誰もが寝静まり、星と月の明かり、そしてわずかな街灯だけが闇に浮かぶ夜中。
そんな、俗にいう丑三つ時と呼ばれる時間に、街中を歩く人影があった。

その人影は背中にリュックサックを背負い、ゆっくりとどこかへと歩いていく。

昼間は奥様方で賑わう住宅街を抜け、昼間の活気が嘘のように静まり返った商店街を通り、生徒どころか先生も帰り不気味な雰囲気を放つ学校の前を歩いた人影が、やがて足を止めた場所。それはこの街にある神社の中でも一番大きな神社の境内だった。

さやさやと静かに境内を吹き抜ける風を堪能するように目を閉じた人影は、少しして背負ったリュックサックを地面に下ろすと、ごそごそと中身を漁り始め、蝋燭、ライター、枯れ木の棒、何かの液体が入った瓶と、次々と取り出していく。

そうしてひと通りのものを取り出した人影は、棒で地面に何かの模様を描きこむと、その中心に棒をつきたて、先端にろうそくで火を灯す。
闇の中にぼんやりと浮かび上がる明かりを頼りに瓶を丁寧に開けた人影は、その中身をそっと描かれた模様の上に垂らした。

どろり、と濃い粘性を帯びた液体が地面に落ちた直後、描かれた模様が紫色に僅かに発光し、しかし次の瞬間には何事もなかったかのように消えてしまった。

…………


それでも何かの変化を待つようにじっとしていた人影は、やがて諦めたように首を振ると、棒の火を消して取り出したものをリュックサックにしまいこむ。
そして最後に、地面に書き込んだ模様を乱暴に消すと、小さくため息をついてから立ち上がってから踵を返して神社から立ち去った。

……ここも外れ……

去り際に放たれた小さなつぶやきを、しかし放った本人以外に聞くものはいなかった。

イギリス――魔法管理協会の一室

テネス

……そうか……やはり……
ああ、分かった……
そうだ、そのまま続けてくれ……


部下からの通信を静かに切った黒い少女――テネスは、相方の白い少女――ルクスが淹れてくれたコーヒーを口に含み、大きく息を吐き出す。

ルクス

どうかしましたか?


ことり、と首をかしげるルクスに、テネスは背もたれに体重を預けながら答える。

テネス

あいつ……レネゲイドに差し向けた使い魔がやられたらしい……
いくらあの使い魔ができそこないだったとはいえ、手傷を全く負わせることもできなかったとは……
中々厄介な奴だよ……


疲れたように目頭を揉むテネス。

ルクス

そうですか……
ということは、また同じことをしても意味はないということですね……
……それならば次は……
ちょっと趣向を変えて『上』から攻めてみますか?

テネス

上から……?
……あいつを使うつもりか?


その問いに、何でもないようにこくりと頷いた白の少女を見て、黒の少女は呆れたように頬を引き攣らせた。

テネス

まったくお前は……
私よりよほど『黒』が似合うよ……

ルクス

あら……私は『白』の魔法使いですよ?
『黒』はあなたの担当です


心外とばかりに頬を膨らませた相方に、どこがだよと心の中だけでツッコむテネスだった。

洸汰に選択を迫り、使い魔を倒した夜。
一人暮らしをしている自分の家に戻ったカレンは、適当に食事を済ませたあと、床にフラスコやアルコールランプ、果ては小さな釜などの魔法使いっぽい道具を所狭しと並べていく。

クロエ

ニャにをしているニャ?

カレン

ん?
ああ、これ?
実はあの魔法薬がそろそろ切れそうだから、また作らないとって思って……

カレン

材料はまだあるけど……
一回に使う量がかなりあるからね……
燃費の悪い魔法だよね……

クロエ

仕方ニャいニャ……
カレンは、こういう魔法が苦手……と言うよりも才能がニャいニャ……
それこそ、叔母さんが匙をニャげて教えるのを諦めたくらいニャ……

クロエ

おばさんがいつも言ってたニャ……
「あの子はもっと補助系の魔法を覚えニャきゃ駄目だ」って……

カレン

えっ!?
叔母さん、クロエにそんなこと言ってたの!?

使い魔の口から飛び出た言葉に、カレンは肩を落としながらも慣れた手つきで作業を進めていく。

マンドレイクの根を刻み、乾燥したトカゲの尻尾をすりつぶして混ぜ合わせ、トリカブトの粉末と一緒にマンドレイクに混ぜる。
それらを水を張った釜に放り込み、ドラゴンの涙を垂らしてから、アルコールランプに火をつけて温めていく。

そうしてしばらく煮込んでいくと、なんとも言えない異臭が部屋の中に広がり始め、やがて「ぽふっ」という軽い音と共に、釜の中の液体が粘度を増して紫色に変わった。

中の液体が冷えるのを待ってから慎重に空き瓶に移し、しっかりとふたを閉める。

カレン

できた……

ほうっと息をつきながら、できた薬を光にすかして出来栄えを確かめたカレンは、その瓶を机の引き出しにそっと仕舞い、道具を片付ける。

クロエ

そういえばカレン……
あいつのことはどうするつもりニャ?

片付けの手を動かしながらも、「あいつ?」と首を傾げるカレン。

クロエ

ほら、記憶を消すって言ってたあの小増のことニャ……

カレン

ああ……あの子か……
小増って……一応私と同い年だよ?

クロエ

ニャ~からすれば、カレンもあの小増もまだまだ子供だニャ……
それはともかくどうするつもりニャ?
わざわざ選択肢を与えて……
あいつがこちらに関わるって決めたニャら、カレンは本当にあいつの記憶を消さずにいるつもりニャ?

カレン

うん……そうだね……
私としてはこちらに関わってほしくないよ?
協会にバレたら面倒なことにもなるし……
だけど、一人くらい協力者がいてくれたら助かるのも事実なの……

カレン

だから私は彼に選択肢を与えた……
彼が私の戦闘を見て……それでもこっちに関わるって言うのなら、彼を協力者にしようと思ってる……
それだけの覚悟はできてるはずだから……

かちゃり、と魔法薬作りに使った道具をしまい終え、引き出しを閉めながらそういったカレンは、話はそれでお終い、と手を叩き、使い魔を振り返った。

カレン

さて、やることもやったし……
クロエ、一緒にお風呂入ろ!

クロエ

にゃっ!?
嫌ニャ!!

着替えと嫌がる使い魔を引っさげて、カレンは一日の疲れを流すべく、風呂場へと向かった。

その翌日。
昼休みにこっそりとカレンに呼び出された洸汰は、緊張した面持ちで、屋上へのドアを開け放ち、先に待ち構えていた少女の下へと歩み寄る。

カレン

どう?
一晩考えてどうするか決めた?

カレンの言葉に洸汰はゆっくりと頷き、口を開く。

洸汰

僕は……やっぱり記憶を消されたくない……
せっかくこうして君と仲良くなれたし……
それに君もその力を理解してくれる人が必要だろ?
僕でよかったら協力させて欲しい……
そりゃ……昨日とか再開発地区のときみたいなことになるのは怖いけど……
それよりも、君が一人でああいうのと戦って苦しむよりは、話だけでも聞ける人間が必要だと思うから……

カレン

…………………
そう……
分かったわ……

カレン

それじゃ、これからよろしくね?

ふわり、と微笑みながら言うカレンをみて、洸汰は照れたように頬を赤くしながら頷いた。

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