突然走り出したトラックの荷台の中。

閉じ込められてしまった私は、トキコちゃんと一緒に冷たい床の上に座り込んで頭を抱えていた。

竜胆あんな

ふえええ……な、なんで急に走り出しちゃったの?

トキコⅢ

外の様子はわかりませんが、どうやら遊園地を出て、港の方へ向かっているようです

その言葉に顔を上げると、トキコちゃんはスマホを操作しているようだった。

傍へ寄って画面を覗き込むと、地図が表示されている。

現在地を示すマークが、どんどん遊園地から遠ざかっていっているのが見てとれた。

トキコⅢ

これは、噂に聞くロボット泥棒の仕業かもしれません

竜胆あんな

ええっ!? 泥棒!?

トキコⅢ

はい。最新機種を盗んで海外に売る窃盗グループがいるらしいのです。船を利用して、密輸するつもりなのではないかと……

確かに、トラックは港の方へ向かっている。

トキコⅢ

このままでは、遠い異国の地で、奴隷のように一生働かされるかもしれません

竜胆あんな

そんなっ!

トキコⅢ

過酷な地下での重労働。鞭を打たれて、謎の手押し機械を回させられたり、穴を掘ったり埋めたり……休憩時間には、その日の稼ぎを賭けてチンチロ勝負をしたり……

竜胆あんな

んん?

トキコⅢ

ざわ・・ざわ・・

竜胆あんな

えーと……さすがに、そういうことはさせられないんじゃないかな?

トキコⅢ

そうですね。冗談です

竜胆あんな

トキコちゃんの冗談、わかりにくいよ……

そう呟いたとき。




竜胆あんな

わわっ!

トラックが急停車し、私とトキコちゃんはバランスを崩して床に転がるはめに陥った。

竜胆あんな

いたたたた……トキコちゃん、大丈夫?

トキコⅢ

ノー、プロブレム、です。トキコはロボットなので、頑丈、なのです

竜胆あんな

いや、どう見ても目が回ってるよね! 無理しないで!

上体を起こしてふらふらと頭を揺らしているトキコちゃんに寄り添う。

目を回しているようだったので、床にぺたんと座り、私の膝を枕にして寝かせた。

トキコⅢ

申し訳ありません。すぐに機能回復を図りますので……

落ち込んでいる様子のトキコちゃんの頭を宥めるように撫でる。

どうしたらいいんだろう。

だんだんと不安な気持ちがこみ上げてくる。

竜胆あんな

虎子さん……

小さく呟いた声は、けたたましく鳴り響いた着信音にかき消された。

竜胆あんな

えっ、あ、私のスマホ?

ポケットに閉まったままだったスマホを取り出す。

画面には『虎子さん』と表示されていた。

私は急いで通話ボタンをタップする。

月城虎子

あんな! トキコ! 無事なの!?

こちらが応答するよりも早く、虎子さんの叫ぶような声が聞こえてきた。

スピーカーにはしていないはずなのに、耳に当てていられないほどの大声が響く。

月城虎子

お願いだから返事をして! それとも、そこにいるのはあんなじゃないのかしら? 二人に何かあったら、ただじゃすまなさいわよ!

竜胆あんな

あ、あの! あんなです! 私もトキコちゃんも一応無事です!

そう答えると、深く長いため息が聞こえてきた。

月城虎子

荷台には、あなたたちだけなの?

竜胆あんな

はい。私とトキコちゃんだけです

月城虎子

よかった……今、あなたたちが乗っているトラックのすぐ後ろまで、車で追いかけてきているの

竜胆あんな

えっ!?

驚いて、思わず荷台後方の扉を見た。

あの向こうに、虎子さんが……?

虎子さんこだわりの赤いFTOが目に浮かぶ。

仕事の帰りに助手席に乗せてもらうことも多い、虎子さんのスポーツカー。

今日の遊園地にも、あの車で一緒に来たのだった。

神楽柚希

警視庁の上層部にも電話でお願いしましたから、なんとかなりそうですわ

虎子さんの車に同乗しているらしい柚希ちゃんの声も聞こえてくる。

神楽柚希

でも、念には念を入れておきましょう。国際宇宙ステーションに電話を繋いでくださいな

頼もしいけれど言ってることは無茶苦茶だ。

月城虎子

信号が青に変わるから一旦切るけれど、絶対に助けるから安心してちょうだい。くれぐれも無茶はしないで

竜胆あんな

虎子さ――っ!

名前を呼ぼうとしたが、それよりもトラックが急発進する方が早かった。

とっさにトキコちゃんを抱き込み、再びごろごろと床を転がる。

竜胆あんな

あいたたたた……

トキコⅢ

あんなさん、大丈夫ですか?

