姫林檎

へぇ、あの日本からいらっしゃったの。素敵ね

アオイ

はぁ……ありがとうございます

 姫林檎さんに頷く。

姫林檎

日本のお話、色々と聞きたいわ。今日はどのような予定になっているのかしら

ヒカル

これから服を買いに行く予定だ

姫林檎

あら、そうなの? 
なら、私のお気に入りの店を紹介しましょうか?

アオイ

いえ、こういうのは自分の足で探すのが楽しいので

ヒカル

ん? 誰かに案内してもらいたいと朝は言って……っ!?

 人がやんわりと断ろうとしたのに、ヒカルときたら余計なことを言おうとする。
 思いっきり足を踏みつけて黙らせてやった。

ヒカル

おい、アオイ! 
人の足を踏むな!!

アオイ

あらごめんあそばせ! 
床かと思いましたの

 怒るヒカルにわざとらしく笑ってみせる。

アオイ

バカかヒカル。
姫林檎さんに服屋の案内を頼んでみろ! 
あのダサイシャンプーハットを、顔につけることになるだろうが!

ヒカル

いいじゃないか。
便利だぞシャンプーハット。
ああやってつけると、ライオンのタテガミみたいで素敵じゃないか

 ヒカルのやつときたら、他人事だ。

アオイ

じゃあヒカルがつけろ

ヒカル

嫌だ

姫林檎

何をこそこそとお話してますの? 
シャンプーハット……とか聞こえたような……?

 言い合いをしていたら、姫林檎さんが小首を傾げる。

アオイ

昨日風呂屋に行ったんですけど、シャンプーハットがなかったなぁっていう話しをしてたんですよ。
ははは……

姫林檎

それなら、専門店で売ってますわよ。
探してみるといいと思いますわ

 そうしますわなんて言いながら、どうにか誤魔化す。

エリザベス

あら、アオイさん達ではありませんの

 声がして振り返れば、エリザベスさんがいた。

アオイ

あっ、エリザベスさんおはようございます

エリザベス

おはようございます。
先日はお見苦しいところを見せてしまいましたわね。
ワタクシったらヒカルさんが男だと勘違いしてしまって……

 挨拶すれば、エリザベスさんがすまなさそうな顔をした。

スカーレット

ちょっとエリザベス! 
あなた姫林檎様がいるのに無視して、新入りから挨拶をするってどういうことなの!

 キャンキャンと犬のように吼えたのは、姫林檎さんの取り巻きであるスカーレットだ。

エリザベス

あら、いましたの? 
あまりにも厚化粧が濃すぎて、仮面の人形か何かだと思っていましたわ

姫林檎

あいかわらずですね、エリザベス。
それにしても……ずいぶんみないうちに、シワが増えたんじゃないかしら?

 あれ、何この空気。
 姫林檎さんとエリザベスさんってもしかして超仲悪かったり……?

アオイ

おい、ヒカル。今がチャンスだ。こっそりと抜け出すぞ

ヒカル

いいのか放っておいて

アオイ

いいのいいの。ごちそうさまでした、お先にしつれいしますね。って今小声で言ったから、大丈夫だ

 そういうものかとヒカルが納得してないようなしたような顔をして、トレイを片付ける俺に続く。

アオイ

さてと。服のかわいい子は当然として……できれば大人しそうで、親切な感じの子がいいな。
ほら、ヒカルも探せ

ヒカル

まるで、ナンパ相手を物色するみたいだな……

 あまり気が乗らない感じで、ヒカルも周りを見渡す。

ゼシカ

あんた達、何をキョロキョロしてるの……って、あーっ! 
あなたは!!

アオイ

あっ、たしかメルトさんの……

ゼシカ

この間はよくも逃げてくれたわね!!

アオイ

いや別に逃げてなんかいないですけど

ゼシカ

うるさいわよ。ほら、きなさい!

 ずるずる手を引かれる。
 食堂から連れ出されたあたりで、壁ドンされた。

 美少女からの壁ドン。
 普通男の俺がやる側じゃないのとか、これただの金銭せびりの図だよねとかそんなことを考えてたら、胸ぐらを掴まれた。

ゼシカ

あなた見ない顔よね。ワタクシと同じ、一年生かしら

アオイ

は、はい

ゼシカ

ワタクシにはわかってます。お姉様に誘惑されて、のこのことついていったのでしょう? 

悪いことはいわないから、あの人は止めなさい。

ゼシカ

あなたのことはお姉様にとっては遊びでしかないの。
それに、あなたではお姉様を扱いきれないわ!

 牽制するかのように女の子が言ってくる。
 たしか、ゼシカ……って呼ばれていたよな。
 そもそも、俺はメルトさんに惚れてるわけでもなんでもないんだけど。

アオイ

勘違いですよゼシカさん。
俺の一族は人に肌を見せてはいけないというきまりがあって、それで寮の共同風呂じゃまずいなって思って悩んでたら、メルトさんが風呂屋に連れていってくれたんです。

アオイ

まぁ……襲われそうになるとは思いませんでしたけど

ゼシカ

えっ……じゃあ、お姉様を狙う泥棒ネコってわけじゃ……

アオイ

ありません

 というか、泥棒ネコってなんだ。
 きっぱりと否定すれば、ゼシカさんの雰囲気が柔らかいものになった。

 ほっと息をついて、それなら早く言ってよね、なんて口にしている。

ゼシカ

あなた寮とクラスは?

アオイ

S寮で、クラスは1-3です。

ゼシカ

それならワタクシと一緒ね。同じS寮で1-3所属よ。
アルカナのカードはまだ確定してないけど、『星』が現時点では最有力候補といったところかしら

 すらすらと説明し、ゼシカが手を差し出してくる。

ゼシカ

勘違いして悪かったわね。同じ寮で同じクラスなんだし、仲良くやりましょう?

 なんだ、悪い子じゃなさそうだな。
 しかもクラスメイトだったのか。

アオイ

はい! ありがとうございます、ゼシカさん

ゼシカ

同級生だし、ゼシカで構わないですわ

アオイ

じゃあ遠慮なくゼシカで。
俺は咲花アオイ。アオイって呼んでくれていいよ。こっちのは、俺の幼なじみの剛力ヒカルだ

 敬語じゃなくていいと言われて、それに従う。
 こういうときに遠慮して敬語のままでいると、後々距離を縮めるのに苦労するしな。

ヒカル

はじめまして

ゼシカ

……男?

ヒカル

違います

 眉を寄せたゼシカに、きっぱりとヒカルが言う。

ヒカル

なんで女もののワンピースを着てるのに……男に間違われるんだ……

アオイ

まぁ、お前のオーラっていうか、身から溢れる何かが男前だから仕方ないだろ

ヒカル

そんなもの溢れさせた覚えは一切ないぞ……

 ヒカルがしょんぼりとしている。
 着替えたのにこれなのかと言いたげだ。

ゼシカ

ごめんなさい、気を悪くしたなら謝るわ。あなたも同じクラスなの?

ヒカル

あぁ。一応な

ゼシカ

ワタクシ、これから街にお買いものに行くつもりなのだけれど、よかったら一緒にお茶でもどうかしら。
勘違いしたお詫びと、親睦会をかねて

アオイ

よろこんで! 
ちょうど服を買いに行こうと思っていたところだったんだ!

ゼシカ

そうなの?
ワタクシも春物の服を見てまわろうと思ってたから、都合が合うわね。
それじゃ決まりね。支度してくるわ

 いい返事をした俺に、ゼシカが笑った。

8.ヘッドドレスはシャンプーハットのごとく

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