Episode 4
Episode 4
立一の様子や状況証拠からして、恐らく摂取したのはノル達調査員の使用する“記憶を操作する為の薬品”であることに間違いなさそうだ。
しかし、一つ疑問が残る。
しかし チュー達以外に誰か来ていたとして どうやって来たッチュ
地球への転送許可は 難しいはずだ
そうなの?
そうッチュよ
チュー達も ほいほい宇宙旅行出来る訳じゃないんッチュ
手続きや申請なんかがあって ややこしいんッチュ
そもそも、ノルとC-HUはトラブルによって地球へ転送された。
正規に地球への転送許可を得てやって来た訳ではない。
銀河系の中でも文明が遅れているとはいえ、この惑星には、幾多の生命が日々繁栄を求め活きている。
未開発惑星への転送とは違い、こういった惑星への立ち入りはデリケートであり難しく、許可申請を出したとしても、多大な時間を要するのだ。
うむむ 目的は何だッチュ
謎は深まるばかりッチュ
そんな話し合いの中、部屋から立ち去ろうとする人物の気配に島は気づく。
立一 何処行くんだ
引き止めようとすると、立一は自分の服を軽く掴み、鼻であしらう。
兎に角 これをどうにかしないと
落ち着かない 着替えてくる
立一は、足早く2階へと立ち去って行ってしまい、2人と1匹は、その後ろ姿を見送った。
リューイチ…
ノル
解除薬があれば元に戻せるはずッチュ
ん…
ノルの立一への思いは、島やC-HUにも伝わってきていた。
唯でさえ、一方的なトラブルで巻き込まれているはずの立一は、こうして居場所を提供してくれている。
それなのに、彼自身の身にまで危険を及ぼしてしまった事。ノルは、ひどく責任を感じていたのだ。
気疎い空気の中、立一が出て行って間も無く、部屋に突然笑い声が響き渡る。
な 何だッチュ?!
C-HUが毛を逆立て周りを見回すが、ノルには、その声の主が誰であるか直ぐに分かった。
SOL…
そうだとも!
我だ!!
何処に潜んでいたのか、身を翻し姿を現したのは、奇抜な身形をした一人の青年であった。
光彩ゴーグルにフィットしたスーツ。
その出で立ちは、初めて地球へやって来た時のノルを彷彿とさせる。
やっぱり お前だったッチュか!
研究所の馬鹿息子
誰が馬鹿だ!!
ソル 何故だ
ノル達と同じ惑星出身の青年。
SOL-1200DX、それが彼の名である。
境遇も性格も正反対の二人だが、彼とは幼い頃から付き合いがあった。
マイペースで鷹揚自若なノルに対して、彼の周りは常に賑々しかった。
いつもノルを気にかけていた彼であったが、疎遠になっていったのはここ最近、ノルが調査員として配属されてからだろうか。
そうッチュ ソル
何しに来たッチュ!
ソルと呼ばれた男は、ふふんと鼻を鳴らすと、他を軽く一蹴しノルの方へと歩み寄る。
決まっているだろう
我が友を迎えに来たのだ
ソルは、先程までとは打って変わり、莞爾と笑みノルの手を取る。
お前がトラブルに巻き込まれたと知って
我は心配したのだぞ
何より 無事で良かった
衷心より安堵するソルとは対照に、ノルは如何ともしがたい複雑な表情を浮かべていた。
で こちら何方様?
腕組をし、事の成り行きを見守っていた島であったが、ノルの手を掴んでいたソルの手を捉えると、間に割って入る。
とっつけた様な微笑が、明らかに厭わしさを示していた。
こいつは ソルと言って
ノルの幼馴染ッチュ
といっても ソルの方が一方的に依存してるだけッチュが
そして さっき話していた
研究所の責任者がソルの父親にあたるんだッチュ
説明を聞きながら、島は、なるほどね…と冷笑する。
なんだ貴様は
地球人風情が ノルに触れるな
あんたこそ
人の家に勝手に上がり込んで 家主に何したんだよ
表情を変えぬものの、島のソルへ対する憤りがぴりぴりと伝わってくる。
一触即発のところ、C-HUが慌てて制止した。
やめるッチュ! それより ソル
リュウイチに何故あんなものを飲ませたッチュか
あんなもの?
