昼の情報番組『ヒルアンDon!』では、明るいBGMと共に、高校生キャスターの光流が大写しになっていた。
昼の情報番組『ヒルアンDon!』では、明るいBGMと共に、高校生キャスターの光流が大写しになっていた。
みなさん、こんにちは! 高校生キャスターの逢沢光流です!
小さな拍手が沸き起こる。
それを受けて、光流は一礼してから、スタジオ中央に設置された大型モニターの前に立った。
本日のイマドキピックアップニュースのコーナーでは、いよいよ開催日が決定した『アイドルドリームマッチ3』についてご紹介していきたいと思います!
光流が指示棒を向けると、モニターに『アイドルドリームマッチとは?』という見出しが現れる。
アイドルドリームマッチとは、活躍中のアイドルたちが事務所の枠を越えて新ユニットを結成し、人気を競う歌番組です
ここでしか見られないスペシャルユニットも実現するっていうのがいいわよねー。特に最近は、アイドルものの番組が減ってるから、きっとファンも喜ぶと思うわ
そう言っていただけると嬉しいです。今回は動画サイトでも同時生放送され、投稿コメントによる票集計も行われますので、会場に来られない方も、ぜひネットをチェックしてみてくださいね
モニターの表示が『注目の予選第一回戦!』という文字に切り替わる。
そして、画面左側には、透子、陸、光流の三人の姿。
右側には、謎めいたシルエットと疑問符だけが映し出された。
注目の……と自分で言うのも少し恥ずかしいですが、予選第一回戦の組み合わせは『HOSHI NO ARIA』対『謎のアイドルユニット』となっています
HOSHI NO ARIAには、MySTARの二人も参加するんだねー
あのー、おふたりで盛り上がってるところ悪いんですが……謎のアイドルユニットって、何?
それは僕も気になってるんですが、知らないんですよ
眉尻を下げてしゅんとする光流に構わず、司会者は続けて疑問を投げかける。
あとさ、すっごく気になってたんだけど……そもそも、アイドルドリームマッチって確か、アイドリズム総選挙と共に休止になったんじゃなかったっけ? あの、例の騒ぎで……。大丈夫なの?
不安そうな表情をしている司会者に、光流はにっこりと笑ってみせた。
僕たちアイドルは、あのくらいでは負けません。みんな、夢の頂点を目指してますから
きっぱりと言い切った光流に圧倒された様子で、司会者は目を瞬かせている。
光流はその表情のまま、正面に向き直った。
アイドルドリームマッチ3、楽しみにしていてくださいね
カメラをまっすぐに見据え、視聴者に語りかける。
僕も、早く陸に会いたいです!
喫茶ぷらんくのドアベルが鳴る。
それは、アルバイトの天音が、内側からドアを開けたためだった。
天音はドアの外に、『ただいま作戦会議中のため貸切です』と書いた札を下げてから中へ戻る。
それから、手早く紅茶とパンケーキを用意し、奥のテーブル席へ向かった。
お待たせしましたー。当店自慢のパンケーキセットです
おっ、悪いな。サンキュ
わー、美味しそう! グループメッセージに上げられてる写真見てから、食べてみたいと思ってたんだー
嬉しそうに目を輝かせる光流の前に、陸がさりげなくハニーディスペンサーを押しやる。
相変わらず仲のよさそうな二人の姿を内心微笑ましく思いながら、天音は光流に声をかけた。
この間、光流くんがやってたドリームマッチ特集見たよ。あの宣伝のおかげで、最近ネットでも話題になっててすごいよね!
えへへ、ありがとう
それ、俺も帰国してすぐ見たよ。お前はサービス精神旺盛だな
苦笑いを浮かべる陸に対し、光流は不思議そうにきょとんとしている。
だって、本当のことだから
あー……ホント、お前にはかなう気がしないわ……
相変わらず仲がよろしいようで何よりですわ。今回は同じグループになれてよかったですわね
手前のテーブルに座っている柚希が、カップを片手に少し呆れたように言う。
うん!
しかし、屈託なく笑う光流に毒気を抜かれたのか、柚希は小さく息を吐いて微笑んだ。
……ですが、MySTARにはロックなイメージがなかったので、今回のグループコンセプトには驚きましたわ
えーっと、確かHOSHI NO ARIAは、世界観を重視したロックバンドなんだっけ?
