ヒビの割れたアパートの階段を登って自宅兼施術院に入る小暮と女。
部屋は賃貸アパートにしては長めの渡り廊下で右手に台所、左手に三部屋の区画。
その中の一番手前の3畳ほどある角部屋に小暮は女を通す。
そこには施術マットが敷かれ、
壁には整体幕、
ガラスケースにはサプリメントや骨の模型、
他の健康器具が置かれている小さなカイロプラクティック専用の部屋になっていた。
ヒビの割れたアパートの階段を登って自宅兼施術院に入る小暮と女。
部屋は賃貸アパートにしては長めの渡り廊下で右手に台所、左手に三部屋の区画。
その中の一番手前の3畳ほどある角部屋に小暮は女を通す。
そこには施術マットが敷かれ、
壁には整体幕、
ガラスケースにはサプリメントや骨の模型、
他の健康器具が置かれている小さなカイロプラクティック専用の部屋になっていた。
ちょっと一服してからでいいかな。何飲む?
お構いなく。ただ申し訳ないけどタバコの煙は苦手なの。締めて吸ってもらえるかしら
わかった
施術部屋の引き戸を締めて台所でミネラルウォーターを飲みながら煙草を燻らす小暮。
換気扇がカタカタとうるさくて安い音を立てている。
部屋の中の女はベランダの向日葵を見ていて、
引き戸越しに話しかけてきた。
ベランダのひまわりは彼女の趣味?
うん、まあそんなとこかな。もう遠くに行っちまったけどね
そうなの…今でも好きなのね
というよりは罪悪感だろうね。ベランダに出て向日葵の種を食ってみるといい。ボーっとそれを噛んで月を見てると一番良かった頃の思い出に浸れる
ホントに?じゃあ一口
そう言って音も立てず女はベランダの向日葵の種をもいで口に運んだ。
コーヒーカップを流しに置いて、
煙草の火を消してから小暮が施術部屋に行くと、
ベランダで女が月を眺めながら泣いていたようだった。
でもあえてそれに気づかないふりをして尋ねた。
そろそろ施術始めてもいいかな?
お願いします
じゃあ、鏡の前に立って。立位検査といって体のバランスをチェックする
ごめんなさい。鏡も苦手なの。普通に按摩してもらえる?
…わかった
女は施術ベッドの上にうつ伏せになった。
小暮は背骨から腰に掛けて触診して骨のズレをチェックする。
女の体は血の気を感じないほどにひんやりとしていて、細かな動きを感じられなかった。
ただ、見た目よりも華奢でなく母性を感じる丸みもある。
骨盤自体は仙骨が歪んでいて、
これまでの彼女の捉え難い性格やバランスを体現しているようだった。
いつものように足首回しを中心とした下半身の緩めをしながら問いかけた。
さっきは何を思い出していたんだい?
女に涙の理由を聞くなんて無粋じゃない?
たしかに。本当に君といるとバランスを失うよ。シレッと嘘もつくし、正論も言うし
小暮はぎゅっと女の一番悪そうな左骨盤を押圧した。
いたた!
だろうね。
君はもしかして出産してからずっと腰痛持ちなんじゃないのかな?
何でそういう事聞くの?
女性は出産後に体のバランスが変わる。それは骨盤にも言えることで、産後の骨盤の広がりによって仙骨を狭め、坐骨神経を圧迫し続ける可能性がある
そう。あなた本当にプロの按摩さんなのね
よく言われる。じゃあ体をこっち側に横起きになってもらえるかな?
女は言われた通り、小暮の方に横置きになる。
上の足は九の字に曲げる。それから両手手を肩と肩で掴む。乙女座のポーズで。峰不二子のセミヌードみたいな感じ
峰…どなた?
え?あ、いやなんでもない。忘れてくれ
首を傾げ、
解釈に戸惑う女に小暮は少し恥ずかしがりながら直接体に触れてポージングを促す。
腰回りに少し触れるけど失礼
と言い、
ひんやりとした女の腰椎と骨盤のあたりと上の肩口に手を添える。
女は直感的に何か歯医者で歯を削られる直前に似た威圧感を感じ、
やや体を強張らせた。
君の子供の名前は?今いくつ?
女がその返答に一瞬の躊躇を見せるやいなや、小暮が女の骨盤めがけて勢いよくボディプレスすると
ゴリゴリゴリ!
と女の腰骨辺りから稲妻のような激しい音が伝った。痛みは無かったが、その余りの衝撃に女は思わず笑った。小暮は意地悪っぽく笑って聞いた。
ご感想は?
何か悪魔祓いされた気分。近年無い爽快感よ
これはランバーロールという技で、直訳すると腰椎回転。
雑巾絞りの要領で背骨と骨盤のズレを整えるカイロプラクティックの代名詞的な施術なんだ。
因みに骨の音っていうのは折れたり欠けたりすることじゃない。
体内で骨が動いて起きた摩擦による空気の破裂音だから何も後遺症はないのでご心配なく。
じゃあ次は首肩回りかな?