小暮が今度は女の枕元へと移動して正座し、
首を触診しはじめる。

小暮忍

そういや君の名前まだ聞いてなかったね

名前ねえ…むじな、でいいわ。
たーぬきさん、お這入んなさい。



女は小暮の手を愛しそうに撫でまわした。


そっと摑まえ、頬に引き寄せた。


それからさらにその手を胸元に引き寄せようとしたところで小暮がムッとして

小暮忍

済まないが『あとは体で払うから』みたいな仕事じゃないんだコレは。いろいろ勘違いしないでくれよ

勘違いじゃないわ。きっかけはどうであれ体に触れ合うのを良しとしてる時点でお互い満更でもないのよ



本当なら整体業に対しての偏見や侮辱とも取られかねない言動であり、
頬の一つでも張っていい怒るべき彼女のセリフであったが、
簡単に否定できない自分もいて小暮は悶々とした。




その心の隙を打ち抜くようにうつ伏せ寝の女は小暮の上半身を引き寄せ逆さまの唇を奪った。




その無理あるキスの体勢により小暮の鼻を女の柔らかくて白い顎が擦れた。




小暮の無精ひげが女の低くてつんとした鼻をチクチクと刺した。




そして口内に薄紅色の舌先を滑りこませると口の中にひまわりの種のバタ臭い匂いと味が広がった。




それは一瞬にして彼の中にある理性をかき乱し、
奥底に仕舞ってあった欲望の果汁がじりじりと溢れ出してきた。




散々その土壌を荒らしたあと、
耳元で非常にベタでいてドロドロに甘いトドメの一言を囁いた。

好きにしていいよ


その言葉で小暮の中の欲望の果実がもがれ、
女の白く紅潮した胸元に滑り落ちるようにごろごろと転がって行った。




外は大雨になっている。




女の体に夢中で貪っている時、
小暮にまた悪魔がささやいた。

私に名前は要らないわ。だからあなたの女と一緒に私を重ねて愛して


そう言って女は今まで銀杏型に止めていた髪を解き、
小暮に背を向けて四つん這いになった。




女の背中、
左肩甲骨の辺りに名前のわからない白い花の刺青があった。




小暮はその美しさに見惚れ、
むしり取るように舐めて回し始めると女は彼の頭をなでながらまた囁いた。

簡単な事よ。挿れてから目を閉じてあなたが今抱きたい女の事を想像して動いてくれればいいの。私はそれで満たされる


小暮は言われるままに後ろから腰を振った。



女の乳房を握り締め、



花にキスをしながら激しく体を重ねた。

安田粧子

忍…

小暮忍

粧子


小暮はこの見知らぬ女の白い肌や背筋にはかつての恋人を重ねた。

ましてこの部屋から香る匂いや思い出の断片が欲と感情を掻き立てた。


ただ成されるがままに四つん這いになって小暮を受け入れる長い黒髪に隠れた顔や大きな乳房には経華を重ねてしまった。

織原経華

にゃんにゃん先生

小暮忍

!!

どうしたの?
もっと楽しみましょうよ、たぬきさん?



そのちぐはぐな現象に小暮は一瞬ハッと我に帰ろうとはしたが、
肉欲の渦がその小さな気づきを飲み込んだ。



三人の女の体を彼は貪り果てた。




気づけば雨も止んでいたセックス後の夜明け前、女は小暮を子供のように抱き、
頭をポンポンとやさしく叩いてリズムをとりながら聞いた事の無い子守唄を口ずさんでいた。


その歌すら時折粧子が口ずさんでいた姿がダブって小暮は目じりに涙を溜めていた。


朝焼けが窓から覗くと女はフッと歌を止めてベッドから降りた。

小暮忍

すまなかったね

何に謝っているの?あなたとっても良かったわよ?

小暮忍

そういう事じゃなくて

じゃあ何?


確かに小暮は何に謝ったのだろうと思った。


おそらく謝るべきは経華と粧子であって、
今日の事は墓場まで持って行くべき人生の汚点だなと考えた。

出番は今日の夕方からなのだけれど来れるかしら?招待枠で呼ぶからお金は要らないわ

小暮忍

いや、それは悪いよ

悪くないわ。だってあなたに見て欲しいんだもの。今日の踊りはあなたに捧げるわ


女は腰をくねらせておどけてダンスの振りをしてみせた。


それを見てフッと笑う小暮の頬に冷たいキスをしてバイバイ、
と言って部屋を出た。


残された小暮はやるせなく髪をクシャクシャにしながら煙草に火を付けた。


続く

ゆらめき IN THE AIR その6

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