31│幸せと寂しさと

うらはらな思いを口にしてしまうまなと君と、正直すぎる気持ちを叫んでいるまなと君の猫を交互に見る。


頼ってほしい、うまく伝えられない、そして、迷惑はかけたくない。

川越 晴華

……迷惑かけてもいいと思うんだけどなあ

私のつぶやきに、まなと君はぎょっとした表情を浮かべる。

川越 晴華

あ、ついまなと君の猫の言葉に返事をしちゃった

まなと君にとっては、心を読まれたように感じたことだろう。

雨音 光

この前会ったときも、そんな話をしたよね

先輩が、まなと君ににこりと笑いかける。

先輩の助け船に感謝をしつつ、私もまなと君にうなずいてみせた。

川越 晴華

そうだよ、まなと君。うまく言えないなら、私達が間に入ってあげる

……いやなんです、最近の母が

まなと君のお母さんの顔がさっと青ざめる。

川越 晴華

そうじゃないでしょー!

雨音 光

いやって、けんかでもしたの? 

そんな感じには見えなかったけど

そうじゃないですけど……けんか、した方がいい気がします

にゃああ!

レイン

お母さんの本心がわかんないんだよー! ってさ

なるほど、見えてきた。

これは、けんかの逆、つまりは!

川越 晴華

まなと君、お母さんに大切にされすぎて困ってるんじゃない?

私の言葉に、まなと君は苦虫を噛み潰したような顔をした。

わかりづらすぎるけど、たぶんビンゴだ。

にゃん

クロニャ

ばれた、だそうですにゃあ

やっぱり! 先輩が、ちらりと私を横目で見てくる。

なんとなくだけれど、よくわかったねって言っているような気がして、嬉しい。

雨音 光

なるほど、じゃあ、お母さんとけんかしたいっていうのは、お母さんの本心を聞きたいってことかな

先輩が、まなと君の頭を優しくなでる。

雨音 光

気持ちわかるよ

え……?

雨音 光

俺も、小さいころから父親が家にいなくてね。

父がいなくなってすぐのときは、母に大切にされすぎて、少しだけひねくれてたことがある

目を伏せて、先輩は微笑む。

雨音 光

もっと頼ってくれって、思ったんだ。まなと君もじゃない?

……はい

まなと君は、目に涙を一杯ためながら、下唇をぎゅっとかんだ。

雨音 光

わかるよ。でも今は、少しだけ、母さんの気持ちもわかるんだ

……僕はわからない

雨音 光

何がわからない?

……お母さんが、大変なのかそうじゃないのかもわからない自分がいやだ。

でも、手伝いたいって言っても、まなとはいいよって、言う

雨音 光

それは、辛いよね

そう、だから……お姉さんとお兄さんに、聞いてもらおうと思ったんだ

雨音 光

……ですって、お母さん

先輩は、立ちすくんでいるまなと君のお母さんに向かって、優しく言う。

雨音 光

俺も、女手ひとつで育てられたんです。

小さいころの気持ちを思い出しました。
母に迷惑はかけたくない、それ以上に、頼ってほしい。

小さくても、子どもでも……意地はあるんです

まなと君のお母さんは、何度も何度もうなずいて、ゆっくりとまなと君に歩み寄っていく。

まなと君は、涙を必死にこらえながら、お母さんに手を伸ばす。

にゃー……

猫がなく。

レインも、クロニャも黙ってまなと君の猫を見つめている。

まなとの気持ち、すごくわかった……これからは、まなとにもっと頼るよ

本当?

本当。ごめんね、まなと

ううん、僕こそ……

ごめんね、と抱きしめあう二人を見て、幸せな気持ちになる。

心の中の気持ちが、きっとうまく言葉にならなくて、二人とも辛かったのだろう。


でも、確かなのは、二人とも互いにとても大切だと思いあっているということで、それをうまく伝えられる言葉なんて、もしかしたらこの世界にないのかもしれない。


私が、自分の両親に、自分の気持ちを伝えられないまま捨てられてしまったように、すれちがいにならなくてよかった。


私も、本当は自分の気持ちを伝えたかった。

川越 晴華

……え

えっと、先輩の、手が……私の、手を、握り……えっと。




え? 先輩、え?

雨音 光

晴華、大丈夫?

