霊深度

-9の、

あんのーん??

CridAgeT

********

ユウコウ?

********

……つまり、幽霊的存在との過度な接触や、あれらに深く精神的に関わる記憶を得ることは、霊深度の増加につながる。特に、あれらとの戦闘は極力避けることだ。一回攻撃を受けるたびにその二倍精神が傷つくと思え。無暗な霊深度の増加は、お前たちには弱さにしかならない。専門家でも霊深度が大きくなりすぎると除霊に差し障りが出ることもある。お前たちの役目は、盾になることではない。自分の身と心は大事にすることだ。

……鐘が鳴ったな。今回はここまで

私は一切使わなかったチョークを黒板の溝に投げ置いたまま、すぐに部屋を出た。

10人程度の『生徒』たちには追ってくる様子はない。質問は今日もなかった。

質問する点がないのか、それとも意欲の問題なのか

それは私には分からない。


副業、とでもいうのだろうか。2週に一回程度、霊担当になる調査員や警官に話をするようになって随分経った。
大した給与ではないが、他にできる人が居ないという。……居ないのも当たり前か。仕方ない。

敵を知らずに敵陣へ突っ込ませるようなことは、させられない

地味な裏口から、表を確認してそっと出る。

もう外は暗い。


耳を澄ませば、夏になりかけの虫の音が聞き逃しそうなほどわずかに聞こえる。空をちらりと見やれば、白鳥の欠片の星が目についた。

……もうこんな季節か

歩みだす。



とても心地の良い夜だった。



できれば、何に心を惑わされることなく、乱されることなくただその心地良さを身に受けながらただただ帰りたかった。

チッ……

私は小さく舌打ちをすると目の前を見据えた。

10……18……25……いや、40はいると見た方がいいか

いくら向こうは気配を隠していようとも、心が削がれる。

ふと、闇を走る音が聞こえたかと思えば、矢のような一撃が迫っていた。

露断ちの黒百合

ナイフの石刃は悪霊の欠片を受け止め、欠片すら残さずに砕いた。

……はっ

私はナイフを逆手に握りかえた。

本当にお前たちは、随分と耳聡いようだな?

どこから情報が漏れたものか、誰が情報を漏らしたのか。

……今考えても仕方ないな

考えたところで、カゲツがいない現状には変わりがない。

今使えそうなのは……粉くらいか

装備は普段に比べれば不十分だが、勝負にならないこともない。

誰からでも掛かって来い。それとも、一斉に包囲する戦法が好みか?


周囲を取り巻くように、黒い影が輪になる。


小さく、虫のように数多く群れているものから、私の体長の3倍はあろうかという円柱のようなものまで様々だ。

どれも同じような質感。
各々の意思は保ちながらも、ほとんど悪霊の融合体に近いものなのだろう。

軍隊のような……そこまで各々の動きに特異性はなさそうだな

おそらくは、どんな特徴を駆使しようとも、攻撃方法は『標的に攻撃をピンポイントで当てる』ものに限られるはず。


少し注意しなければならないのは、大きく飛び攻撃を持たなさそうなあの個体と、数体あちこちに潜んでいるらしい液状の数体か。
あれらは直接向かってくるかもしれない

とはいえ、粉や霧状の相手がいないだけマシか……

腕、脚、頭、何とも形容できない器官、槍のような、針のような、骨のような形が、一斉に全方位から飛んだ。

最初に届くのは矢と針か

止めることもできるが、その必要はないだろう。

私はそれを、避ける。

……私の心得の問題ではない、多少速く動ければ、こんな攻撃あっさりと躱せるだろう。

そもそも数撃てば当たる、程度の甘い認識でなければ、こんな雑多で適当な布陣にはしないだろう。

次に……骨、脚か

これは少々数が多い。

私は第一撃をナイフの峰で反らした。

悪霊の幽体といえど、素手での受け流しが通用しない、せいぜいその程度のことだ。

そして、すぐに地を蹴った。

霊体になっても生前の癖というのは消えないものだな。この中に当時心得があった奴は何人居た? 蹴りが低いぞ

骨も、それがかつて人体であった場所から突き出される以上、大した高さにはならない。

私はそのまま、
空振りした一匹の脚を
強く踏みつけて着地した。



幽体が骨まで砕ける感触が
伝わってくる。

攻撃中の心を逸れた私は、さらにひと跳びして距離を取り、ナイフを横一文字に振るった。

反応の遅れた近くの数体を、切り裂く。

ここまでの間、わずか何秒? そんなことには興味がない。

撒くか? 浄化しつくすか?