竜胆あんな

うん、ちょっとぶつけただけ。トキコちゃんは、怪我とかしてない?

トキコⅢ

はい。あんなさんが抱えてくださったおかげで助かりました

竜胆あんな

えへへ、よかった~

トキコⅢ

先ほどまで虎子さんと電話をしていたようですが……

竜胆あんな

あ、そうだった!

慌てて手元のスマホを確認すると、通話はもう切れていた。

改めて、トラックの扉を見やる。

あの向こうに、虎子さんはいるんだ……。

こんな乱暴な運転をしているトラックを追いかけてきているなんて、無茶しているのは虎子さんの方なんじゃないかな。

虎子さんは頼もしい人だけれど、割と短気だし、余裕がないと暴走しがちなところがあるから心配だった。

竜胆あんな

無茶はしないでって言われたけど……何か、私にもできることないかな……

立ち上がり、後方の扉の前まで歩いていく。

竜胆あんな

んんん~~~っ

両手をついて、押してみる。

外開きの扉のはずだけれど、施錠されているのか、びくともしない。

竜胆あんな

内側からは開けられないようになってるのかなー……

トキコⅢ

トキコにお任せください

ずずいと、トキコちゃんが隣にやってきた。

トキコⅢ

ロボットは力仕事が得意なのです

竜胆あんな

え、でも……

トキコⅢ

パワーチャージ開始……70……80……90……チャージ完了。トキコ、いきます。えいっ

掛け声と同時に、両手をついて扉を押す。

しかし、扉をぴくりともしない。

トキコⅢ

くっ……

竜胆あんな

トキコちゃん、あんまり無理しない方が……

トキコⅢ

なんの、これしき……ううっ

顔を真っ赤にして頑張っていたけれど、すぐに力尽きてへたり込んでしまった。

トキコⅢ

パワー重視型でないトキコの力では、無理なようです……

竜胆あんな

よしよし

落ち込むトキコちゃんの頭を撫でる。

先ほど撫でたときも思ったけれど、意外と髪質が柔らかくて撫で心地がいい。

トキコⅢ

ここにいるロボットたちを起動させて手伝わせれば、なんとかなるかもしれませんが……

竜胆あんな

でも、完全に台座に固定してあるし、暗いからスマホの光だけじゃ外せないかも……って、なんの音?


 タ
  パ
   タ

 タ
  パ
   タ
    ッ

トラックの走行音とは違う、耳慣れない音が外から聞こえてきた。

トキコⅢ

これは……ヘリコプターの音?

二人で首を傾げていると、突然、目の前の扉が外側へ開かれた。

竜胆あんな

わわわわっ!

風圧によろめいた体を、前方から伸びてきた黒い腕に支えられる。

竜胆あんな

え?

驚いて顔を上げると、黒いスーツに身を包み、サングラスをかけた男の人の姿があった。

その人の後ろからも、同じような格好の人たちが次々と荷台へ乗り込んでくる。

助けにまいりました

竜胆あんな

あ、あなたたちは……!

うわあああああああああっ!

問いかけようとした声を遮るように、前方から絶叫が聞こえてきた。

そして――。







竜胆あんな

きゃあああああっ!

先ほど急停車したときとは比べ物にならない衝撃が襲いかかってきた。

月城虎子

! 柚希、掴まって!

前方で大回転したトラックの姿を視認すると同時に、後部座席へ向かって叫ぶ。

右足は、ほとんど反射的にブレーキを踏み込んでいた。


 ガ

 ガ

キックバックに怯みそうになった右足に、意識して力を込める。

反動で車体が揺れ、思わずハンドルを強く握り締める。

しかし幸いにもタイヤが滑ることはなく、車はすぐに停止した。

月城虎子

ハァ、ハァ……

知らぬ間に息を詰めていたようで、呼吸が乱れた。

神楽柚希

……さすがに驚きましたわ。相変わらず荒っぽいやり方ですわね

柚希の呟きに我に返り、前方を見据える。

トラックは、大きくスリップしたものの横転は免れたらしく、港のすぐ手前で停車していた。

その上空には、旋回しているヘリコプターの姿がある。

月城虎子

あれが、真行寺グループの……?

