第十四話 面影を追いかけて
第十四話 面影を追いかけて
――魔界 オロバスの街 池のほとり――
待ってください、サリー!
夫人たちが追いついて来てません
待ってたらあの人行っちゃうよ!
でも、ここではぐれたら……!
おねーさん、おねーさん! ちょっと待ってよぉっ!!
叫びながらサニーはひたすらその後ろ姿を追う。
美しい黒い羽を持つ彼女がその声に気付き、振り返ったのはそのすぐ後のことだった。
……?
やっと……! 気付い、たっ……!!
全力疾走し息を切らせたサニーは、捜し人を前に肩で息をする。
――何? サインならお断りだよ
へっ、サイン? えーと、よくわかんないけどそういうのじゃなくて。
アタシ、アンタ――ううん、アナタを捜してたんです
捜してた? どっかで会ったことあったっけ
はい! もう十年も前になるけど……
全然覚えてないや。ごめんねー
話を聞くつもりもないらしく、彼女はそう言ってひらひらと手を振った。
しなやかな肢体に意思の強い瞳。
鮮やかな色の髪と大きく湾曲した角が、サニーの思い出の中の悪魔とまったく同じだった。
しかし彼女はサニーとろくに話もせず、踵を返し去ろうとする。
待ってください! あのっ、アタシ――
もー、まだ用なの?
あの……アタシ、こんな格好してるけど、本当は人間で
あ? ああ、なるほど……んじゃあんたたちなんだ、例の魔女見習いって
えっ、どうして知ってるんですか
一応こっちも捜してたっていうか。ま、無事ならいいか。
ケガしないうちにさっさと現世に帰りなよ
それが……門を開く呪文がわかんなくなっちゃって
はぁー? 何やってんの。
呪文覚えてから門開けなよね。おまけに魔力も全然ないみたいだし
うっ……
しょーがないな、もぉ
彼女がくるりと左手首を回転させると、どこからか羽ペンと紙が出てくる。
そしておもむろに文字を書き始め、長い文字列が綴られたその紙をサニーに渡した。
――ま、こんなとこか。魔方陣さえしっかりしてれば呪文が適当でもなんとかなるでしょ。
行きは問題なかったみたいだし
もしかして、門を開く呪文?
他に何があんの
彼女の口ぶりに、サニーはついポカンとしてしまう。
あっけらかんとした態度に拍子抜けしたのも事実だが、それより強く思ったのは――。
『記憶していた恩人の彼女とどこか違う』だった。
あの……?
それゆえにもう一度話をしようと切り出したが、その声は野太い声にかき消されてしまう。
おっ、こんな所にいた! デスデモナさーーーん!!
げっ
腹回りがやけに大きな悪魔が、頬を染めて彼女に走り寄ってくる。
それに続きわらわらと悪魔たちが一斉に彼女の元へやってきた。
サインください!
いつもサバト見てます!
デスデモナざぁん……ハァハァ……
うへぇ~。これだから街には来たくなかったんだよね
サイン? サバト? なんなのこれ……?
ねぇあんた、呪文教えたんだからさっさと帰りなよ。
私はもう行くから。じゃーね!
えっ!? ちょっと待って――
美しい漆黒の羽を羽ばたかせ、彼女は一気に空中へ舞い上がる。
すると羽を持たない悪魔たちは追いかけることも出来ず、残念そうにそれを見守る。
もちろんサニーも同様だった。
ちゃんと話したかったのに……
サリー。あのかたで間違いないんですか?
と、思うんだけど……なんだか雰囲気も喋り方も違ってて。
どのみちアタシのことは覚えてないだろうなとは思ったけど……
でも……本当にあの人なのかな
でも、呪文は教えてくれたんですよね。助かりました。
これで帰れるじゃないですか
うん、そうだね。
本当は空を飛んであの人を追いかけたかったけど……
そんな魔法使えるようになったんですか?
ううん、全然
ですよね
魔力もないし、呪文も覚えてない。空を飛んで追いかけることもできない――
あの人に会いたい一心でずっと頑張ってきたけど、
アタシこんなんで魔女見習いって言えるのかな
こんなアタシがあの人にもう一度会ってお礼を言ったところで、なんか説得力ないよね。
アナタに会いたくてずっと頑張ってきました、なんて……
しょんぼりと肩を落とすサニーを見て、レイリーはその手を取る。
なんとか励まそうと言葉を探していたが、それは悪魔の声によって遮られてしまった。