34│途切れた返事

おはよう、晴華!

川越 晴華

おはよーまいまい!

猫見のことは、もちろん誰にも話すことはできない。


舞にも相談することはできないから、いつも通り明るく元気に! 

と、思っていたのだけれど。

にゃん

クロニャ

元気が無さそうって、晴華にゃん、ばれてますにゃあ

川越 晴華

……私って自分が思っている以上に顔に出やすいのかな

今日も元気がいいねえ

にこりと笑って、舞は席につく。

何か聞かれるかなと思ったけれど、特に何も言われなくて、少しだけ驚いた。

にゃあ、にゃんにゃん

クロニャ

でも、ふれにゃいでおこうって。

空元気にゃときは、何か言いにくいことがあったときだから、って

私は、はっとする。舞の、気がついていないふり、という優しさを知って、なんだか泣きそうになる。


優しさの形は、たくさんある。


先輩が私に秘密にしていたのも、優しさの現れかもしれないのに。

川越 晴華

……元気だけが、とりえだからね!

舞の優しさに甘えて、私は元気なふりをする。


頭の中で、ぐるぐると考える。

先輩は、私のことをかわいそうだなんて思ってないよ、信じたら? という声と、信じると傷つくよ、という声が、同時にわんわんと鳴っている。

信じてた、信じてた、信じてたのに、いなくなったーーお母さんと、お父さん。


目をぎゅっとつむる。
考えすぎて、頭がどうにかなってしまいそうだった。

川越 晴華

教室を移動している途中で、先輩が遠くに見えた。色素の薄い髪の色は、人混みの中でもよく目立つ。


こんな日に限って……。


目をそらさなきゃ。そう思った瞬間に、先輩の視線がこちらに動く。私は、目をそらすことができなかった。ーー話をしたい。そんな想いが、胸の中に渦巻く。


先輩が、目を見開いた。

川越 晴華

………………

数秒見つめあったあと、私は視線をそらしてしまう。


何も、言えない。

クロニャ

にゃあ……

クロニャが、寂しそうに耳元でなく。




先輩と、すれ違う。

先輩と廊下ですれ違ったのを最後に、姿を見かけないまま、土曜日を迎えてしまった。

何もする気が起きず、食事をして、気をまぎらわせようといろいろしてみて、失敗して、結局はぐるぐる考えながら、ベッドに横になって天井を見上げる。


そのまま土曜日が終わって、日曜日も同じことの繰り返し。




ごろごろ、ぐるぐる、ぐるぐる、ごろごろ。

そして、ためいき。




夕方になって、にゃあ! とクロニャが我慢の限界がきたとでも言いたげな叫び声をあげた。

クロニャ

もう、だめですにゃあ! 

ぐじぐじ晴華にゃん!

ぐじぐじ晴華、その通りだ。
クロニャは、大きな目で私をキン、と睨みつける。

クロニャ

ただ晴華にゃんが意地になってるだけですにゃあ

川越 晴華

……私もそう思えてきた

ベッドの上で、クロニャが大袈裟にためいきをつく。

クロニャ

先輩がかわいそうですにゃーあ

川越 晴華

……話、しなきゃだよね。

先輩、怒ってるかな……

クロニャ

怒ってたら謝るんですにゃ。
ごめんなさい、です、にゃー! 

ぐにぐにぐにぐに、晴華にゃんらしくもにゃいですにゃあ!

珍しく怒っているクロニャに、私はそっと手を伸ばす。

川越 晴華

ごめんねクロニャ。レインと会えなくなっちゃって

クロニャ

……寂しいですにゃあ

あら、素直。クロニャの耳がしゅん、と垂れる。

クロニャ

晴華にゃんも、きっとわたしと同じ気持ちにゃんだと思いますにゃあ。

寂しくて、会いたくて。

この前、廊下ですれ違ったときも、嬉しかったんじゃにゃいですか?

クロニャ

でも……怒る気持ちも、信じるのが怖くなる気持ちも、わたしは同時にわかるんですにゃあ

フラッシュバックする、置き手紙。
一人の家。
泣いている私の声が、どこか遠くに聞こえた日。




信じなければ、あんなに傷つくことはなかったのに。
それでも。

川越 晴華

……わかってきたの、たくさん考えて

ベッドに横になったまま、私はクロニャをぎゅっと抱きしめる。

川越 晴華

最初は、先輩にかわいそうだと思って近寄られたんじゃないかってことに、私は腹がたったの。

次に、それを隠していたこともショックだった。

隠していたってことは、引け目があったんじゃないかなって

川越 晴華

でも、先輩は、そうじゃないって言ってた。

……あとは、私が先輩を信じれば、いいんだよね

大丈夫、大丈夫、大丈夫ーー自分に言い聞かせて、でも、怖くて。

先輩が嘘をついていたら? 
先輩が無意識に私をかわいそうだと思っていたら?

