あまりに朗らかで楽しそうに笑うので、ついさっきまで考えていたことが飛んでしまった。
ぶるぶると頭を振り、サニーは我を取り戻す。
学園長っ!
こんにちは。この辺りは日当たりがよくていいわね
あ……そーですね、もう夕方なのにまだポカポカしてて気持ちよくて
ふふ。じゃあ私もここをベッドにしてみようかしら?
よ、汚れると思うけど
あなたはいいの?
アタシは別に。『いつもどたばた走り回ってて身だしなみも適当』らしいから。レイリーいわく
そうなの。ふふふっ
あまりに朗らかで楽しそうに笑うので、ついさっきまで考えていたことが飛んでしまった。
ぶるぶると頭を振り、サニーは我を取り戻す。
って、そーじゃなくて!
どうして学園長がここに!?
っていうかアタシ学園長に聞きたいことがあって――
あらあら、元気がよくていいわね。
その質問に答えてもいいのだけれど、先に一つだけ訊いてもいいかしら?
……へ? アタシに?
ええ
別に……いい、ですけど
ありがとう。
――サニー・ウィッチ。あなたはずいぶん魔法書に興味を持っているようね。
ただの好奇心だけではないように私には見えるけれど?
好奇心……もあるけど、アタシは……
理由が、あるのよね?
その笑顔が、あっという間に答えを引き出していく。
キルケーの尋ね方は優しく明瞭で、抗う余地がない。
……はい。会いたい人がいるんです
会いたい人?
正確には、会いたい『悪魔』かな?
一度会っただけで、名前も知らないんだけど……どうしても、会いたくて
キルケーは黙って頷く。
促されてサニーも、誰にも話したことのない思い出話をする。
アタシが小さい頃……学校にもまだ通ってなかった頃、悪魔に助けられたことがあるんです。
だいぶ昔だからちゃんと覚えてないんだけど、すごく綺麗な人だったってことは確かで
悪魔に助けられた?
はい。アタシの家は田舎にあるごくフツーの家だったんですけど、その日だけはフツーじゃなくて。
雲が黒くなってぐるぐる蜷局(とぐろ)を巻き、街のあちこちから悲鳴が聞こえた。
怖い悪魔が街を襲いに来たってその時は思いました。
本当のところはどうだったのか、わからないけど……アタシ以外の人は誰も覚えてないみたいだから
覚えてない――
次の日になったら家族も街の人も、みんなそのことを忘れてたんです。
まるでアタシ一人が見ていた夢だったみたいに。
でもあれは……あの美しい悪魔は、絶対に夢なんかじゃない
サニーはぎゅっと拳を握り、改めて記憶の糸を手繰る。
あの時見た横顔。呪文を唱えた唇。
アタシの頭をなでてくれた……手
たくさんの悪魔に襲われそうになったアタシを、その美しい悪魔は助けてくれた。
そしてまるで物語のヒーローみたいに街を救って魔界へ帰っていったんだ。
それが最高に格好良くて、ずっと忘れられなくて。
……あの悪魔は、アタシの恩人なんです
その恩人に会いたくて、悪魔を喚び出すための魔法書を探している。
そういうことかしら?
そうです。名前も何も知らないから、とにかく片っ端から試すしかないし。
顔さえ見ればその人だってきっとわかるから、物は試しだと思って
大胆な考え方ね。悪く言えば無鉄砲となってしまうけれど
そうだけど……。
きっとみんなそう思うだろうし、誰にも言ってないんだ
なるほどね。
……その悪魔に会ってどうするつもりなの?
どうって……あの時ちゃんとお礼を言えなかったから、お礼を言いたいかな。
でもなんていうか、それよりも――確かめたいんだ、あれが夢じゃなかったってことを。
あんなに綺麗で格好いい悪魔もいるんだってこと、会って確信したい。
そのためにアタシは魔女見習いになったし、落ちこぼれとか言われながらも頑張ってきたんだと思う
……そう……。
それじゃ、あきらめられないわね
…………。
信じてくれるんですか、アタシの言ってること
信じるわ。あなたの言葉と、あなたの信念を
その言葉を言い切るなり、キルケーはふわりと右手で空に円を描く。
するとどこからか古めかしい書物が現れ、キルケーの膝に落ちた。
これはあなたに貸しておくわね
……え?
そして彼女の膝からサニーの手へと渡されたのは、魔法書だった。タイトルは掠れていて読めない。
ページを捲ると『魔界』や『悪魔』といった文字が目に飛び込んでくる。
それで、話は戻るけど。あなたの訊きたいことって?
あ……えーと、なんだっけ……
ふふ。もう本のほうに夢中ね? それならそれでいいのだけれど
だ、だって。この本、いったい――
またね、という声が聞こえたか否か。
気が付けば中庭にキルケーの姿はなかった。
あれ……
取り残されたサニーと正体不明の魔法書。
けれどサニーの視線はキルケーを追うでもなく、すぐに本のほうへ戻る。
この本が、手がかりになる……
そんな気がしてならなかったから。