30│伝えたくても伝わらない

まなと君は、そう書いた手紙を家に残し、どこかに消えてしまったという。


私達のことだろうと思ったお母さんは、私達が着ていた制服の記憶を頼りに学校まで駆けてきたそうだ。

雨音 光

校舎の中にいるかもしれない

川越 晴華

探しましょう

雨音 光

お母さんは、ここで待っていてください。校舎の中からまなと君が出てくるかもしれませんから

心配そうな表情を浮かべながらこくりとうなずくお母さんにうなずきかえして、私達は校舎に戻る。

川越 晴華

いませんね……

雨音 光

そうだね……レイン

先輩が、声を落としてレインに話しかける。

レイン

え、使うの?

目を大きく開けて、わかりやすく驚くレイン。
レインにしては珍しい表情だ。


一方の先輩は、いたって冷静な表情で首を一度縦にふる。

雨音 光

校舎の中ぐらいの広さなら、大丈夫じゃないかな

レイン

うーん……まあいいけどさ、無理しないでよね

クロニャ

にゃんの話ですかにゃ?

レイン

猫の力のひとつに、人探しの能力があるんだよ

クロニャ

にゃ! じゃあ、それを使って

レイン

そう。もし校舎の中にまなと君がいれば、見つけることができる

川越 晴華

先輩、レインが無理しないでって言ってたってことは……使いすぎちゃうと

雨音 光

うん、倒れちゃう

先輩は、なんでもないように笑う。

雨音 光

大丈夫、学校みたいな狭い範囲なら、倒れることはまずないから。

頑張れば学校から駅までぐらいの距離は、探せるはずだよ

川越 晴華

本当……ですか

雨音 光

心配しないで、大丈夫

ぽん、と頭に手をおかれて、なでられる。

……突然それは、ずるい、もう! 

人が心配しているのに!

雨音 光

ありがとね

川越 晴華

……無理はしないでくださいね!

雨音 光

うん。レイン、お願い

わかった、とうなずくと、レインは先輩の肩から廊下にぴょんと飛び降りた。

そして、ぎゅっと目をつむる。

すると、レインの体が青く光りはじめてーーするん、と廊下に溶けてしまった。

クロニャ

にゃっ!?

川越 晴華

消えた!?

雨音 光

すぐに戻ってくるよ

先輩の言う通り、ものの数秒で、レインはまた姿を表した。

雨音 光

どうだった?

レイン

残念、いなかったよ

雨音 光

そう

クロニャ

……レイン、すごいですにゃあ

クロニャの正直な感想に、レインは顔をしかめる。

レイン

別に練習すれば誰でも……

クロニャ

珍しくほめたのに、素直じゃにゃいですにゃあ

レイン

うっるさ……!

はは、と先輩は笑っているけれど、大丈夫だろうか。


私の視線に気がついたのか、先輩は困ったような表情を浮かべた。

雨音 光

本当に大丈夫だよ、これくらいなら

さあ行こう、と早足で歩き出す先輩に、私はあわててついていった。

そのあと、私達は学校の近くを探し回った。


駅前、まなと君の通っている小学校、通学路……どこを探しても、まなと君は見つからなかった。


夕焼け空が、だんだんと暗くなっていく。
まなと君のお母さんは目に涙を浮かべながら、警察に、とつぶやいた。

ーー警察に、届けた方がいいのでしょうか……

どうしよう。先輩を横目で見ると、先輩はうーんと静かにうなっていた。


もしかしたら、人探しの能力を使おうとしているのかもしれない。できれば無理はしてほしくない。

川越 晴華

まなと君は、どこに向かったんだろう

考えてみる。


お父さんを駅前でずっと待っていたように、まなと君はあちこちをうろうろする性格ではないような気がする。


だとしたら、入れ違いになったのかもしれない。
探すべきは……

川越 晴華

学校か……駅前に、もう一度だけ行ってみませんか、先輩

雨音 光

うん、俺もそう思ってた

川越 晴華

まなと君のお母さん、まなと君がいる場所は、学校か、駅前のような気がするんです。

もう一度だけ、そこに行ってみませんか

……もう日も落ちてきましたし、駅と学校までかなりの時間が……もし、もし見つからなかったら……少しでも早く警察に連絡しておいた方がいいのかと……心配で、心配で……

川越 晴華

……確かに、そう、ですよね……

雨音 光

あと二分だけください

泣きそうな顔のお母さんに向かって、先輩は明るい声で言った。

雨音 光

学校に残っている友人と、駅前でバイトをしている友人に連絡してみます。

それで見つからなかったら、警察に行きましょう

レイン

駅前と学校、ピンポイントで探してみるつもりだろ

クロニャ

平気にゃんですか?!

