第2話 
春香は篠田をかかりつけ患者とした後は、不思議と週に一人程度指名を獲得できるようになっていた。

春香、最近指名増えてすごいじゃない。
何かコツでもつかんだの?

それが・・・。
自分でもわからないんです。

きっと、それは肩の力が抜けたからじゃないかしら。

そうなんですかね。

きっとそうよ。
この調子で、どんどん指名を取っちゃってね。

はい。
でも・・・。

でも、なによ。

実は、最近、携帯にいたずら電話みたいのがかかってくるんです。

いたずら電話!?

電話にでると、すぐに切られちゃうんです。

何もしゃべらないの?

はい・・・。
私が、「クローバー薬局みなとみらい店薬剤師の朝倉ですっ」ていうと、必ず切れちゃうんです。

そう・・・。

それに・・・。

それに?

息遣いがあらいというか、はぁはぁ言ってるというか・・・。

気持ち悪いわね。
電話番号はどこから?

公衆電話からです。

それじゃ相手が誰だが特定できないわね。

だから、最近電話に出るのが怖くって。

そうね・・・。

久美子先輩、私がこの携帯電話を使う前は誰か使ってましたか?

いままで春香が指名とれなかったから、それ以前は使われてなかった。
つまり、電話番号を知っているとしたら、春香のかかりつけ患者だけよ。

かかりつけ患者さんだけ・・・。

春香、今かかりつけ患者は何人いるの?

3人です。

3人の中で、心当たりがある人はいないの?
一人ずつ教えてごらんなさい。

一人は、田中さん。
治療薬は高脂血症と糖尿病と高血圧。
スマホの画面はアニメの女の子ですけど、とってもいい人です。

あぁ、あの人ね。
あの人は私も投薬した事があるから、わかるわ。
田中さんで気になることはない?

えーっと・・・。

・・・。

一度だけ、艦これの吹雪に似てるねって言われた事があります。

それって・・・。

で、でも、田中さんは、艦これの島風一筋なので、
私には興味ないと思います。

その、「艦これ」っていうのがよくわからないけど、可能性はゼロではなさそうね。

えっ、はい・・・。

田中さんがいたずら電話かぁ。
しないと思うんだけどなぁ。

他の人は?

もう一人は、私の友人のお父さんです。
花粉症でディレグラを使用しています。
指名がとれないって友達に行ったら、来てくれました。

あなた、患者に知人多いわね。

は、はい・・・。

まぁ、いいわ。
身近な人から健康にしていきなさい。

はい。

それで、その人はどうなの?

いっつも話も聞かず、薬を渡したらすぐに帰っちゃうくらいの忙しい人だから、
無言電話するほど暇じゃないと思います。

そうね。
それに、娘の友達にいたずら電話するのも可能性が低いわね。

はい・・・。

じゃぁ、残りは・・・。

この前の、篠田さんです。

あ〜、あのバイアグラの紳士

久美子先輩、その言い方はちょっと・・・。
でも、あの人は良い人だと思うんです。

そうね。あの人もいたずら電話なんてするような感じじゃないわよね。

はい・・・。

じゃぁ、誰なのかしら。

わかりません・・・。

あっ、噂をすれば、篠田さんじゃない。

ほんとだ。

二人の視線の先には、処方箋を持って、薬局に入ってくる篠田がいた。

春香、大丈夫だとは思うけど、念のため気をつけなさい。

はい。

それと、これは仕事よ。
今の事は一回忘れて、真摯に対応しなさい。

はい、わかりました。

リセット、リセット。気持ちをリセット。
深呼吸して・・・。
よし、落ち着いた。

篠田さ〜ん。

あぁ、朝倉さん。
今日もお願いします。

春香は処方箋を確認すると、前回の来局時には記載されていなかった薬がある事に気付いた。

篠田さん、今日一つ薬増えちゃいました?

