『母さんに会いたい』
さっきペガサスにいたんだけど、あの曲何ていうヤツ?
おお、珍しいね音楽ネタに食いつくなんて。
梅本孝太の『愛のぽんぽこマーチ』っていう曲なんだ。
あれには割とエピソードがあってね。
ガキの頃に会った事あるんだよ、本人に。
全国巡業中で浅草のレコード屋で歌って、ウチの旅館に泊まったらそのまま過労が祟って肺炎でその晩のうちに死んじまった。
『母さんに会いたい』
って何度も言いながら息を引き取ったそうだ。
聞くとどうやら捨て子で身寄りもなかったようだったから親父が情で口聞いてそこの不動尊に入れてやってさ
そこの水子不動尊にか?
そうそう。
だから有名な子宝抜きの都市伝説あるだろ?あれ何を隠そう元ネタは俺だからね。
少しでも母親を後悔させてやるために町中に言いふらしてやったのさ
ええ!…う…そ
ウハハハハ!
何そのリアクション?
なんか今日の小暮選手は初々しいなあ。
まあ俺も家庭運無い人間だからさ。世の中の勘違い女どもに釘させたらなあって。ついでに梅本君捨てた母親もビビらせたかったんだけど、浅草界隈止まりのムーブメントで終わっちゃったけどね
都市伝説としては充分に広まっているとは思うがね。
さすが筋金入りのホラ吹きだな
ウハハハハ!とりあえずまあ今夜ウチのハコでアレ流すつもりだから久々に遊びに来てよ
菅原は自身が経営する長期ステイ用外国人向けのゲストハウスのオーナー業もしている。
その建物の地下がクラブハウスになっていて自身がDJをして不定期でクラブイベントを開催しているのだった。
気が向いたら行くかな
それってデートをやんわり断る女のセリフと同じニュアンス?ほんとガード固いんだよなあウハハハハ
菅原はそのまま高笑いをしながら去って行った。
それから小暮は人生で初めてロック座で1時間30分に及ぶストリップ劇場を鑑賞した。
初めにイメージしていたお立ち台で単なる一枚一枚衣服を脱いで最後に股を開くような見世物だけでなく、
カラフルな照明に照らされてラインダンスやマジックショーなどが展開される、
いわゆるレビューといったショーの構成に小暮は感心した。中々面白い体験ではあった。
がしかし、
そこに肝心の女の姿は無かった。
ショーが終わって受付のポスターや香盤表にもう一度女を探していると、
スケベそうな顔で前歯が死んでる初老の店員が話しかけてくる。
良かったら余ってるポスター差し上げますよ?どうせ捨てちゃうから。まあ上手く使ってやって下さいよ。エコよエコ!うひひ
いえ、結構です。ちょっと知り合いが出演するって聞いて来てみたんですけどいなかったのでちょっと確認していただけで
ひょっとしてコレ?と小指を突き出す店員に冷たく首を横に振る小暮。
名前は?
知らないです。ちょっと話したくらいなので。ただ最近先輩が突然亡くなったり、ご自身も過去にいろいろ苦労していたようだったので。色は白くて黒髪で切れ長の目元にホクロのある…
そんな奴はここにはゴマンといるよ。そしてあんたみたいな奴もゴマンとやってくる
小暮がえっという顔をするとまたウヒヒという顔で答える店員。
AV女優、ソープ嬢、ストリッパーは日本三大悲劇のヒロインだから。みんな大体そういう設定を作ってくる。歯磨くみたいな感じで悲しい身の上話の嘘をシレッと付くんだよ、ホント薄幸の美人って人種は
店員は遠い目をして言った。
ここの踊り子たちはみんな幻だよ。舞台を降りたらみんなお化けさ。憑りつかれないうちに忘れちまったほうがいい
では、あなたはそんな幽霊たちのそばにいて平気なんですか?
ダメだろうな。ただどうにも女が好きなんだよねえ
その笑い方は小暮が不意に粧子を思い出した時に出る表情と同じような気がした。
そこにはこの舞台で数えきれないほどの女の夢と嘘を見守って来た男ならではの説得力があった。
ありがとうございました
いやいやなんの。ところでお兄さん、ポスター持って行く?
いや、結構です
❝幽霊❞
❝幻❞
❝天才少年歌手の死❞
❝むじな❞
店を降りる階段で小暮の頭の中の様々な点が線になり、
一つの仮説が立った。
推理小説気取りで小暮はとある人間にメールでいろいろな調べ物を頼むことにした。
続く