それからは小一時間。
隅田川にかかる大橋全部を川伝いにジグザグに浅草と向島と行ったり来たりするという奇妙なルートを辿った。
その間、
気持ちのこもっていない笑みを交えながら女は饒舌に自身の屈折した過去を語り始めた。
それからは小一時間。
隅田川にかかる大橋全部を川伝いにジグザグに浅草と向島と行ったり来たりするという奇妙なルートを辿った。
その間、
気持ちのこもっていない笑みを交えながら女は饒舌に自身の屈折した過去を語り始めた。
私の初体験は小学校六年生で、相手は地元のマグロ一本釣り漁師30歳だったの
というエピソードから始まり、
姉の元彼氏と母がデキてしまい家族崩壊して高校を中退して町を出た事。
その後同棲した彼氏が実は放火魔で万引き常習犯であり、
保釈金のためにAV出演したのが今のきっかけ。
次の彼氏がヤクザの鉄砲玉で組の金に手を付けたのがバレてコンクリート詰めにされてしまった事、
などなどVシネマや実話ナックルズのコラムを切り合わせたようなエピソードを次々と話していった。
小暮の適当な相槌や欠伸などは意に介さず、
淡々と話をエスカレートさせていき、
今度は女性の性器にワイン瓶を突っ込むと全部そこから吸収され、
女性は泥酔してしまうこと、
オナニーの語源はオナンというドイツ人から来ている、
などどうでもいい下ネタ薀蓄を上機嫌に披露し続けた。
はじめは適当に相槌をうちつつも、
そんなギトギトの揚げ物のような会話を延々と聞かされ、
ついに胃もたれのような錯覚を起こした小暮が耐えかねて
いい加減にしてくれないか?この調子だと夜が明けちまうよ。初対面にそんな嘘ともホントとも取れないスケールの話を延々と聞かされるこっちの身にもなってくれよ
ええ。だって全部ウソだもん
う…そ?何で?
独りじゃ寂しいから。それだけじゃダメかしら?
女は冷たい手で小暮の手を撫でるように握った。
あなたもきっとそう。おしゃべりは言葉で寂しさを隠す。でもそこには限界がある。違う?
女の言葉は突飛であったが小暮を揺らがせる不思議な説得力もあった。
誰もいない深夜の隅田川は屋形船の軋む音にポツリポツリと雨が川をはじく音が重なってきた。
気づくともう小暮のアパートのそばにいた。
何が言いたい?
違うの。むしろ逆。もう何も言いたくないのよ
女はクラリと小暮の肩に寄り添った。
すぐに小暮は取り払って
君はただ歩いて喋り疲れただけだ。
疲れるって単語はとり“憑かれる”という意味も含んでいるらしい。
君の過去を振り払う事は出来ないが、今日の疲れを少し軽くすることならできなくもない
難しい。つまりどういう事?
…つまり。
雨宿りがてら、
俺が自宅兼施術院で君のそのつらそうな左側の骨盤を矯正して施術して元気にしてあげるという事さ
按摩さんなの?
そう思ってもらって構わない。
普段は誰も入れないんだけど。
ちょうど雨も降ってきたし、
煙草も切らしちまったんで特別にご招待するよ
施術院なのに特別招待なの?
難しいわね
…基本は出張しか受け付けないからね。
自分でも自分の事を難しいと思うよ
そう。嬉しいわ。じゃあお言葉に甘えて
小暮は普段の饒舌さを装っていたが、
今日は無駄な言い回しや自身の決まり事を破る展開が多すぎると反省していた。
それと同時にまるでこれまでの展開が全部自分から提案した事のはずなのにすべてこの目の前の女に仕向けられているような気もして少し不気味に思った。
続く