神楽柚希

ええ。国際宇宙ステーションに長期滞在している、真行寺里織にお手伝い願った結果ですわ

皮肉めいた口調で話す柚希に、苦く笑い返すことしかできない。

突如上空からあのヘリコプターが現れ、まるで映画か何かのように黒服の集団が走行中のトラックに飛び移る様を目の当たりにしたのだ。

よくプロデューサーや里見先輩が拉致――いや、強引な招待をされているとは聞いていたが、一体どんな集団なのやら……。

考え込んでいると、黒服に伴われて荷台からあんなが降りてくるのが見えた。

月城虎子

あんな――!

慌ててシートベルトを外し、車から飛び出す。

そして、まっすぐにあんなのもとへと駆け寄った。

竜胆あんな

虎子さん!

こちらに気づいたあんなが、よろよろと近づいてくる。

それを抱きとめるように迎え入れた。

月城虎子

大丈夫だった? 怪我はしてない?

竜胆あんな

はい、大丈夫です

へらりといつもどおりに微笑みかけられて、目頭が熱くなる。

月城虎子

あ、そういえば犯人は!?

運転席の方を見やると、黒服の男たちがやや遠巻きに囲いを作っていた。

その隙間から、警備員の制服を着た壮年の男に、背後から首に腕を回されているトキコの姿が見える。

竜胆あんな

トキコちゃんっ!

動くなっ!

駆け寄ろうとしたあんなに気づいた犯人が、声を荒らげる。

この最新型のロボットがどうなってもいいのかっ!?

トキコⅢ

おおっ! 最新型の、ロボット……!

とんだ邪魔が入ったが、こいつがあれば充分金になる!

トキコⅢ

そうですね。なんといっても私は、博士が生み出した最高傑作のロボットなのですから

犯人の腕の中で、トキコはなぜか満足そうに胸を張っている。

月城虎子

トキコは、なんでちょっと得意げなのかしら……

竜胆あんな

あー……ロボットとして認められて、嬉しくなっちゃったんだと思います……

おい! そこでこそこそ話してる女! お前が乗ってきた車を寄越せ!

月城虎子

なっ! 渡すわけないでしょう! 観念してトキコを返しなさい!

うるさい! 言うこと聞かないとこいつを――

そこまでよ!

うわっ!

突然、制止の声と共に黒いボールのようなものが飛んできて、犯人の頭に直撃した。

その隙をついて逃れたトキコを、黒服が保護する。

ぷい!

月城虎子

ボールが喋った!?

竜胆あんな

え? なんか真っ黒だけど……、これって? ステラ?

ちくしょうっ、なんだっていうんだ!?

その場にいた全員の視線が、黒い謎の生き物が飛んできた方へ向けられる。

港に積まれた、色とりどりのコンテナの上。

沈む夕陽を背に、その少女は立っていた。

天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ、悪を倒せと私を呼ぶ……

ボリュームのあるツインテールが、風になびく。

謎の美少女戦士、アースレイV! この世に根性ある限り、悪い筋肉は成敗です!

竜胆あんな

ええっ、星良ちゃん……だよね!? EARTH・RAY? どういうこと!?

神楽柚希

アースレイV、間に合ったのね!

いつ間にやってきたのか、柚希が嬉しそうな声を上げる。

由羽坂星良

待たせたわね、アースレイ・グリーン! 駅の出口で迷ったけど、勘が当たってよかったわ!

神楽柚希

東出口って伝えましたのに

竜胆あんな

あのー、ふたりとも、これはいったいどういう……

アースレイVと名乗った少女は、軽やかに犯人の前へ降り立った。

由羽坂星良

悪しき筋肉のしもべたちよ! 地球に代わってお仕置きよ!

少女が大見得を切ってウィンクする。

ただの子供じゃないか、ふざけやがって!

由羽坂星良

みんなの想い、星に届け! 全ッ力ッ! ラブ・コブラツイストーーーー!!

言っていることは意味不明だが、その身のこなしは鮮やかだった。

目にも留まらぬ速さで犯人の背中に飛びつき、関節技を決める。

ぐわああぁぁぁっ!………………がくっ

由羽坂星良

やりました! 気合と根性の勝利です!

失神した犯人を地面に落としたアースレイVは、得意げにVサインを決めてみせたのだった。

その後、私たちは事務所の近くにある喫茶店ぷらんくに集まっていた。

相変わらず貸切状態の店内の中央。

EARTH・RAYの三人と私、あんな、トキコ、そしてアースレイVこと由羽坂星良が、大きなテーブルを囲んで輪になっている。

神楽柚希

この度は巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした

月城虎子

いえ、あれは柚希のせいじゃないわ

竜胆あんな

そうですよ! 悪いのは、あの泥棒のおじさんです

トキコⅢ

おふたりの言うとおりです

私たちの言葉に、柚希は安堵したように顔を綻ばせた。

あの後すぐに駆けつけた警察によって、泥棒の男は逮捕された。

なんでも事件があったときに星良は遊園地にいたらしく、柚希の連絡を受けて電車で港に先回りしていたらしい。

神楽柚希

星良さんには警察を呼んでもらうだけのつもりだったのですが、まさか犯人を捕まえてくださるなんてね

由羽坂星良

にひひ! 悪の筋肉あるところにトーコンセイラ……じゃなかった! アースレイVありなのですよ!