小さな声で、先輩が言う。

雨音 光

寂しそうな顔してた

川越 晴華

……あ、そうでした、か?

それはきっと私がお母さんとお父さんのことを思い出していたからだろうけれど……。


そっか表情に出ちゃってたのかあ、私ってばわかりやすいんだなあ、でもなんでそれが手をつなぐことにつながるんでしょう、先輩?

お姉さん、お兄さん!

まなと君このタイミングでふりかえるのね、満面の笑みでー!

川越 晴華

……はい、なんでしょう

……

まなと君、すっと真顔にならないでー!

……なんだ、やっぱりつきあってるんじゃないですか

川越 晴華

前はつきあってなかったの! 
この前、って、ああもう!

川越 晴華

恥ずかしすぎました、先輩……

雨音 光

あはは、ごめん、俺が悪かったよね

まなと君達とお別れして、私達は静かな裏道をゆっくりと歩いていた。少しだけ遠回りをして、先輩の家に向かっているのだ。


手は、つなぎっぱなし。


……制服のまま手をつなぐのって、何でこんなに緊張するんだろう。

どうか誰にも見られませんように。

レイン

クロニャー僕だめだー恥ずかしすぎて無理だーちょっと二人きりになろうよ

クロニャ

にゃあ!? 

恥ずかしいから二人きりになろうよって、意味不明にゃあ!

レイン

二人きりにしてあげようって言ってるの、バカだなあ

クロニャ

にゃあああ! 
じゃあそう言えばいいにゃあ!

レイン

……いや、本音を先に言ったんだよ! 
わかれよ! 照れ隠しだよ!

クロニャ

に、にゃああ?! 

にゃ、にゃ、にゃにを直球で……にゃにを!

レイン

お前が鈍感なんだろ!

クロニャ

びっくりさせるそっちが悪いにゃあ!

レイン

耐性なさすぎるだろ、お、こ、ちゃ、ま!

二人は転がるように互いを攻撃しあいながら、少しずつ私達から離れていって……どこかに行ってしまった。

雨音 光

……何だかんだ仲良しだよね

川越 晴華

本当に。あの二人を見ていると、飽きません。寂しくなる暇もないくらいです!

雨音 光

……でも、さっきは少し、寂しそうだった。大丈夫かなって思ったら、勝手に手をつないでた

先輩が、寂しそうに微笑んだ。

川越 晴華

……そう、ですね。
さっきは少しだけ、寂しかったです

私が、寂しそうにしていた理由は、もちろん両親のことを思い出していたからだ。


誰にも話したことがない、家族の思い出を、先輩に聞いてほしくなった。だから、話の方向を戻した。


聞いてほしくなった理由は、よくわからない。もしかしたら、少しだけ先輩とお母さんの話を聞くことができて、嬉しくなったからかもしれない。


いろいろ知りたいし、いろいろ話したい。きっと、そんな単純な理由だ。

川越 晴華

さっき、まなと君のお母さんを見て、よかったって思ったんです。子どもの本音を聞けてよかったって。

私、いい子ちゃんだったんですよ

うん、と先輩が静かに打つ相づちが、心地よい。

川越 晴華

でも母は、私がいい子ちゃんをしていることに気がついていたかもしれません。

すごく察しのいい人で、私が落ち込んでいるときは、どんなに隠そうとしてもばれちゃっていましたから

雨音 光

晴華の顔に出てたのかもよ

川越 晴華

あはは、そうかも! 

でも、本当に私のことをわかってくれて……まあ、最後は置いてかれちゃったのが、そう考えると不思議ですけど

ふっと笑う私の顔は、きっと寂しそうだったのだろう。


先輩が、少しだけ強く、私の手を握ってくる。

雨音 光

無理は、しないでね

川越 晴華

もちろん! ……なんだか、話したい気分なんです。暗くなりがちでごめんなさい

雨音 光

いいんだよ。晴華が話したいときに話してもらえるの、嬉しい。

それって、彼氏の特権だと思ってる

川越 晴華

………………もう、先輩!

あはは、と笑う先輩。もう、ずるい、ずるい!

川越 晴華

……嬉しい、です

嬉しい。その気持ちを言葉で伝えるだけじゃ足りなくて、私は先輩の手を握りかえす。




私は、ゆっくりと、両親のことを思い出す。

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