そうよ
陸と光流の向かいに座っていた透子が答える。
今回のグループは、透子が中心となり、イメージを構築したのだ。
まあ、せっかくのドリームマッチなんだから、普段できないことができるってのはいいと思うぜ
でも、歌はどうしよっか? 透子ちゃんがいるし、全力ラブビームでもいいよ?
ああ、確か……ドキドキしてく鼓動(リズム)テッパンのコースチュームで~♪
鏡越し笑顔やっぱ最上級~♪
MySTARの二人は、その場で振りの真似をしてみせた。
おおっ、お見事!
即興の割にちゃんと合っているそれに、天音は思わず感嘆の声を上げる。
それは、ちょっと……イメージと違うわ……
まあ、ロックではないけどな……じゃあさ、HOSHI NO ARIAってどういうイメージでつけたんだ?
うっ……その……
それは、透子さんが以前に考えたフレーズですわ
口ごもる透子を尻目に、柚希が茶々を入れる。
わ、私は真剣に考えたんだから!
そんな柚希に対し、透子は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに怒りの声を上げた。
透子ちゃんは詩を書くのが趣味で、よく歌詞を書いてるんだよ
あ、そういえば……前に小夜子ちゃんが拡散してたような……
へえ、見てみたいな
それでしたら、こちらのノートに……
柚希がどこからともなく一冊のノートを取り出し、陸に手渡す。
それは、今まさに話題に出ていた透子の作詞ノートだった。
な、なんで柚希がそれを……! か、返して!
…………
…………
二人とも、真剣に見入ってるね……
うぅ……
伸ばした手を、透子はふるふると震わせている。
恥ずかしいけれど真剣に見てもらえていることが嬉しくて取り返せない透子さん、かわいいですわ
う、うるさ――っ
透子ちゃん!
柚希を怒鳴ろうとした声を遮るように、光流が名前を呼んだ
な、何……?
びくびくして後ずさろうとする透子とは対象的に、光流は満面の笑みを浮かべている。
透子ちゃんの詞、すごくいいね!
え……?
ああ、こういうの好きだぜ。今度、MySTARにも書いてくれよ
ええっ!?
あら、意外と好感触……
……と言いつつ、柚ちゃん嬉しそうだね
動揺している透子の耳には、後ろでこそこそ話している柚希と天音の声は届いていないようだ。
ドリームマッチでも、こういうの歌えたらよかったのにね
それでしたら、この間、透子さんが手がけたばかりの曲がありますわ
この間って……まさかWhite†Windの曲のことを言ってるの?
えっ、あれも透子ちゃんが書いたものだったの?
え、ええ……でも、さすがにあれはダメよ
俺は面白そうだと思うけどな
僕も。プロデューサーと一斗がいいって言ってくれたら、いいと思うよ
二人に賛同され、透子は困ったように目を泳がせている。
一応、聞くだけ聞いてみようよ。ね?
結局、押しの弱いところのある透子は、光流の言葉に頷いた。
光流はすぐにスマホを取り出し、メッセージを打ち込みはじめる。
それからほとんど間を置かずに、受信音が鳴った。
あ、プロデューサーからもう返事きた
こういうときだけは、反応早いよなー
それで、なんて……?
不安そうな透子に、光流はスマホの画面を見せる。
そこには、『White†Windは今度CDリリースするので宣伝になるからOK』という文章と共に、大草原で羊の群れに囲まれ、腕で頭上に大きく丸を作っているプロデューサーの写真が映し出されていた。
峠の道を、二台のバイクが滑走していく。
つかず離れず山を登っていたそれらは、頂上付近にある、展望台の下の僅かな駐車スペースに滑り込んだ。
赤いライダースーツに身を包んだ茜が、先にバイクを降りる。
そして展望台には上がらず、自分のバイクのシートに後ろ手をついた。
葵……
…………
何か、言いたいことがあるんじゃないのか?
最近、何か思い悩んでいる様子を見せるようになった葵のことが、茜は気になっていた。
だから、今日こそは理由を聞こうと、他人の気配が遠いこの場所へ葵を連れ出したのだ。
そのことは、誘った時点で葵も気づいていたのだろう。
小さく何度か深呼吸をした後、呟くような声で答えた。
…………ドリームマッチ、出場するのが……不安で……
……うん
……せっかく復活したのに、私が失敗して、またなくなったりしたらどうしよう…………それに……
一度言葉を区切り、逡巡する様子を見せる。
促すでもなく待っていると、しばらくして、葵は上目遣いに茜を見ながら再び口を開いた。
他の子に、迷惑、かけるかもしれないし……できたら他の子とじゃなくて、茜と一緒に、やりたい……
それじゃ、ドリームマッチにならないだろ
そう言って、茜は苦笑を浮かべた。
でも……実は私も、そう思ってた
え……?