レイン

ギリギリ平気だよ。

止めても無駄だからね、光は頑固だから

そういうこと、とでも言いたげに微笑んだ先輩は、ポケットから携帯電話を出して、私達から離れた。


電話で話しているふりをしている先輩の横で、レインがさっき見たときのように、青く光って消える。

……すみません、ご迷惑をおかけして

川越 晴華

そんな! でも、どうしたんでしょうね、急に私達に会うなんて……

わからないんです。

私も探しながら、いろいろと考えては見たんですけど……変わった様子は一切なかったんです、突然すぎて……もう

震えるお母さんの手を、私はぎゅっと握る。

川越 晴華

大丈夫です、見つかりますよ。

まなと君は、危険な場所にふらふら行ったりする子じゃないと思うんです。

だからーー

レイン

いたよ

雨音 光

駅前にいたみたいです!

先輩が、携帯をふりながら微笑んだ。

まなと君のお母さんの表情が、安堵でくしゃりと崩れる。

川越 晴華

よかった、行きましょう!

まなと!

駅前の、私達が出会った場所に、まなと君は一人で立っていた。
お母さんの声に、まなと君ははっと顔をあげる。

まなと

お母さん! それに、お姉さんとお兄さんも

まなと! もう、どうして急にいなくなるの!

レイン

どっかで見たことあるような

クロニャ

ですにゃあ

あのときも、まなと君はお母さんに抱き締められたんだっけ……と思いながら見ていた、ら。

にゃあ!

という猫の叫び声と共に、まなと君は華麗にお母さんの腕をすり抜ける!

川越 晴華

えー! どういうこと!

予想外の展開に、思わずぽかんと口を開けてしまう。

まなと

急じゃないでしょ、置き手紙、したじゃん!

まなと君はお母さんにそう叫びながら、こちらに向かって駆けてきた!

川越 晴華

は、反抗期!?

私の後ろに駆けてきたまなと君は、私を盾にするようにして、ぎろりとお母さんを睨み付けている。

川越 晴華

……どうしたの、まなと君

まなと

お二人に相談があって、探していたんです。母に聞かれたくないので

まなと……?

まなと

家にはちゃんと帰るから! 
お母さんは、先に戻っててよ!

つんけんした言い方に、お母さんは傷ついたような表情を浮かべる。それはそうだろう。

川越 晴華

まなと君、どうしたの。

お母さんにそんな言い方……

にゃんにゃん! にゃんにゃん!

まなと君の猫が、高い声で何度もないている。

怒っているのかな、と思ったら。

レイン

なんで頼ってくれないのって

クロニャ

……頼るって、どういう意味でしょうにゃあ?

頼る? どういうことだろう。

先輩を横目で見ると、先輩は小さく首をかしげた。

川越 晴華

まなと君、お母さんに何か言いたいことがあるの?

まなと

ないですよ

まなと君の顔には、言いたいことがある、と書いてあるようだった。

何か、けんかでもしたのかな、と思うけれど、お母さんはそんなこと言っていなかったし……。

にゃん

レイン

お母さんに伝えたくても

にゃにゃ!

クロニャ

伝わらにゃい! だ、そうですにゃ

まなと、どうしたの?

まなと

なんでもないよ、えっと……学校の悩みだよ! お姉さん達に聞いてほしかっただけ!

適当な嘘だというのは、お母さんにもわかっただろう。

お母さんは、困ったように微笑んで、優しく問いかける。

お母さんには……話せない?

まなと

話したくない!

にゃん!

クロニャ

これ以上、迷惑はかけられない、だそうですにゃあ

なるほど、なんだか状況がわかってきたような。
でも、どうすればいいのやら。

川越 晴華

えーっと、まなと君……

30│伝えたくても伝わらない

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