サニー

学園長っ!

キルケー

こんにちは。この辺りは日当たりがよくていいわね

サニー

あ……そーですね、もう夕方なのにまだポカポカしてて気持ちよくて

キルケー

ふふ。じゃあ私もここをベッドにしてみようかしら?

サニー

よ、汚れると思うけど

キルケー

あなたはいいの?

サニー

アタシは別に。『いつもどたばた走り回ってて身だしなみも適当』らしいから。レイリーいわく

キルケー

そうなの。ふふふっ

あまりに朗らかで楽しそうに笑うので、ついさっきまで考えていたことが飛んでしまった。

ぶるぶると頭を振り、サニーは我を取り戻す。

サニー

って、そーじゃなくて! 
どうして学園長がここに!?

っていうかアタシ学園長に聞きたいことがあって――

キルケー

あらあら、元気がよくていいわね。
 その質問に答えてもいいのだけれど、先に一つだけ訊いてもいいかしら?

サニー

……へ? アタシに?

キルケー

ええ

サニー

別に……いい、ですけど

キルケー

ありがとう。
 ――サニー・ウィッチ。あなたはずいぶん魔法書に興味を持っているようね。
 ただの好奇心だけではないように私には見えるけれど?

サニー

好奇心……もあるけど、アタシは……

キルケー

理由が、あるのよね?

その笑顔が、あっという間に答えを引き出していく。

キルケーの尋ね方は優しく明瞭で、抗う余地がない。

サニー

……はい。会いたい人がいるんです

キルケー

会いたい人?

サニー

正確には、会いたい『悪魔』かな?
一度会っただけで、名前も知らないんだけど……どうしても、会いたくて

キルケーは黙って頷く。

促されてサニーも、誰にも話したことのない思い出話をする。

サニー

アタシが小さい頃……学校にもまだ通ってなかった頃、悪魔に助けられたことがあるんです。

だいぶ昔だからちゃんと覚えてないんだけど、すごく綺麗な人だったってことは確かで

キルケー

悪魔に助けられた?

サニー

はい。アタシの家は田舎にあるごくフツーの家だったんですけど、その日だけはフツーじゃなくて。

雲が黒くなってぐるぐる蜷局(とぐろ)を巻き、街のあちこちから悲鳴が聞こえた。
怖い悪魔が街を襲いに来たってその時は思いました。

サニー

本当のところはどうだったのか、わからないけど……アタシ以外の人は誰も覚えてないみたいだから

キルケー

覚えてない――

サニー

次の日になったら家族も街の人も、みんなそのことを忘れてたんです。
 まるでアタシ一人が見ていた夢だったみたいに。
 でもあれは……あの美しい悪魔は、絶対に夢なんかじゃない

サニーはぎゅっと拳を握り、改めて記憶の糸を手繰る。

あの時見た横顔。呪文を唱えた唇。

サニー

アタシの頭をなでてくれた……手

サニー

たくさんの悪魔に襲われそうになったアタシを、その美しい悪魔は助けてくれた。

そしてまるで物語のヒーローみたいに街を救って魔界へ帰っていったんだ。
それが最高に格好良くて、ずっと忘れられなくて。

……あの悪魔は、アタシの恩人なんです

キルケー

その恩人に会いたくて、悪魔を喚び出すための魔法書を探している。

そういうことかしら?

サニー

そうです。名前も何も知らないから、とにかく片っ端から試すしかないし。

顔さえ見ればその人だってきっとわかるから、物は試しだと思って

キルケー

大胆な考え方ね。悪く言えば無鉄砲となってしまうけれど

サニー

そうだけど……。
きっとみんなそう思うだろうし、誰にも言ってないんだ

キルケー

なるほどね。
 ……その悪魔に会ってどうするつもりなの?

サニー

どうって……あの時ちゃんとお礼を言えなかったから、お礼を言いたいかな。
でもなんていうか、それよりも――確かめたいんだ、あれが夢じゃなかったってことを。
あんなに綺麗で格好いい悪魔もいるんだってこと、会って確信したい。

そのためにアタシは魔女見習いになったし、落ちこぼれとか言われながらも頑張ってきたんだと思う

キルケー

……そう……。
 それじゃ、あきらめられないわね

サニー

…………。
信じてくれるんですか、アタシの言ってること

キルケー

信じるわ。あなたの言葉と、あなたの信念を

その言葉を言い切るなり、キルケーはふわりと右手で空に円を描く。

するとどこからか古めかしい書物が現れ、キルケーの膝に落ちた。

キルケー

これはあなたに貸しておくわね

サニー

……え?

そして彼女の膝からサニーの手へと渡されたのは、魔法書だった。タイトルは掠れていて読めない。

ページを捲ると『魔界』や『悪魔』といった文字が目に飛び込んでくる。

キルケー

それで、話は戻るけど。あなたの訊きたいことって?

サニー

あ……えーと、なんだっけ……

キルケー

ふふ。もう本のほうに夢中ね? それならそれでいいのだけれど

サニー

だ、だって。この本、いったい――

またね、という声が聞こえたか否か。

気が付けば中庭にキルケーの姿はなかった。

サニー

あれ……

取り残されたサニーと正体不明の魔法書。

けれどサニーの視線はキルケーを追うでもなく、すぐに本のほうへ戻る。

サニー

この本が、手がかりになる……

そんな気がしてならなかったから。

11-2│あきらめたくない【6/8更新】

facebook twitter
pagetop