上にノリノリだったね

逸貴

確かに、良かったよ


 TRPGは、自分のコントロールするキャラクターになりきって行動したり発言したりするゲームである。
 やはりというべきか、初プレイとは思えないほどのなりきりっぷりだった。
 そしてキャラクターの設定も、その場で考えたのに、妙に細かい。
 その設定がことごとく悲劇的なのは置いておくとして。

澪里

んじゃ、帰ろうか

逸貴

そうだね

末那

ええ

 あれから、僕たちは特に何処かに寄る事も無く帰路についた。
 澪里さんとは途中で別れたが、叶会さんはまだ同じ道であるらしい。
 まあ、僕の家の近所にある公園に居たくらいだから、実は結構近くに住んでいるのだろう。

末那

あの……

逸貴

ん?

末那

いつもあの公園を通ってるの?

逸貴

ああ、うん。習慣だから特別に意味は無いけどさ

末那

そうなの……

逸貴

うん

末那

ええ……

逸貴

……


 駄目だ。やはり二人っきりになると、いまいち話しにくい。
 僕の会話スキルが低い所為なんだろうけど。
 それに僕は、彼女の事を殆ど知らないのだし。
 となれば、話題は必然と、僕や叶会さんの内面についてではなく、その外側の話になる。

逸貴

澪里さんだけどさ

末那

ええ

逸貴

変わってるし、性格も良いとは言えないけど、少なくとも悪人じゃないからさ


 いや、悪意が無いからこそ厄介という場合もあるけれど。

末那

大丈夫よ、気にしてないから

逸貴

そっか。良かった

末那

彼女が高度の心理盗聴を行使できたというだけ

逸貴

なるほどなぁ……

 案外気丈だなぁ、叶会さん。
 いや、むしろ、この子は――。

 そうこうしているうちに、ここに着いてしまった。

逸貴

そういえばさ

末那

なに?

逸貴

叶会さんは、なんでよくここに居るの?

末那

……え、えっと……

逸貴

あ、いや、無理して答えなくていいよ


 表情が一気に曇る。
 あまり聞かれたくない事なのかもしれない。

末那

その……

末那

あ、あまり家に居たくないから……

逸貴

そうか……


 いわゆる、地雷ってやつだったのだろうか。
 これ以上は追及しないでおこう。
 叶会さんの事は、確かに知りたいと思う。
 だけど、急くのも考えものだ。
 それ程仲が良くなった訳でもないのに、踏み込んだ事を知ろうとするのは失礼だから。
 そう考えるのは、間違っているだろうか。

末那

それじゃあ、私、あっちの方だから……


 そういうと、叶会さんは僕らが公園に入ってきた道を指す。
……わざわざここまで付いてきてくれたのか。

逸貴

そうか。じゃあ、また

末那

ばいばい……


 本当に変わった子だな。
 多分、良い意味で。
 僕も帰るか。

澪里

つづく!

第三章 完全で歪なソリューション

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