洸汰が魔法に関わるという決意をカレンに告げたその日の放課後。
家に帰ろうとしていたはずの洸汰は、校門の前で出待ちしていたカレンに捕まり、そのままなし崩し的に一緒に帰ることになって、気がつけばクラスメイトの女子の部屋で所在無げにあたりをきょろきょろと見回していた。
洸汰が魔法に関わるという決意をカレンに告げたその日の放課後。
家に帰ろうとしていたはずの洸汰は、校門の前で出待ちしていたカレンに捕まり、そのままなし崩し的に一緒に帰ることになって、気がつけばクラスメイトの女子の部屋で所在無げにあたりをきょろきょろと見回していた。
おんニャの子の部屋をじろじろとニャがめ回すだニャんて、ニャんてデリカシーのニャい奴だニャ……
突然声をかけられてびくりと首を縮めた洸汰は、その言葉を放ったのが、悠々と自分の前を横切ってベッドに飛び乗った黒ネコだと知ると、内心でホッと胸をなでおろしながら憮然と反論する。
べ……別にじろじろ見てたわけじゃ……
ただ、魔法使いっぽくないなぁとか、女の子の部屋にしてはシンプルだなぁとか、そう思っただけで……
人はそれをニャがめ回すと言うニャ
黒ネコの使い魔にツッコまれ、「ぐっ」と言葉を詰まらせる洸汰。
ちなみにこの部屋の主たる件の少女は、今は着替えとお茶の準備のために席をはずしている。
それと魔法使いっぽいというのがニャ~には分からニャいけど、カレンが魔法を使うための道具ニャらきちんと引き出しとかにしまってあるニャ
だからその辺のものに軽々しく触らニャいほうが身のためだニャ……
もしかしたら変ニャ呪いに掛かるかも知れニャいからニャ……
変な呪い!?
ふっふっふと不敵に笑うクロエに対して、洸汰は焦ったように慌てて体中を調べ始めた。
ちょうどその時、お茶セットが乗ったトレイを抱えたカレンが部屋に入ってくる。
それに気づかず、あちこち自分の体をまさぐっていた洸汰に、カレンから冷ややかな声が飛ぶ。
何やってるの?
あっ……いやこれはその……
顔を真っ赤にしながら慌てて言い訳を並べたてようとする洸汰を尻目に、クロエがぴょんとベッドから飛び降りながら言う。
カレン、聞いてくれニャ……
こいつ、突然自分の体をまさぐり始めたんだニャ……
きっとおんニャの子の部屋に入って興奮したんだニャ……
とんだ変態だニャ
えっ……
途端、カレンの目がまるでゴミを見るようなものに変わり、洸汰は大いに慌てる。
んなっ!?
そんなわけないだろ!?
じゃあおみゃ~はカレンの部屋だというのに一切の魅力を感じニャいとでも言うのかニャ?
それはそれで男としてどうニャ?
それは……その……
もごもごと口籠った洸汰が、黒ネコとその飼い主に遊ばれていたことに気づいたのは、クロエがにやりと意地の悪い笑みを浮かべながらこちらを見ていたことに気づいた時だった。
やられた。
そう思った洸汰は、小さくため息を落としながら肩を落とし、両手を挙げて降参の意を示す。
ふふふ……
なんだかいいわね、こういうの……
楽しそうに笑うカレンに、洸汰は首をかしげた。
そうなの?
ええ……
だって私……
小さい頃からずっと魔法の修行ばかりで……
友達とかいたことなかったもの……
え……
でもほら……
魔法協会……だっけ?
そこに同期とかいたでしょ?
素朴に洸汰が訊いた瞬間、カレンはピクリと肩を震わせた。
あいつらは……
■■……だから……
よく聞き取れず、訊き返そうとした洸汰が直後にカレンから放たれる空気に気圧されて口を噤み、それを機敏に察したクロエが、どこか慌てたようにカレンの方に飛び乗りながら話題を変えた。
それよりもカレン……
そろそろ小増を家に連れてきた目的をはニャすニャ……
えっ……?
あ……ああ……
ごめんなさい……
私があなたをここに連れてきたのは、あなたに魔法がどういうものなのかを知ってもらうため……
あなたは一般人だけれど、魔法に関わることを決めた……
だから、あなた自身の身を守るためにも……
魔法について私ができるだけ教えるわ……
そこで一度口を閉じ、紅茶を口に含むカレンからは、先ほど感じた、威圧感にも似た空気は感じることはできなかった。
さっきのは一体……何だったんだろう……?
