燈莉達の演奏は無事に終わり、ライブ自体も滞りなく終了した。その後、終始話題になっていたのは、燈莉のバンドとティモのバンドについてのことである。ライブハウスの客は出演バンドの友人知人などで構成されることが多く、当然楽器を演奏する人間も多い。同じ楽器を弾く立場であるからこそ、瑠華の巧みな演奏技術に魅入ってしまうのだろう。
 それに対してティモは、もちろん美しい歌声に対しての評価が高かったのだが、それを軽く凌駕してしまうインパクトを与えてしまったため、歌う男の娘のイメージが先行していた。
ライブが終わった後、打ち上げと夕飯を兼ねて飲食店に入ることにした。ここでもあの店がいいこの店がいいと意見が交錯したが、近辺のイタリアンの店に落ち着いた。
 六人掛けのテーブルの真ん中に燈莉が座り、左側には都流樹。右にはバンドメンバーがみんな帰ってしまって寂しいと言いながら着いてきたティモが座っている。向かいには一番左にいる聖夜とその隣の瑠華が話し込んでいた。燈莉が耳を傾けると今日の演奏についての評価や課題点などを真剣に話しているのが聞こえた。
 天羽は何かを企んでいるような表情で口角の片方を持ち上げ、都流樹とアイコンタクトを取っている。

都流樹

うぉーーーすげぇ!

天羽

うぉーーーすげぇ!

 天羽と都流樹が声を合わせて叫んだ。ライブで盛り上がった時のティモの真似をしているのだろう。ティモは恥ずかしさから顔を朱に染め俯きながら小さな声で呟く。

ティモ

あの……さっきは取り乱してすいません

都流樹

いやいや、ティモちゃん。ナイスシャウトだったぜ!

天羽

とる兄、それフォローになってないのですよ……

聖夜

もう二人とも、ティモちゃんをいじりすぎやで

二人を制すようにして聖夜がメニューを開く。

聖夜

とりあえず早いとこ乾杯しよ。飲みもん頼んでや。うちはコーラで。瑠華は?

瑠華

じゃあ私はアイスコーヒーで

 それぞれが飲み物を決めていく中、天羽はうぅーと唸りながら頭を抱えていた。大方メロンソーダがないからだろう。

燈莉

じゃあ俺はジンジャーエールにしようかな

燈莉が飲み物を決めると天羽はそれを妥協点としたのか、同じくジンジャーエールを頼むことにしたらしい。

都流樹

やっぱりライブの後は生ビールだよな。この一杯のために生きてきたって感じがたまんねぇ。ティモちゃんはどうする?

都流樹の問いかけに、恥ずかしさのあまり心ここにあらずのティモは、ワンテンポ遅れて返事をした。

ティモ

あっ、私も生で

その言葉を発した瞬間、全員の視線がティモの方に集まった。

瑠華

ティモさんは、成人しているんですか?

 瑠華は誰もが気になっているだろう質問を投げかける。

ティモ

そ、そうなんですよ。未成年じゃないから大丈夫ですよ

 と言いながら舌を出しておどけるティモ。

聖夜

なんかな。リアクションというか、そこらへんに妙なジェネレーションギャップを感じてしまうねんけど……

ティモ

あの、私年の離れたお兄さんがいて、その影響を受けちゃっているのかな? ところで……

 話題を自分の方から逸らそうと試みるティモに、都流樹が言葉を重ねる。

都流樹

ティモちゃん。干支はなに?

ティモ

申ですよ。……はっ!?

都流樹

燈莉。お前の干支なんだっけ?

燈莉

俺も申です。そういうことですよ

 ティモは特に年齢を隠していたわけではないが、あえて自分からその話をすることはあまりない。第三者がなんの意識もせず彼女を見れば、周りにいる燈莉達と変わらない年齢に見える。ならばお互い同じ目線でコミュニケーションを図りたいと考えてのことだった。

聖夜

姉貴! その若さの秘訣を教えてくだせえ

天羽

きっと夜な夜な処女の生き血を啜っているに違いないのですよ

 何故か江戸っ子調に喋る聖夜に、ファンタジックな憶測をする天羽は、実に楽しそうな声色だった。
 燈莉達より年上のティモだが、今の会話を機に距離が縮まり打ち解けっていた。各々が音楽に打ち込むきっかけの話や、プライベートに関わる話などで盛り上がり、打ち上げは深夜まで続いた。


 燈莉は今日の余韻を感じながら、自分の父親の運転する車の後部座席に座っていた。隣にいる瑠華は録音していたライブの音源を聴いている。
 みんなと別れた後、たまたま用事で近くにいた父親が迎えに来てくれることになったので燈莉と瑠華は一緒に帰ることになった。

燈莉の父親

燈莉、今日の演奏はどうだったんだ。恥ずかしい演奏はしなかったか?

燈莉

まぁ、ぼちぼち

 燈莉は曖昧な返事をする。いつも通り比較対象は瑠華だからあまりにも分が悪い。

燈莉の父親

瑠華ちゃんは聞くまでもないか。どうだい。こいつ少しはまともなギターを弾くようになったかい?

 イヤホンをつけてはいたがその声が聞こえていた瑠華は、耳からイヤホンを外してから答える。

瑠華

以前は演奏中ずっと必死な感じでしたけど、最近は他の楽器とのまとまりを考えてのアプローチができていると思います。リズム隊がしっかり支えてくれているっていうところもありますが

燈莉の父親

都流樹君と天羽ちゃんか。あの二人のリズムはいいね。気があっているからこそあんな良いうねりを出せるんだろうな

燈莉

わかってるよ。俺が他のメンバーより数歩後ろにいることくらい

 燈莉は決してふて腐れている訳ではなかった。本当に実力をわかっているからこそできる客観的な判断。

燈莉の父親

俺は別に楽器弾きとしてお前が劣ってるとは思わないよ。ちゃんと相手の持っているものを理解しているからな。それを認めて受け入れるのは大事なことだ。後は自分の伸び代をよく知ることだ

 燈莉の父親がそこまで話をした瞬間、突然目の前が明るくなった。対向車線を走る大型のトラックが発する光だった。そのトラックの進路が次第にこちらの方を向き、燈莉の乗っている車と正面から衝突したところで意識を失った。

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