そのとき、小さな音が鳴った。

っ! ……鈴

最近いつも懐に入れていた、小さな依代。
その先に結び付けられていた小鈴が、音を立てた。


この鈴は、身代わりとして効果を発揮するときにようやく鳴り出すのだ。
それが、今、鳴り出した。

逃げればこの音が印になってしまう……といって、この代は

これの動力源は、私自身だ。
体力、精神力、五感や霊感までもが発動のために消費される。

それは、実力を十分に発揮できないというのに等しかった。

まあ、別に良い。『専門家』の仕事は、本来こういう奴らの相手をすることじゃない

ここまで相手に退かせなかっただけで、重畳というものだ。

考えをめぐらすわずかな間に、大型の悪霊に後ろへ回り込まれていた。想定していたよりもはるかに、速い。
振り返ろうとしたとたん、目の端に移ったのは、前方から這ってくるゼリー状の影だった。

手近の敵を相手していれば、この前後の二体には全く手も足も回らない。

とはいえ、間に合うかどうか

私は、間に合わないことも覚悟の上で呟いた。

間に合うさ

大型の悪霊が、その一番上から下まで、真っ二つにされて崩れ落ちた。

……早かったな

それは神たる僕に対する嫌味かい?

いや

まったく君は、生死のかかった事柄にすらそこまで動じないとはね。君の血に流れるものを見てみたいものだ

ふわりと背後に降り立つその姿は、やはり私には白猫の姿として見えるのだった。

一応ヒトガタではあるのだけれどね。君にはまあ、作り物の姿などは通用しないか

その位置は、ちょうど私の背後で。
私に背を預けるように、立った。

借りは無いが、君に危害が及ぶと少々寝覚めが悪いものでね。荒っぽい浄化をさせてもらうよ

白猫の爪は、体を丸めて奇妙な技を繰り出す影の足を、切り裂いた。

その腕は決して長くはないが、衝撃は遠くまで通り、数体分の綺麗な輪切りが周囲に飛び散る。その大半は神体に触れたことに耐え切れず、消えていった。

その感情に、なんと名がつくか知っているか?

私はナイフの刃を翻して、散ってきた影の破片をはたき落とした。
そのまま、地を這う虫のような塊の急所を叩きつけ、貫く。

空いた手を強く引けば、柄と指先とを糸でつながれたナイフは手元に戻ってきた。

ああ、幸い同居人がそういう物言いをするものでね

よく知っているよ。

言いながら白猫は飛び上がると、足の爪までもをむき出しにした。柔軟な猫の胴と四肢は、上空から地べたまで広く空気を切り裂く。重力のせいか、先ほどよりも力強かった。

そのまま地に伏せていた影に噛み付き、首とも見える形を食い千切る。頭は、白猫に銜えられるや否や浄化されて消えていった。

話が早い

私は折りたたまれた小さな薬包紙を鞄から取り出した。固形の悪霊を逆腕のナイフで割き払いながら、反対方向にスナップを利かせて利き手で薬包紙を開き、中身を撒く。

細かな粉が風に乗っていちめんに広がった。それは爪でも刃物でも切り裂けないゲル状の悪霊溜まりの表面に貼りつき、表面を覆いつくし、溶け込むようにして中に入り込む。
白猫がその上に降り立てば、先ほどまで液状だったそれらはその衝撃で全体が細かくひび割れ、再生不能なほどの細かさに風化していった。

……だいたいこんなものかな?

ああ


私はナイフの刃を綺麗にぬぐった。

ふむ。では、あとはあれだけかな

空間がわずかにゆがむ。ゆらめいて、なにか異質なものの存在をはっきりと感じさせる。
光が散るような、舞うようなその空間は、決して美しいものではなかった。

そこから、ゆらりと黒い影が立ち上る。単純に理解できる構造ではなかったが、対話はできそうだった。

……お前は誰だ

見知らぬ人。それ以上のことは不要だろう?


白猫は返事を待たずに爪と牙を振るった。

おい

む……

……分かったよ。こいつからは聞き出さなければいけないことがあるのだな?
……仕方ない、とどめは刺さないよ

霊深度- 9の  「UnKnOWn」

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