詰め寄られたソルは、ああ…そんな事かと呟きを漏らすと小馬鹿にしたように鼻で笑う。
決まっているだろう
面倒事を避ける為だ
記憶操作の薬品は その生体に強く影響を与えてしまうデメリットがあるッチュよ!
緊急用にしか許可されていないはずだッチュ
今が緊急の時なのだ
大体 調査員でも無いソルが
容易に地球への転送許可を得られるとは思えないッチュ
それは…
ソル
ぐっ…
ノルと目があった瞬間たじろぐソルであったが、バツが悪そうにボソボソと話し出す。
地球へは無許可で来た…
な なんて無茶をするッチュか
下手をしたら権限を剥奪されるッチュよ?!
し 仕方が無かったのだ…っ
苦虫を噛み潰したような顔をしたソルは、なおも言葉を続けた。
事故と聞いて ノルの安否が心配で居ても立ってもいられず
転送許可を取り付けようとしたが
許可が降りなかったのだ…
そりゃ そうッチュ
そして 父のIDを使い地球へとやって来てみれば
さらっと
とんでもないことするッチュね…
訳の分からぬ地球人などと ノルが楽しそうにしているではないか…!!
我は!
今すぐにでも連れて帰らねばと…!
……
……要はノルちゃんと立一が
仲良くしてるのを見て嫉妬したと
ソルは、思わず言葉を詰まらせる。
図星であったようだ。
我はっ 会う事もままならないというのにっ
あんなに楽しそうに…っ
ずるいではないか!!
そう訴えるソルは、もはや涙目だ。
一同は、言葉を無くした。
まさか、このような真相にたどり着こうとは……。
C-HUは、呆れて尻尾を床に垂らし、島は毒気を抜かれたようでソファーに座り込んでしまった。
ソル
声を掛けられたソルは、ビクッと身を強ばらせ、ゆっくりとノルの方へ向き直る。
心配させた
!
ノルは、ソルの手をそっと握り、おずおずと顔を上げた彼に視線を合わせた。
ソルには いつも感謝している
……っ
ソルは、その言葉に気分が高揚し、思わず身を震わせるが「でも…」と、ノルは言葉を続けた。
リューイチは 俺の大切な友人だ
危険な事に巻き込みたくない
リューイチの記憶を 元に戻せるか?
ノルに真剣な眼差しで見つめられると、ソルは気まずそうに俯き、何やらもごもごと口篭った。
どうも、歯切れが悪い。
勿論 解除薬は持ってるんッチュよね?
その……解除薬は
ない
ええええーーー?!!
C-HUが驚きに、全身の毛を逆立たせる。
じゃあ どうするんッチュか
ま 待て
この薬は 我が独自に開発した物なのだ
チュ?
時間が経てば 今 一時的に失っている記憶も元に戻るはずだ
ノル奪還の為だけに調合されたソルの新薬は、一時的に記憶は消えるものの、時間経過により、徐々に元通り復元されるらしい。
それは従来品よりも服用者に負担が少なく、上位互換品と言っても過言では無いかもしれない。
記憶消失期間を操作できる薬品の開発成功例は、今まで無かったはずッチュ
資料データを提出すれば 今後の開発に大きく貢献されると思うッチュ
馬鹿なのか 天才なのか分からないな…
我はノルの為ならば努力は惜しまぬ
ただ それだけだ
許可を取り付けないで
地球に来てしまった事は
褒められた事ではないッチュよ
ぐっ…
ソルはC-HUの戒めに、何か反論しようと口を開きかけたのだが
平行して、自らの通信機から鳴り響いた呼び出し音に、表情が凍りつく。
……通信が入ってるッチュよ
わ 分かっている…!