そうなんですよ。
呑みの付き合いも多いものですから、きっとそれが原因だと思います。
食事と運動が大事だと先生から言われているのですが、食事は難しいですね。

そうですか。
篠田さん、運動はどんな事をしていますか?

運動といっても、筋トレですけどね。
こう見えて、私いわゆる細マッチョってやつなんですよ。

え〜、そうなんですか。意外です。

ほら、ちょっと触ってみたくださいよ。

篠田はそう言って春香の手を掴み、スーツの上から自分の腹筋に押し当てた。

硬いでしょ?
しっかり、6個に割れてるんですよ。

えぇ。か、硬いです・・・。

ほら、大胸筋だって。

篠田は握った春香の手をそのまま、自分の胸に移動させた。

は、はい・・・。わっ!

篠田の大胸筋がビクンと動くと、春香は急いで手を離した。

あぁ、びっくりした。
大胸筋動いた・・・。
テレビでしか見た事ないけど、本当に動くんだ。

それより私、男の人の腹筋とか、大胸筋とかあんまり触った事ないし・・・。
これって、セクハラ!?
いや、これくらいよくある事なのかなぁな。

こんな事をしてくるってことは、やっぱりいたずら電話の犯人って・・・。
いやいや、まだわかんないし。
自意識過剰だよね。
落ち着け、私。

ごめん、ごめん。
驚かすつもりじゃなかったんだよ。
会社の人も私が細マッチョって事をこうしないと信じてもらえなくてね。
ははは・・・。

は、はい・・・。

私、落ち着かなきゃ。
深呼吸、深呼吸・・・。
ふぅ、少し落ち着いてきた。

それでね、先生が運動してるなら、この薬がいいだろうって言ってね。
この、メトグルコって薬を追加してもらったんです。

そうですか・・・。
あっ、そういえばメトグルコって・・・。

この薬がどうかしたのですか?

篠田さん、先ほど付き合いも多いと仰っていましたけど、お酒はよく飲みますか?

飲みますね。お酒は強い方だとは思います。
ビール、焼酎、ワインにカクテル。
なんでも飲んでしまいますね。

そうですか・・・。

お酒がこの薬と関係あるのですか?

実は、このお薬はお酒を飲む方にはあまり向かないんです。

このお薬とお酒を大量に飲んだりすると、乳酸アシドーシスっていって、
体に乳酸が溜まりすぎて血液が酸性になってしまう事があるんです。

それって、大変なのですか?

救急車で運ばれちゃう事もあるので、注意しなければいけないんです。

そうか、それは困ったな・・・。

ちょっと先生に聞いてみて、他の薬に変更できないか相談してみます。

ありがとう。よろしくお願いします。

10分後

大変お待たせいたしました。

どうでしたか?

先生と相談したところ、メトグルコはやめてビクトーザという薬になりました。
注射の薬でも大丈夫ですか?

大丈夫です。

良かった。

実は、今回そのお薬の事も話に出ていましてね。
私、付き合いも多くて食事を食べ過ぎちゃう事が多いので、食欲を減らす効果もあるその薬も勧められていたのです。

そうだったんですか。

でも、使い方が難しいのでしょう?

いえ、簡単ですよ。ご説明しますね。

春香はビクトーザの説明用キットを投薬台に広げ、使い方の説明を行った。

いかがでしたか?

意外に簡単だね。
これならできそうだよ。

もし、不明な点がありましたらお気軽にお電話ください。

わかった。ありがとう。
困ったら電話するよ。

そう言って篠田は薬を持って、薬局を出て行った。

春香、どうだった?

なんか、胸とお腹触らされました。

え!どうして!?

筋トレしてるからって・・・。

ちょっと、あんた・・・。
もしかしていたずら電話の犯人って・・・。

触らされたのは驚きましたけど、
いたずら電話は、やっぱり違うと思うんです。

そうかしら?

たぶん・・・。

その夜、篠田から春香に電話がかかってきた。

第3話へつづく。

かかりつけ薬剤師物語2 〜第2話〜 患者さんは変質者!?〜

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