燈莉の発言によって凍りついた場の空気。ティモの性別が男だということはそれだけ衝撃的だった。身長も瑠華や聖夜とあまり変わりはなく、体つきも華奢で愛くるしい容姿をしている。声色もメラニー法という男性が女性の声を出す為の特殊な発声方法を習得しており、完全に女性の発するそれであった。

燈莉

わかってくれた? こいつは昔からの腐れ縁なんだ。同姓の幼馴染にくっつかれてにやにやしてたりしたら、そっちの方が気持ち悪くないか?

瑠華

そ、それはそうね。なんだかごめんなさい

 瑠華がばつの悪い表情をしながら言う。

聖夜

なんか複雑やけど、それやったらしょうがないんかな? ようわからんなってきた

 頭を抱えながら呻き声を上げる聖夜の肩を、ぽんぽんと二度叩く天羽。

天羽

愛には様々な形があるのデス。そしてそれは如何なる場合も尊ぶべきものなのデス

 明らかに神父を意識した語り口調で言うと、胸元で十字を切り指を組み合わせる。

聖夜

何で突然の神父キャラ? 天羽ちゃんめっちゃ仏教徒やないかい!

 そのやり取りが面白かったのか、ティモは鈴を鳴らしたような音色でコロコロと笑う。

ティモ

よかったね燈莉。良さそうな人達に巡り合えて

燈莉

まあ楽しくやってるよ。そっちはどうなんだ?

ティモ

私もメンバーには恵まれているよ。演奏聴いてたならわかったでしょ。それじゃあ燈莉もライブ頑張ってね

 燈莉の頬にティモの唇が触れた。そして彼の視界に揺れる銀髪を残し、走り去って行く。再び沈黙がその場を包み込んだ。

瑠華

あの……燈莉

燈莉

はい、なんでしょうか、瑠華さん

瑠華

恋愛にも色々な形があるわ。お互いが幸せであるのならば……

燈莉

違うから。脳内で導き出した結論を一回引っ込めてくれるか

 瑠華が言い切る前に、燈莉が見解の相違を告げる。

都流樹

燈莉。俺はティモちゃんだったら性別とかそんなものはどうでもいい

燈莉

こっちにもややこしい人が一人増えた

 深く溜息をつく燈莉。軽く伸びをして少し落ち着こうと思ったところで、ステージから音が消えた。今ステージで演奏しているバンドが終了したらしい。
 燈莉達は各々の楽器を用意し、ステージに向かう準備を始めた。

 ステージは幕が下りており、その奥で燈莉達は神経を研ぎ澄ませている。全員が目配せをした後、都流樹がリズムを刻み始めた。燈莉はバスドラムの低音が心臓に響く感覚を楽しみながら気分を高揚させる。最初はシンプルなリズムだったが、次第に複雑で激しい音のうねりを形成して行く。
 そこに天羽のベースが加わる。バスドラムが作るノリにシンクロするようにベースの音が絡みつく。都流樹は外見通りの野性味を感じさせる演奏だが、天羽の小さな風体からは想像できない音圧と迫力があった。足を肩幅の倍ほど開き、俯き加減でベースの弦を弾く姿は、普段の天羽の雰囲気とは対極であるが、この激しさもまた彼女自身が持っている一面である。
 ドラムとベースのリズム隊が混じり合うとステージの幕が上がり始めた。観客席からの拍手と歓声が広がると、それを打ち消すように瑠華のギターが吼える。細くしなやかな指がギターの弦を張った指板をなぞり、感覚に任せた即興のメロディを奏でる。演奏における技術的なところはもちろん申し分ない。冷静な面持ちでありながら情熱的なパッセージを指先で生み出すからこそ、その対比で瑠華の魅力が更に引き出される。
 瑠華のギターソロが終わると、彼女は天羽のベースに追従するようにユニゾンのフレーズを弾き、バッキングに回った。ここで燈莉は初めてギターの弦を弾く。主に十六分音符で構成されたクラシカルで印象的なリフを紡ぐと、聖夜がリード向けのオルガンの音色で、燈莉とまったく同じフレーズを繰り返す。この二人の掛け合いは会場の空気を大きく沸かせた。燈莉の演奏も悪くはないのだが、その場の雰囲気で弾く燈莉のフレーズを聞きながら、それを何の造作もなく再現する聖夜の音感とセンスが、明らかに聴く側の人間を驚愕させていた。

ティモ

燈莉のバンド……すごい

 最前列で演奏を聴いているティモが、独り言のように呟く。演奏における技術的な部分では燈莉もそんなにレベルは低くない。しかしその他のメンバーが全員抜きん出たテクニックを持っている。それはティモが想像していた実力とはまったくかけ離れていた。
 演奏にブレイクが入り、辺りが静寂に包まれたと思った刹那、一曲目が始まった。曲の頭から燈莉の声と楽器の音圧が混じる。
 背中側の腰辺りから頭の鉄片まで悪寒に似た衝撃が走る。ティモは鳥肌の立った腕に手を添えて震えを抑えた。しかしその感情の高ぶりは声となって発せられた。

ティモ

うぉーーーすげぇ!

 さっきまで澄み渡るような声でライブをしていた艶やかな銀髪の美少女。彼女から放たれたのは、海賊の船長が号令をかけるような野太い声。それは燈莉達のバンドの演奏を凌駕してしまう程、オーディエンスの視線を集める結果となった。

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