クネート・グミ孤児院は、クリエとアスターが育った場所である。

立地は、お世辞にもいいとは言い難く、貧困街の入り口で、ある意味もっとも捨て子が多い場所に位置しているため、子供の数は日に日に増えていった。


しかも、孤児院で働いてるのが元神父であるホルテンジーのみであるため、狭い孤児院の中はいつも喧騒に響き渡っていた。



貧困街の中にしては、比較的安定して食べ物を食べることができたので、それ故にここに子供を捨てる人が多かったのかもしれない。

ホルテンジー

それじゃあ、みんないい子にしてるんだよ

夜になると、ホルテンジーは服を着替えてどこかに出かけて行った。

帰ってくるのは朝方になるため、その間は年長の子が小さい娘や入ったばかりの子が寝るように見るのが約束事になっている。


クリエや他の子供達も、きっと神父は息抜きに出かけたんだと思っていた。

普段は自分たちの面倒をみてくれるから、神父が出かけている間は孤児院の面倒をみよう。

そう、みんなが思っていた。

ホルテンジー

おや?誰だろう、こんな夜中に

ある夜中、孤児院のドアをノックする音が響いた。

偶然トイレに行きたくて起きていたクリエは、こっそりと玄関の方に足を忍ばせる。

そこにいたのは――――

ナルシス・エーデルシュタイン

失礼する

ホルテンジー

おやおや、これはこれは。失礼ですが貴族の方ですかな?見ない顔ですが

ナルシス・エーデルシュタイン

このようなさびれた土地とは縁がないものでな。私はナルシス・エーデルシュタインという。階級は公爵だ

ホルテンジー

エーデルシュタイン!?

ホルテンジーの驚く声がうすく響く。
それはそうだろう。クリエだって知ってるくらいだ。

エーデルシュタイン家は、この国で最も権力を持つ貴族と言われている。

そして、権力と財力が密接に関わっているこの国のシステム上、最も多くの財産を保有しているといわれている大貴族だ。
使い方によっては、国すら買えるとまで噂されている。


さすがに、国すら買えるというのは眉唾だと思うが、要はそれだけの金を抱えているということだ。

だが、とクリエは思った。

そんな大貴族の人が、こんな孤児院に何の用だろう。

ホルテンジー

こ、こんな夜分に何かご用ですかな?申し訳ないが、これから私はでかけるところなんだが

ナルシス・エーデルシュタイン

いや、それほど手間は取らせないさ

ホルテンジー

もしかして……院の子供が公爵様に失礼なことでも致しましたか?

ナルシス・エーデルシュタイン

子供たちに何の罪もない。そうだろう?

ホルテンジー

ははっ、確かにそうですね

なんだかよく分からないけど、話は弾んでるみたいだ。

挨拶に来たのだろうか。
なんだか、貴族の人の方はそんな感じだ。


だけど、ホルテンジーの方は早くでかけたいのか、少しイライラしているようにも見えた。

ホルテンジー

それで、ここには何のご用で?

ナルシス・エーデルシュタイン

ああ。実は、貴方に話があるのだ、ホルテンジー殿

ホルテンジー

私……ですか?

何のことだろうと、ホルテンジーの声が上がる。

首をかしげているのは、こっそり聞いているクリエも同様だ。

ナルシスは傍に立っていた騎士から書類を受け取り、ホルテンジーに向かって提示する。

ホルテンジー

こ、これは…………!!

ナルシス・エーデルシュタイン

そうだ。貴様への逮捕令状だ

あっという間に空気が変わる。

それは、普段ホルテンジーが悪戯をした子供たちを叱るときに感じる空気で。
怒られていたわけでもないのに、クリエ達まで首をすくめていた。


それが、今回はホルテンジーが怒られてる。
否、怒られてるとか、そういった感じではなく、寧ろ糾弾されているようだった。

ホルテンジー

な、何かの間違いではないか?私は何もやってはいない!

ナルシス・エーデルシュタイン

しらばっくれるな。令状にも書いてあるだろう

ナルシス・エーデルシュタイン

闇賭博に関与した罪、そして20人以上の子供を売り払った罪だ!

……え?

売り払った……?

その言葉に、クリエの体から汗が噴き出る。

クリエが孤児院に来てからも、15人以上の子供が孤児院から出て行った。


といっても、里親や引き取り手を見つけたホルテンジーに連れられて出て行ってるという意味だが。

違ったのか?
里親に引き取られたのは嘘だったのか?

ホルテンジー

か、勘弁してくれ!私がいなくなったら、子供たちの世話は誰が看るというんだ!!

ナルシス・エーデルシュタイン

貴様はもう子供たちの心配をする資格はない。クネート・グミ孤児院は本日をもって解散する!

ホルテンジー

解散!?

ナルシス・エーデルシュタイン

連れていけ!!

ホルテンジー

放してくれ!これは冤罪だ!!

ぐずぐずするな!さっさと歩け!!

騎士達に荒々しく連行されてしまうホルテンジー。
自分は無実だと叫ぶ声と、それを押さえつける怒鳴り声。
まだ小さいクリエには怖すぎた。

ホルテンジー神父がいなくなったら、自分たちはどうなるのだろう。
ここより暗くて怖い人たちの孤児院に移るのだろうか。
それとも、野放しにされて露頭をさ迷うことになるのか。
どれも、クリエには耐えられない。

ここには、初めて会えた「家族」がいるのだ。
彼と離れ離れなんて、絶対に耐えられない。


ナルシス様、ホルテンジーを今より牢に連れていきます

ナルシス・エーデルシュタイン

うむ。よろしく頼む

それから、奥様にはなんとご報告致しましょうか

ご無礼ながら、此度のホルテンジーの逮捕は我々が正規の手続きを経て行うはずだったものです。大貴族であるナルシス様の命ゆえに動きましたが、これだけの騒動を上層部は看過せぬかと……

ナルシス・エーデルシュタイン

些末事に気を使うな。責任は私が取ろう

しかし、子供達のこれからはいかがいたしますか?

ナルシス・エーデルシュタイン

勿論、我がエーデルシュタイン家が責任をもって富裕街の保育院に移すさ

ここの子供たちを全員ですか?50人以上はいるんですよ!?

ナルシス・エーデルシュタイン

関係ない。こんな時に使えなければ、何のための財力だというのだ

ナルシス・エーデルシュタイン

後世に何と言われようと構わん。エーデルシュタイン家の家風など知ったことではない。飢えた子供たちが死んでいく様を指をくわえて眺めるくらいなら、金などいくらでも燃やしてくれる!

……あまり敵を作らない方がいいと思いますが

ナルシス・エーデルシュタイン

構わないさ。元々金の探り合いにはあまり興味がないんだ

…………

なんだろう……
悪い人ではないのかな。

富裕街?っていうところに連れて行ってくれるみたいだし、彼と離れ離れにならなくてもいいかも……。


そう考えると、クリエの警戒心は削がれてしまった。

……あっ

ナルシス・エーデルシュタイン

…………君は

近くで見たら、あまり怖い感じは受けなかった。
綺麗な服や装飾品で身を包んだ姿は、まるで絵本の王様のようだし、鋭い視線は犯人を追い詰める探偵のようだ。


この人が「貴族」なんだと、クリエはぼんやりと思った。

ナルシス・エーデルシュタイン

…………君の、君たちのことは、私が責任をもって守ろう

これが、クリエとナルシス・エーデルシュタインの出逢いだった。

7ct  クネート・グミの解散

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