月城虎子

アイドルが……いえ、そもそも女子があんなことをしたら危ないでしょ

由羽坂星良

ええー、でもぉ……

得意げになっている星良を嗜める。

すると星良は拗ねたように唇を尖らせて目を逸らし、オレンジジュースの入ったグラスに挿したストローに空の袋を巻きつけはじめた。

月城虎子

でもじゃない。警察の方にも無理はしないようにって言われたでしょう?

由羽坂星良

しょぼぼーん

重ねて注意するとがっくりと肩を落として落ち込んでしまった。

この中で最年少なこともあってか、仕草や言葉遣いに関して子供っぽい面が多々見受けられる。

こんな子が関節技で泥棒を締め上げたなんて、直接見ていなければ信じられなかっただろう。

葛城天音

それで、あの、星良ちゃんがアースレイVってどういうこと?

神楽柚希

星良さんが1 milion musicから真木プロに移籍されてきたと聞きまして、私が新しいEARTH・RAYのメンバーとしてスカウトしたんですの

一ノ瀬透子

そんなの聞いてないわよ。そもそもアースレイVって何よ

由羽坂星良

えーっとね……なんだっけ? ビクトリーだったか、ビーナスだったか……?

神楽柚希

ヴァイオレットですわ

由羽坂星良

そうそう! ヴァイオレンスです!

一ノ瀬透子

正義の味方がヴァイオレンスって……いや、星良にはあってるような気も……

由羽坂星良

えへへ

呆れた様子でため息を吐いた透子の前では、黒い謎の生き物と、色違いの白い謎の生き物の二匹が仲良さそうに戯れている。

ぷいー

ぷいぷい

一ノ瀬透子

それで、この黒いステラは何?

由羽坂星良

その子はマリスですよ! 私の新たなる使い魔なんです!

そう答えた星良は、マリスを抱き上げて頬擦りした。

どうやら、かなり気に入っているらしい。

神楽柚希

という設定の、ステラと色違いのペットロボットですわ。星良さんのサポートとして作ったオモチャです

私が言うのもなんだが、堂々と自分で設定と言ってしまうというのもいかがなものだろうか。

横目で星良を見やると、聞こえていないのか、それとも気にしていないのか。
ペットロボットという言葉に興味を引かれたらしいトキコに、マリスを触らせてあげている。

隣のあんなはちゃっかりステラを招き寄せ、むにむにと触り心地を楽しんでいるようだった。

そうしている間にもEARTH・RAYの三人は何やら話し込んでいたが、最終的には笑い合っていたので、おそらく心配はいらないだろう。

神楽柚希

新メンバーの星良さんを加えて、EARTH・RAYは再デビューを果たします。これからも、どうぞよろしくお願いしますね

むしろ、手強いライバルが増えたと危惧すべきだ。

私は、隣で暢気にしているあんなの頭を手で押さえながら、

月城虎子

こちらこそ

と挨拶を返した。

いろいろとあったが、EARTH・RAYは四人組グループとして好調な再スタートを切ったようだ。

事務所のテレビでチェックしていたワイドショーの芸能ニュースで、高校生キャスターの光流が新生EARTH・RAYの活躍ぶりを紹介している。

竜胆あんな

星良ちゃんをEARTH・RAYに加えるのって、プロデューサーさんのアイデアだったんですね……

香谷里見

ええ。事実上の解散状態だったEARTH・RAYが復活するためには話題性があった方がいいだろうと、柚希ちゃんにアドバイスしていたらしいです

月城虎子

それはわかりますが、正義の味方の新シリーズには、新しい戦士が不可欠だとかなんとかっていうのは……意味不明です……

竜胆あんな

あはははは、プロデューサーさんらしいですね

月城虎子

…………あんな、あなた、笑ってる余裕あるの?

竜胆あんな

うぐっ……

ため息を吐きながら、カレンダーに目を向ける。

そこには、赤いマーカーで大きく花丸が描かれていた。

香谷里見

いよいよ、アイドルドリームマッチ3がはじまるんですね!

~ つづく ~

11|第11話 その名はアースレイⅤ

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