かかりつけ薬剤師物語2
第1話 患者さんは変質者!?

春香の叔父が亡くなってから1ヶ月後・・・。
クローバー薬局では、相変わらず春香が冴えない顔をしていた。

春香、いつまで叔父さんの事を引きずってるのよ。

あっ、久美子先輩。

いい加減、元気出しなさいよ。

あの、そうじゃなくて・・・。

なら、なんなのよ。

それは・・・。

それは?

指名が取れなくて・・・。

え!?あなた、また指名ゼロなの!?

はい・・・。

春香の勤めるクローバー薬局は、指名数、つまりは、かかりつけ薬剤師になれた数を事務室に張り出している。
大きくかかりつけ患者数と書かれたその紙には、
一番左に薬剤師に名前が書かれ、その横には指名数を表すシール貼られている。

春香の横には1ヶ月前に叔父から指名を取ったきり、シールが貼られていなかった。

春香、ほんとにゼロなのね。

クローバー薬局では半年指名が取れないと、クビになってしまう。
春香はその危機感を痛烈に感じていた。

久美子せんぱ〜い、私どうしたら・・・。

・・・。

・・・。

今日、指名取りなさい!!

え!?

今日は薬剤師の出勤がいつもより2人少ないわ。

投薬に回るチャンスよ。

投薬、それは服薬指導の事だ。
薬剤師が薬を調剤した後、患者に説明する。
患者と直接接する事ができるこの機会がなければ、指名をとる事はできない。
勤務人数が多いと、そのチャンスも巡ってこなくなる。
今日のように薬剤師の出勤数が少ないと、久美子の言う通り投薬に回る事も増えるため、チャンスが増えるのだ。

それにこの時期、秋の健康診断後、受診する患者が増える時期。

つまり・・・。

・・・。

新しい患者がたくさん来るって事よ。

はっ!

春香、このチャンス絶対逃すんじゃないわよ。

はいっ!

私、今日はリーダーやるから、初回来局患者はすべて春香に振るわ。
だから、今日こそ指名を取りなさい!!

はいっ!がんばりますっ!!

春香は久美子に鼓舞され、意気揚々と調剤室へ向かっていった。
そして、今日の業務が始まった。

春香〜、初回よ。頼むわね。

はいっ!指名取ってきます!!

がんばってね。

10分後。

先輩、ダメでした〜。

そう。

・・・。

落ち込んでる場合じゃないわよ。
次の新規もきてるわ。春香よろしくね。

は、はいっ!

10分後・・・。

ダメでした・・・。

春香、切り替えなさい!次も初回!!
行ってきなさい!

はいっ!!

このやりとりが10回以上繰り返された、その日の夕方・・・

先輩・・・。

春香・・・。
どうして指名取れないのよ。

わかりません。ぐすん。
私、この仕事向いてないのかもしれません。

春香・・・。

・・・。

あきらめないで!

!?

実は、ファックス処方箋でまだ来てない患者さんが一人いるの。
しかもその人、初回来局よ。

これがラストチャンスだと思って頑張りなさい。

でも・・・。

本日指名をもらうのに10連敗した春香はすっかり自信を失っていて、朝に見せた威勢も失われていた。

いい?春香
これは本当にチャンスなのよ。

普通、患者さんは、日中の込み合ってる時間は、他の患者さんを気にして、じっくり話を聞いてくれないでしょ。
だから、初回といえど、指名は取りづらい。

はい・・・。

でも、夕方にくるって事は、他の患者さんを気にしないですむって事なのよ。
それに、仕事や用事が終わってから来るケースが多いの。
つまり、あなたの話をじっくり聞いてくれるって事!

・・・。

だから、今日最後に全力でやりなさい。
必ず指名取れるわ!