そんな洸汰の疑問に気付かず、カレンがいざ魔法講座を始めようとした矢先だった。
突然、世界が変わる
色を失い、モノクロの世界に切り替わる。
周りから人の気配が消え、痛いほどの静寂に包まれた世界へ。
……っ!?
これは……!
一度だけ経験した不可思議な世界の空気に、洸汰が思わず息を呑み、カレンとクロエは瞬時に思考を切り替える。
どうやら客が来たようだニャ……
まったく……
昨日の今日でこれとは……
やってくれるわ……
瞑目し、カレンが小さくつぶやいた直後だった。
ガラスを割る甲高い音が響き、部屋に誰かが侵入してきた。
見つけたぞ!
カレン・ビトレイヤ!!
ビトレイヤ?
残念ながら人違いよ
だって私はマルヴェンスだもの
いつの間にか魔法少女へと姿を変えていたカレンが冷静にツッコむと、突如部屋へ侵入してきた少年は顔を真っ赤にした。
そ……そんなことはどうでもいい!!
どうでもよくニャいと思うけどニャ……
うん……
人の名前を間違えるとか……
流石にありえないよね……
う……
うるさい!!
ともかくテメーをぶっ飛ばす!!
レネゲイドめ!!
誤魔化すように叫んだ少年は、再び窓ガラスを突き破って外へと飛び出す。
ちなみにカレンが住む部屋は、マンションの8階であり、少年が飛び出した場所にはベランダもない。
当然、洸汰もカレンも、そして使い魔のクロエさえも、少年が下へ落ちたものと思ったが、そうはならなかった。
少年はカレンたちの目の前で、ぴたりと宙に静止する。
ニャんと……!?
あいつは飛行魔法の使い手だったニャ!?
飛行魔法……
中々厄介な相手ね……
一人と一匹のセリフを聞いて、洸汰ははて、と首をかしげた。
えっ……?
なんで?
魔法使いって普通に空を飛べるイメージなんだけど……
一般の人たちがそういうイメージを持つのも仕方ないかもしれないけれど、実際は違うの……
魔法使いの中でも飛行魔法を使えるのは一部の一族だけ……
彼らにしか伝えられてない秘術なの……
だから厄介な相手なのよ……
まぁ、対策がないわけじゃないけどね
そういうと、カレンは軽く目を瞑って、洸汰には理解できない言葉をつむぎ始める。
έλα、Εκείνοι που πετούν στον ουρανό……
Παρακαλείστε να δανείζουν δύναμη……
床に魔法陣が描かれ、同時に眩く輝きだす。
そしてその魔法陣から飛び出したのは一羽の鳥だった。
白い羽を持つその鳥へ向かって、カレンは手を差し伸べる。
おいで!
主の言葉に一声鳴いて応えた鳥は、そのまま真っ直ぐに主目掛けて飛ぶ。
そしてそこからは、洸汰の想像を超えた光景が展開される。
カレンの胸の前で止まった鳥を、カレンが優しく抱きしめる。
その直後、ずぶりと鳥がカレンの胸に溶けるように吸い込まれ、彼女の足元に魔法陣が展開され、溢れた光がカレンを覆い隠す。
そうして僅かな時を置いて光が止むと、そこには洸汰の見知らぬ翼を生やした少女が立っていた。
ふぅ……
小さく息を吐き出した少女は、背中の翼を強くはためかせると、そのままふわりと空へ躍り出た。
その一連の光景を見て、口をパクパクさせていた洸汰の足元に、クロエがやってきて防御用の魔法陣を展開しながら解説してくれた。
確かに、飛行魔法を使える魔法使いは限られているニャ……
でも、カレンには関係ニャいニャ……
カレンはああやって呼び出した使い魔を自分の体に憑依させることで、その使い魔の力を使うことができるのニャ……
あの姿は、空を飛ぶ鳥の使い魔の力を借りた姿だニャ……
黒ネコの解説を聞いて開いた口が塞がらない洸汰の目の前で、翼を羽ばたかせるカレンと飛行魔法を使う少年がぶつかろうとしていた。