川越 晴華

……疑い始めたらきりがないことも、わかってる。わかってるの

クロニャ

そうですにゃあ

川越 晴華

うん、だから、疑うんじゃなくて、信じないと……進めないよね

結局、私は怖いのだ。信じることは、怖いことだ。


怒りの中に隠れていたのは、これ以上ない、恐怖の気持ちだった。

それを隠すために、私は怒鳴って、叫んで、逃げている。

川越 晴華

これじゃだめだ。いつまでたっても

私はベッドから跳ね起きて、携帯を握りしめる。
先輩に、電話をする。

川越 晴華

……うう、出ない

私が出なかったときの先輩の気持ちがわかる。
先輩は、それでも、三回もかけてくれた。

私も、と思って、電話をかけなおす。


二回、三回……かけなおしても、先輩は出なかった。

川越 晴華

出られないのかもしれないし……

めげない。私は、にゃいんでメッセージを送った。

晴華

先輩、長いこと連絡しなくてごめんなさい

晴華

勝手に怒ってごめんなさい。いろいろ考えて、私が先輩のことを信じていないのが悪いって、思いました

晴華

自分勝手で本当にごめんなさい。明日、時間もらえますか

返事は、なかなか来なかった。
日が沈んで、夜になっても。

川越 晴華

……明日の朝、返事が来てるといいな

クロニャ

にゃあ。先輩も悩んでいるんですにゃあ

そう言ってクロニャはなぐさめてくれたけれど、次の日の朝になっても、返信は来なかった。


どうやら、読んでもいないようで、私はただ、ショックを受けた。


先輩は、怒っているのだろうか。

あきれている? それとももう、私のことをーー。

川越 晴華

だめだめ、勝手に決めつけたら

相手の気持ちを、推測ばかりするのは、もうやめだ。

昼休み、私は勇気を振り絞って先輩の教室に向かった。


外から、教室の中をちらちらと覗き見る。先輩は見つからない。もしかして、教室にいないのだろうか。

というか、先輩はいつもどこでお昼ご飯を食べているんだろう?

川越 晴華

そんなことも知らないんだなあ、私……

食堂を探してみようかな、と踵を返そうとしたところで、誰かお探し? と声をかけられた。


扉の近くにいた女性の先輩が、ひらひらと手をふっている。

川越 晴華

あの、光……雨音光先輩を探しているんですが

女性の先輩は、光君? と目を見開いた。
そして、さらっと言った。






光君、今日は休みだよ。

川越 晴華

……出ない

何度電話しても、先輩は電話に出なかった。

川越 晴華

どうしたんだろう……にゃいんも見ていないみたいだし

クロニャ

心配ですにゃあ

机に向かってどうしよう、とうなっている私の膝に、クロニャがちょこんと乗っかった。

クロニャ

晴華にゃん。わたしがレインに訊いてみましょうか?

川越 晴華

できる?

クロニャ

うまくいくかわかりませんが……テレパシー、ですにゃあ

川越 晴華

……お願い、クロニャ

にゃあ、とクロニャは嬉しそうにないて、目をぎゅっとつむった。






数分して、クロニャは突然目を開けた。

クロニャ

切れた……晴華にゃん

クロニャが、首を何度も横にふる。

川越 晴華

どうしたの、レイン

クロニャ

……レインの声はほぼ聞こえませんでしたにゃ。

わたしがうまくできにゃいんじゃにゃくて、相手がうまくできにゃいみたいでした

川越 晴華

……どういうこと?

クロニャ

わたしが能力を使いすぎると晴華にゃんが倒れる、そういうふうに連動していることは、お話しましたよね

クロニャ

裏を返せば、レインが力を使えないということは

私の胃の奥が、きゅっと締めつけられたように痛んだ。

川越 晴華

まさか

クロニャは、重々しくうなずいた。

クロニャ

先輩に、にゃにかあった可能性がありますにゃあ

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