は、はいっ・・・。

春香は本日指名を取る事を半ば諦めてはいたが、久美子の目力に圧倒され、ノーとはいう事が出来なかった。

その15分後、その患者が処方箋を持って薬局に現れた。

篠田紳一さ〜ん。

春香がその患者を呼ぶと、投薬台までゆっくりとやってくる。処方箋に記載された年齢とほぼ同じ見た目のため、それが、本人である事がわかる。

よろしくお願いします。

あっ、はい。
薬剤師の朝倉春香です。
よろしくお願いします。

今日最後のチャンス。
指名とれるかなぁ・・・。

今日はどうされたのですか?

いつもの薬をいただきに来ました。

あっ、失礼しました。
いつもこちらの薬をお飲みなんですね。

篠田さん、お薬手帳はお持ちですか?

おっと、失礼。
まだ出していなかったね。

春香がお薬手帳を確認すると、本人の言う通り、今回と同じ薬名が記載されていた。
そして、お薬手帳には幾つかの薬局で薬をもらった履歴がある。

いろいろな薬局行かれているのですね。

えぇ。なかなかいい薬局が無くてね。
ここなら仕事の帰りに寄れると思って、ここに来たんです。

そうですか〜。

薬局を探していたの?
ひょっとして、指名とれるかもしれない!!

お薬手帳ありがとうございます。

いえ。

お薬を飲んでいて気になることや困った事ありませんか?

特にないですね。

・・・。

・・・。

思いきって言ってみたら、指名取れるかもしれない。
えぃ!もうなるようになれだ!!

あのっ、私、篠田さんのかかりつけ薬剤師にならせてもらえませんか!

え!?
かかりつけ薬剤師、ですか?

やっぱり、急だったかぁ。
ちょっと引いてる気がする・・・。
でも、もう引き返せない!
押しまくるしかない!!

かかりつけの医者を決めるように、かかりつけの薬剤師もいたほうがいいと思うんです。
篠田さんがうちの薬局のご近所にお住まいなら、どこの病院からの処方箋でも調剤します。
24時間いつでも薬で困ったらご相談にのりますし、
篠田さんのお薬すべてに責任を取らせてください!!

・・・。

・・・。

あちゃー、やっぱりダメかぁ・・・。

宜しくお願いします。

い、いいんですか!?

あ、はい。

やったぁ!

意外にもあっさりと了承を得られた事に驚いたが、
それはきっとタイミングが良かったからだろう。
春香は心の中でほくそ笑みながら、かかりつけ薬剤師同意書を篠田に渡した。

それでは、こちらの用紙に記入していただいてもよろしいでしょうか。

えぇ。

・・・。

はい、これでいいかな。

ありがとうございます。

それと、こちらがかかりつけ薬剤師同意書の控えと、
篠田様が薬で困った時に、ご相談にのるための、私の携帯の番号になります。
深夜や早朝などはすぐにお電話に出れない時もありますが、基本的には24時間対応いたします。

薬剤師さんも大変ですね。

いえ、みんなやっている事です。

それでは、篠田さんこれからよろしくお願いします。

よろしくお願いします、朝倉春香さん。

篠田は右手を差し出し、それを見た春香は両手で包むように握手した。

春香、指名とれたじゃない。

良かったです〜。
久美子先輩が最後私に投薬させてくれたからですっ!

春香が最後に頑張ったからよ。
よくやったわね。

はいっ!

これから、かかりつけ薬剤師としてしっかり、健康にサポートしなさい。

はいっ!でも、ちょっと気になった事が・・・。

何よ?

あの人、バイアグラ服用してるみたいなんです。

それがどうしたの?

あの人の年齢でもバイアグラ飲むんだな〜って思って・・・。

EDの原因は人それぞれよ。
それに、EDが何か関係あるの?

え!?
別に関係はないです。
なんとなく、そう思っただけです。

それが気になるなら次回聞いてみなさい。

はい・・・。

その後、春香の携帯電話に決まって毎週金曜日夜、いたずら電話がかかってくるようになった。

第2話へつづく。

かかりつけ薬剤師物語2 〜第1話〜 患者さんは変質者!?

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