人気占い師の惚流院佐々木を調べようとした僕らだけど、当然僕ら探偵部の中に彼女へとつながるコネクションを持った人間はおらず、格好悪いと思いつつも四十八願さんに紹介されたという形でセミナーに潜りこむことにした。
人気占い師の惚流院佐々木を調べようとした僕らだけど、当然僕ら探偵部の中に彼女へとつながるコネクションを持った人間はおらず、格好悪いと思いつつも四十八願さんに紹介されたという形でセミナーに潜りこむことにした。
それから数日後の日曜日。
四十八願さんの案内で僕らが訪れたのは、隣街にある大きな市民会館だった。
まだ開始時間までかなりの余裕があるにも関わらず、老若男女たくさんの人が市民会館のホールへと飲み込まれていくのは、さすが人気の占い師といったところだろうか。
その彼らをじっと見つめていた奈緒が眉を顰める。
みんな楽しみでしかたないって顔で入っていくけど……
きっと騙されていることに気付いていないんですよね……
そっスね……
みんな四十八願さんと同じ顔してるっス……
騙されてるとも知らず、お金を巻き上げられてるとも思わないで来てるんですね……
なんだか悲しいです……
うん……
だから僕らが一刻も早く真相を暴いて、この人たちを解放してあげなきゃだめなんだ……
だからみんな……行こう!
珍しく強気な僕の発言に、頼もしい部員たちは力強く頷いてくれた。
受付を済ませ(受講料と入場料で2000円も取られた!)、惚流院佐々木がセミナーを行う大講堂に入ると、そこにはすでに講堂に設置された椅子を埋めつくさんばかりの人たちがいた。
これはまた……
何とも凄いっスね……
えっと……
確かこの大講堂のキャパが5000席だから……
それが全部埋まるとしても……入場料だけで1000万!?
マサヒロが大講堂に溢れかえる人たちに驚き、奈緒が自分が弾きだした金額に愕然となる。
さすが人気占い師……
セミナーを一度開くだけでも大儲けですね……
それだけやっても人がたくさん集まるんだ……
みんな、今回の相手はかなり厄介だから気を引き締めていこう
部員皆がしっかり頷いて、僕らは自分たちの席を確保して手招きしている佐島さんと四十八願さんの下へと向かった。
まったく、世の中ってのはチョロいもんだね……。
ちょいとテレビに露出して、芸能人を面白おかしく占ってやっただけだって言うのに、今じゃ一回の公演を開くだけで大金が転がり込んでくる。
おまけに、あたしが開運グッズだといえば、たとえ道端に転がってる石ころだって大金をはたいて買う奴らがごまんといる……。
おかげであたしの家は豪邸になったし、高級車だって乗りまわせる。
まったく……路地裏の片隅でしがない占い師をやってた頃からしたら考えられないくらいだね……。
そんなことを考えながら、あたしのために特別に用意させた高級仕出し弁当を食べていると、控え室のドアがノックされて、あたしの専属マネージャーが顔を出した。
先生
会場の席が全て埋まりました
こちらが本日の来場者リストです……
マネージャーからリストを受け取って、軽く目を通していく。
本来ならその必要はないんだけど、あたしの公演には地元の名士や代議士もお忍びできたりするからね。
その辺りをきちんとしておかないと、今後のことに支障がでかねないんだよ……。
面倒くさいと思いながらも、ずらりと並んだ参加者リストに目を通していると、あたしの目にとある名前が飛び込んできた。
……おや、この名前は確か……。
ふふふ……。
中々面白い客が着てるみたいじゃないか……。
もしかしたらただの同姓同名かもしれないけれど……、多分本物だろう……。
何となくそんな予感がしている。
今回は面白い公演になりそうだと思いながら、マネージャーの先導で、あたしは控え室から出て行った。
いよいよセミナーが始まる時間になり、会場内の照明が落とされ、それにあわせて来場者たちのざわめきも静まっていく。
それから少しの間をおいて、舞台の袖から司会者が出てきた。
お待たせいたしました
ただいまより、愡流院佐々木先生による占術セミナーを始めます
それでは早速先生をお呼びしましょう……
愡流院佐々木先生です!
どうぞ!