私も、葵とふたりで、楽しんでみたい
茜……
勝手に悪いとは思ったんだけど、プロデューサーと相談してさ……
……?
面白い方法を見つけたんだ
不思議そうに、葵は目を瞬かせる。
今は、私たちは謎のアイドルユニットとしてエントリーしてるけど……。きっとみんな会場で驚くぜ
茜は、悪戯っぽく口角を上げる。
……ずるい。私にも、教えて
ああ。それは……
いよいよやってきた、アイドルドリームマッチ3開催当日。
予選第二回戦に出場予定のあんなと共に会場入りした私は、関係者席からステージの様子を見守っていた。
客席は超満員で、今か今かと開演を待ちわびている。
ステージのバックスクリーンにも、ネット中継を見ている人のコメントが引っ切りなしに流れている状態だ。
すごい熱気ですね!
会場の様子に、あんなは興奮気味に声を上げる。
…………
私はどうにも気持ちが落ち着かず、じっと黙り込んでステージを見つめていた。
予選第一回戦は、二組ともプロデューサーが仕掛け人だと聞いている。
きっと、とんでもないものが飛び出してくるだろうという予感があった。
あんなが予選を勝ち進めば、どちらかと戦うことなる。
傾向と対策を練れるよう、しっかりと見届けなければならない。
グッと拳を握り締めたところで、番組司会者がステージ上に姿を現した。
みなさま、お待たせいたしましたー! アイドルドリームマッチ3! 予選第一回戦のライブバトルを開始いたします!
司会者の宣言が終わると同時に、特殊効果の爆発音が鳴り、色鮮やかな紙ふぶきが客席前方に降り注いだ。
わああああああああっ!
大きな歓声と、拍手が鳴り響く。
先攻は……HOSHI NO ARIA!
会場の明かりが落ち、スポットライトが辺りを駆け巡る。
バックスクリーンに、HOSHI NO ARIAのロゴが映し出された。
やがて映像が切り替わり、Mitsuruの文字と共に、ギターを構えている光流の姿が流れる。
キャーーーッ! クールな表情の光流くんも素敵ーっ!
次いで、Rikuの文字と共に、ベースを掲げている陸の姿が。
陸様ーーーーっ! さすが、何させてもカッコイイわっ!!
そして、Tokoの文字と共に、キーボードを弾いている透子の姿が。
透子ちゃん可愛いよーーーーっ! 楽器弾いてるところ初めて見たー!
それで終わりかと思った次の瞬間、画面にDJ.ROBOの文字と共にリッケー君が――!
いやああああああっ、リッケー君ーーーーーーっ!!
と、虎子さん!?
ハッ……! わ、私としたことが、つい……でも、何故リッケー君がHOSHI NO ARIAに!?
そのとき、私と同じような叫びが、ステージからも上がった。
なんでリッケーがいるんだよ!
それが、White†Windの曲を歌うなら、バンドのマスコットとしてリッケー君を入れることって、プロデューサーが強引に……
確かに、四人の方が世界観引き立つよね
そんな中、光流だけが嬉しそうにリッケー君の手を握っている。
ったく……よろしくな
リ……リッケ……
不承不承といった様子で、陸もリッケー君と握手を交わした。
ギリギリギリと謎の音が聞こえるは、気のせいだろうか。
リッケー君の挙動もどこか不審に見える。
何より、ちょっと長く手を握りすぎだ。
羨ましい……。
ふう……
そんな彼らに隠れるように、透子は胸に手を当て、深く息を吐いていた。
透子ちゃん、大丈夫?
あ、その……久しぶりの大舞台に、ちょっと緊張してるみたい……
力なく微笑む透子の右肩を、陸が優しく叩く。
ま、気持ちはわかるけどさ。せっかくのステージだ、楽しもうぜ
そして左肩に、光流も同じように手を置いた。
僕たちも、お客さんも、みんなが最高に楽しいって思えるステージにしようよ!
