まだまだ作る

次の日、朝食を食べ終えた頃に、吾助が新しい糸を持ってやってきました。

吾助

ホントに百万で売れた……。

与兵

え?
ホントに?

鶴太郎

失敗作だったんだけど……。

鶴太郎は不満そうです。

吾助

他にもあれば、
買い取りたいって言われたぞ。

鶴太郎

まあ……、じゃあ、
とりあえず作るよ。

吾助は鶴太郎に買ってきた糸を渡しました。
鶴太郎はそれをチェックします。

鶴太郎

もうちょっといい糸ない?
ボクが使ってたのと、手触りが違うんだよね。

吾助

このあたりで買える糸は、それが一番いいと思うが……。どこの使ってたんだ?

鶴太郎

もっと西。

吾助

ざっくりだな……。

鶴太郎

無理ならいいよ。
こっちで工夫するから。

吾助

無理というわけでもない。
少し時間をくれ。

鶴太郎

うん。

与兵

なんだ?この感じは……。
いつもの

鶴太郎

ヤダ。

与兵

とか

鶴太郎

やって。

与兵

とか言う、あのやる気のない鶴太郎はどこに行った?

吾助

足の具合はどうだ?

鶴太郎

力は入らないけど、
昨日より良くなってる感じ。

たしかに足はみるみる良くなっています。

鶴太郎

じゃ、ボク、
織ってくる。

そう言って糸を持つと、時間が惜しいという感じで行こうとしていました。

与兵

自分で行こうとするなんて……。

足はよくなったのかもしれませんが、ちょっと寂しい与兵です。

与兵

そんなに慌てる必要ないだろ?

与兵は三人分の紅茶を用意しています。

鶴太郎

早く織って、与兵にボクの織物の腕の良さを見せてあげるよ。ホントならもっともっといい反物ができるんだから。

与兵

別に……

「見なくてもいい」と言おうとしましたが、鶴太郎が一所懸命っぽかったので、言えませんでした。

そもそも、与兵は綺麗な織物には興味がありません。

鶴太郎

行ってくるね。
おやつの時間には戻ってくるから。

与兵

昼の時間に戻ってこい。
お菓子なんてないぞ。

鶴太郎

え~。

与兵

いつも食べてるわけじゃないだろ?

鶴太郎

紅茶ときたら、
やっぱり午後のおやつでしょ?

与兵

何時に食べるつもりなんだ?

与兵

ちゃんと休憩を入れてだな……。
無理したらダメなんだから。

吾助

そうだ。
これ……。

吾助が与兵に紙袋を渡しました。

与兵

何だ?

吾助

ワッフル……。

与兵

これが?

与兵はガサガサと袋の中を覗きました。

袋の中には焼き菓子が入っています。
まだほんのり温かいです。

与兵

……これ、
ワッフルっていうのか?

それは、与兵が小さいころから食べていたお菓子です。おじいさんが時間のある時に作ってくれていました。

与兵は名前など知らずに食べていました。

吾助

出がけに
ジジイが持ってけって。

与兵

……そうか。

与兵

たしかにうまいが、
鶴太郎はこれを喜ぶのか?

与兵にはなじみのお菓子です。

鶴太郎

ワッフル~!

ワッフルと聞き、納屋に行こうとしていた鶴太郎が囲炉裏端に座り直します。

与兵

喜んだ……。

鶴太郎

与兵っ

鶴太郎が催促します。

与兵

……今、食うのか?

鶴太郎

うんっ

与兵

……。

与兵はその顔に弱いです。

紅茶を入れてワッフルをお皿に乗せて、鶴太郎のところに持っていきました。

鶴太郎

はちみつある?

与兵

ない。

吾助

持ってきたぞ。

与兵

え?

吾助ははちみつのビンを持っていた袋から出しました。
そして、他にも食糧をくれました。

与兵

俺たちの生活費は、
俺が稼ぐって言っただろ。

吾助

これは前にもらったジャラ銭で買ったんだ。

与兵

でも、借金を早く返した方がいい。

吾助

これくらい、
大した金額じゃない。

吾助

あの反物は思った以上の金で売れたし、これからも収入が得られそうだし。

与兵

…………。

与兵

……借金、いくらぐらいあるんだ?

吾助

そんなこと
お前は知らなくていい。

吾助が素直に教えるはずがありません。

吾助

食糧は持ってきてやるから、
お前たちはしばらくここにいるんだ。

与兵

なんで吾助にそんな指図されるんだよ。

吾助が与兵の耳元に寄ります。

吾助

今、あいつをひとりにするんじゃない。

与兵は鶴太郎を見ました。

鶴太郎

与兵、はちみつかけて。

鶴太郎は無邪気にそう言っています。

与兵

ヤクザ連中に、こんな金づるがあるなんて、気づかせたらいけないってことか……。

こないだみたチンピラが、鶴太郎を捕まえる様子は、容易に想像ができました。

こんなところに
こんな上玉がいるなんてなぁ

きっと、チンピラはこんな感じでそう言って、いかがわしい場所に連れて行ってしまうのでしょう。

鶴太郎

いや……。
与兵、与兵。

はた織りをさせて、使えなくなったらブラックマーケットに売ってやる。

鶴太郎

与兵、助けて……。
ボクそんなの嫌だよ……。
与兵、与兵……。

それまで俺がかわいがってやる。

鶴太郎

イヤっ。
やだよ、やめて。

鶴太郎

助けて
与兵……。

与兵

ダメだダメだ。
そんなことになったら、
絶対にダメだ。

与兵

そんなことにならないように、俺は全力でこいつを守る。

与兵はそっと決心していました。

吾助

      →
そう思っている
んだろうなという顔

鶴太郎

よひょ~
はちみつぅ~

与兵

なんで自分でやらないんだ?

鶴太郎

手、べとべとになるし。

与兵

…………。

与兵ははちみつをかけてあげました。

鶴太郎

おいしいね。

鶴太郎はそう言ってワッフルを食べました。

与兵

ホントに、こういう時は天使みたいだな……。

少しだけ救われたような気がしました。

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