恐る恐る通信回線を開くと、ソルは息を飲んだ。
SOL-1200DX応答せよ
こちら惑星NO.81838183816989
……
どうした 応答せよ
ソルが意を決し、通信に応答しようとした瞬間、ノルが素早くコンソールを立ち上げ、通信回線に割り込んだ。
こちらNOL-1000CX
現在 転送トラブルの為
太陽系第3惑星にて停留中
突然の回線ジャックに、通信相手は少々戸惑った様子であったが、しばし間を置き応答してきた。
その件は聞いている 船の修復及び・問題解決まで停留の許可を与える
了解
それを踏まえた上で SOL-1200DXの無許可での転送についてですが
彼の行動は 当船のトラブルが主な原因です
その点を考慮して
懲罰を受ける義務はNOL-1000CXにも生じるかと思います
何を馬鹿なっ!!
予想だにしていなかったノルの発言に、ソルは口を挟まずにはいられなかった。
地球への無許可転送は、罪が重い。
それなりの懲罰を受ける事になるであろう。
職務の剥奪・制限……良くて、長期間の謹慎となるかもしれない。
これは 我が勝手にした事だ!
ノルには何の関係もない…!
慌てて弁論するも、ノルはソルを安心させるかのように手を握り、小さく首を振る。
何故だ…何故いつもこうなのだ
我は ただ大切な友を助けたいだけだと言うのに…
結局 お前の足を引っ張ってしまう
ソルは、下唇を噛み締め、自分の不甲斐なさから湧き上がる感情に、唯唯耐えている。
通信の相手は、しばし思議しているようだった。
NOL-1000CXの提案を検討しよう
なっ…
ただし ペナルティは両者で負ってもらう事とする
思わぬ裁定に、ノルとソルは顔を見合わせる。
NOL-1000CX
此度のトラブルは こちらでも原因を調査中だが 第三者の作為的な関与によるものだという可能性が考えられる
そちらでも 何か分かり次第報告を
了解
SOL-1200DX
は い…
貴公には NOL-1000CXの補佐を任命する 船の修繕・メンテナンス等 兵站面でのサポートに専念せよ
また 母星への帰還は
NOL-1000CX同行時のみ許可する事とする 肝に銘じよ
えっ
ソルは、聞き違いではないのかと喫驚の声を上げる。
無理もなかった。
下された沙汰は、彼にとって、これ以上ない吉報となったからだ。
は 了解!
一瞬間を置き、その意図を理解したソルは、慌てて提示された条件に同意した。
……父上 感謝します
……諸君の健闘を祈る
電子音と共に、通信が切られると、一同は胸を撫で下ろす。
チュゥ~
どうなることかと思ったッチュよー
C-HUは、尻尾を震わせノルの方へ走り寄り、ピョンと肩に飛びついた。
チュー…
心配かけてすまない
ノルは、表情を和らげると、慰するようにC-HUの頭を撫でてやる。
ノルちゃん
普段は ぽやんとしてるのに…
随分と凛々しい一面もあるんだね
ノルは こう見えて
頼りがいがあるッチュ
惚れ直した
つまるところ、ソルは地球へ残り、ノルのサポートに付くに落ち着いた。
大きなお咎めを受けずに済んだのは恐らく、通信相手……ソルの父親が上に掛け合い、何かしらの計らいをしてくれたと思って、間違い無いであろう。
ノル…
ん?
ソルは、意を決し光彩ゴーグルを解除すると、至誠な気持ちでノルと向き合った。
我が今ここに居られるのは
お前のお陰だ
ソル
感謝している
ん…
ノルに微笑まれると、ソルは照れ臭そうに目を泳がせる。
とにかく これで一安心ッチュね
二人の様子を伺っていたC-HUが、髭を揺らし声を弾ませる。
と、安堵したのも束の間。
物音と共に、リビングに姿を現した人物は、腕組をし、うんざりといった表情で、こちらを見据えていた。
まだ 居たのか
いつまで 騒いでいる気なんだ?
黒髪に飾り気のないYシャツとネクタイ。
無愛想ですげない口調の青年がそこに居た。
雰囲気は違えど、その声色には、皆聞き覚えがあった。
リューイチ
そういえば まだ
こっちの問題があったんだった
島は、この堅物に、どう叙説すべきか頭を悩ませるのだった。