二人の励ましを受けて、透子は強く頷く。
その様子を後ろから見守っていたリッケー君は、小さくうんうんと首を揺らしていた。
ありがとう。さあ、スタンバイしましょ
センターに光流が立ち、カミテに透子、シモテに陸、後ろのDJブースにリッケー君がスタンバイする。
聴いてください、『Brand New Day』
光流の言葉を合図に、前奏がはじまった。
楽器を操る姿を見慣れない三人による、完成度の高い生の演奏。
激しくも繊細なサウンドに、メインボーカルの光流、サブボーカルの透子、陸の歌声が合わさっていく。
パフォーマンスが進むほどに、会場の熱気が高まっていくのを肌で感じる。
まさか、このタイミングで新しい曲を出してくるとは……。
最後の一音の余韻が消えた瞬間。
膨れ上がっていた熱気が弾け、爆発のような歓声が会場中に轟いた。
わああああああああああっ!!
HOSHI NO ARIAサイコーーーーー!
ありがとう、ございました……
噛み締めるような声で発せられた透子の言葉に、大きな拍手が贈られる。
そうして、再び会場の照明が落とされた。
ざわめく観客を制するように、闇の中に司会者の声が響く。
続けて、後攻は謎のアイドルユニット! しかしてその実態は――!
ステージに、スポットライトが当たった。
しかし、そこには誰の姿もない。
VRアイドル、Quantum Hearts! 茜音イヴと葵井ユキだー!
司会者の声を受けて、赤い光と青い光がスポットライトの中に浮かび上がる。
そこで初めて、ステージ上に透明な巨大スクリーンが設置されていることに気づいた。
光はやがて、見覚えのある人の姿へと変わっていく。
あ、あれは、茜ちゃんと葵ちゃん!?
それは、茜と葵の姿をしたCGだった。
こんにチはー! 私が茜音イヴ♪
そしテ、私が葵井ユキ☆
ふたりあわセて……
VRアイドルデュオ『Quantum Hearts』!
音声加工が施されいると思われる茜と葵の声で、明るく可愛らしい挨拶がなされる。
VRとはバーチャルリアリティの意味だと思うのだが……
ちょっと、待ちなさい! そんなのって反則でしょ! だって、それって、名前を変えただけで、完全にQuantum EVEじゃない!
どうだ、驚いたか
突然、隣から聞こえた声に驚き、慌ててそちらへ目を向ける。
そこには、腕を組んでステージを見つめている茜と、その影に隠れてこっそりこちらを窺っている葵の姿があった。
あ、あなたたち!? どうしてここに!?
……あれは、歌も、声も、音声データを合成して作ったVRアイドル
元のユニットとは別人同士が組んでるんだから、新ユニットだ。なんの問題もない
……あの子たちは茜音イヴと、葵井ユキで、あれは別人……だって、私たちはここにいる……
プロデューサーもいいって言ったし
ぐっ……また、あの人ってば……よくわからない詭弁を……
何か言い返したいと思うものの、プロデューサーの許可を得ているならば、仕方ない。
はあ……まったく……。まあ、これはこれでドリームマッチらしいのかもしれないわね……
あはは……さすが、茜ちゃんと葵ちゃん……
葵、これなら、怖くないだろ?
うん……
茜は葵にウィンクをしてみせていた。
ステージ上ではVRアイドルが、高らかに声を上げる。
それデは、私たちの歌、聴いてくだサい!
ナイショの内緒♪
予想外のアイドルの出現に戸惑っていた観客たちも、歌がはじまると一気に独特の世界観に引き込まれていく。
テクノ調のミュージックに、合成音声が違和感なく交じり合い、見事な調和を魅せていた。
バックスクリーンには、ネット生放送のコメントが画面を埋め尽くす勢いで溢れている。
悔しいけれど、これは確かにひとつの完成形であると認めざるを得ない……。
歌が終わり、静寂の中に感嘆の息が漏れるのが聞こえた。
一瞬の間を置いて、歓声が上がる。
うおおおおおおおおおおっ!
予想し得なかった至高のパフォーマンスに対する惜しみない拍手喝采が、ステージ上のQuantum Heartsに贈られる。
それを受けたように両手をひらひらと振りながら、VRアイドルは再び赤と青の光へと還っていった。
会場が明るくなり、司会者がステージへ出てくる。
両者、圧巻のステージでしたねー! さて、これから、投票時間に入ります! みなさま、心の準備はよろしいでしょうか!?
イエエェェーーーイッ!
素晴らしいお返事です!
バックスクリーンの左側にHOSHI NO ARIA、右側にQuantum Heartsの名前が表示される。
その下の数字は、今は両者ともゼロの状態だ。
それでは、投票スタート!
~ つづく ~