直後、万雷の拍手が会場中から轟き、同時に舞台袖から一人の初老の女性が姿を現した。
外見に派手さこそなくとも、全身からにじみ出る空気が、自分は周りとは違う特別な人間だということを雄弁に物語るその女性こそ、今人気絶頂の愡流院佐々木だ。
今日はよく来てくれたね……
あたしみたいなしがない占い師のためにここまでの人が集まってくれるなんて……
あたしは嬉しいよ……
意外に顕著な言葉から始められたことに、僕ら探偵部と佐島さんは驚きを禁じえない。
四十八願さんの話によると、最初は大抵、こういう顕著な言葉から始まるらしく、信者――もとい、公演参加者からしたら常識らしい。
それはともかく、愡流院佐々木の話はどんどんと続いていき、今は自分が独自に作り上げた占いがどれだけ素晴らしいかの自慢に移っていた。
ほとんど信者といっても言い人たちからすれば、凄くいい話なんだろうけど、僕ら探偵部には他人の自慢話ほど退屈なものはなく、しきりに欠伸を繰り返したり、もぞもぞとスマホで遊んだりと好き勝手していた。
そうこうするうちに公演は終盤に差し掛かり、愡流院佐々木がデモンストレーションとして参加者の中から一人を選び、占いを披露することになった。
見える……見えるよ……
あんた今……悩み事があるでしょ?
え……ええ……
実は仕事の上司と上手い関係が築けなくて……
そうだろうとも……
全て占いに出てるよ……
それとあんた……
ペットを飼ってるだろ?
ネコ……いや、犬だね?
凄い!
どうして分かるんですか!?
確かに犬を飼ってます……
どうやらその犬も悩みの原因のようだね?
最近、その犬に噛まれただろ?
はい……
家に帰って撫でてあげようとしたら……
そりゃ、あんたが悪いよ……
犬だってご主人にカマってほしくないときもあるさね……
その犬が寝てるときに撫でようとしたんだろ?
そんなことまで分かるんですか!?
あたしにゃ全て見えるんだよ……
そうさね……
まずは帰ったら犬の好物を与えてやりな……
それで一緒に散歩も行けば、また懐くさね……
はい、ありがとうございます!
壇上で深々と愡流院佐々木に頭を下げた男性が、ゆっくりと自分の席に戻っていく。
今の……どう思っすか?
どうもこうもないわよ……
悩みがない人間なんていないし、ただコールドリーディングで悩みを聞きだしただけじゃない……
しかも人間関係の悩みは解決してないし……
飼い犬のことは、服に犬の毛でもついていたんでしょうね……
手を見ればもしかしたら噛まれた後もあるかもしれませんし……
どちらにしても、ありゃ占いじゃなくてただの心理学を応用した詐欺ね……
聞こえないことを言いことに言いたい放題言う部員たちに頬を引き攣らせていると、壇上で愡流院佐々木が声を張り上げた。
さて、本来ならここで今回のセミナーは終了するんだけど……
実は今日は面白い客が来ているようだからね……
せっかくだから彼にもご登場願おうじゃないか……
あんたがこの会場に来ていることは知ってるんだ……
出ておいでよ、名探偵の横島正太郎!
せっかくだからアンタも占ってやるよ!
うえっ!?
僕!?
突然指名されて驚く僕へ、ピンスポットが当てられて周囲から注目を集める。
会場中が騒がしくなる中、奈緒たちに急かされて僕はおずおずと壇上に上がる。
よく来たね……と言いたいとこだけど……
あたしのセミナーを聞くことが目的じゃないね?
多分……誰かの依頼でもぐりこんできたね?
うぐっ!?
早速披露される占いに僕が言葉を詰まらせる。
その間にも、どんどんと愡流院佐々木は占いを続けていく。
悪いことは言わない……
あんた、その依頼から手を引きな……
今のあんたからは負のオーラしか感じない……
このまま依頼を受ければ、いずれ命を落としかねないよ?
あたしには見える……
上から……大きなものがあんたに降って来る未来が……
そのセリフにぞくり、と背筋が粟立つ。
まぁ、でも心配は要らないよ……
あんたがこの依頼から手を引いて、あたしが特別に力をこめたこの数珠を買えば安全は保証されるんだからね……
さぁどうする?
いきなり選択を迫られて困惑した僕が、席にいる頼れる部員たちに目を向けると、全員が信頼したような顔でこちらを見返していて、その横では今回の依頼者の佐島さんと、目の前の占い師の被害者の四十八願さんがどこか心配そうな(といっても二人の心配するベクトルが違うだろうけど)顔が飛び込んできた。
……そうだ
僕は彼女たちを助けたいから依頼を受けたんだ……
心の中で思い返し、しっかりと目の前の愡流院佐々木に目を向ける。
その数珠は必要ありません
それと、僕も探偵部の皆も、今回の依頼から絶対に手を引きません……
ご忠告、感謝します……
一気にそれだけを告げて、壇上を降りた僕を、参加者たちの怒号と、部員たちの笑顔が出迎えた。
それにしても……ああ、怖かった……。