天正十年 六月四日 夕刻

近江国甲賀 小川城

多羅尾光俊

ふむ…では、やはり、先の流言は真実なのでございますな

徳川家康

あぁ、どうもそうらしい。確かなことはまだわかってないが…

多羅尾光俊

私の家臣の方でも、ここのところ、旧佐々木氏の一派が不穏な動きを見せているのを確認しておりましたが、まさか信長様を討つようなことを計画していたとは…

本多忠勝

そのことで一つお伺いしたいのですが、その一派と明智光秀殿とは関わりはありましたでしょうか?

多羅尾光俊

光秀殿と、でございいますか…光秀殿も信長様が家臣であれば、我が近江甲賀の者であれば関わりがないとは申し上げられません

井伊直政

さもありましょう

徳川家康

その他はどうなんだ?

多羅尾光俊

そのほかでございますか…そうですな、秀吉殿や、それから、珍しいところですと、三河殿のところへ参上された梅雪殿とも交流を持っておったと思いますが

徳川家康

…梅雪と!?

多羅尾光俊

そういえば、この旅路はご一緒ではござらんのですかな?

酒井忠次

…飯盛山から、別行動で伊賀を越えてございます…

多羅尾光俊

…理由は?

井伊直政

梅雪殿はご自分の家臣を従えておりました故、大所帯では目立つからと…

榊原康政

…しかし、もし梅雪殿が佐々木一派と計じて信長様を謀ったとなると、これはもしや…

多羅尾光俊

拙速過ぎるのは賢いとは思いませぬが、しかしそう考えられなくもない…

徳川家康

…武田の残党がどうして今更…い、いや、もしかして!

本多忠勝

どうされました、殿?

徳川家康

…信長先輩を討てば、次の天下は誰が取る?

井伊直政

…十中八九、謀反人を征伐した御仁になりましょうな

徳川家康

もしその人物と梅雪が手を組んでいたとしたら?

榊原康政

…!

本多忠勝

明智殿と梅雪殿が通じておると?

徳川家康

違う、そうじゃない!

井伊直政

そうか…!この謀反は…!

本多忠勝

なんでござるか!拙者にもわかるように教えるでござる!

徳川家康

…信長先輩が殺されたとしたら、すぐにその犯人探しに目が行く。そして、謀反の晩、光秀殿を除いて、先輩のすぐ傍にいたのは!

本多忠勝

…!殿でございますか!

徳川家康

そうだ…!この梅雪とこの計略を作ったやつは、俺に罪を着せるつもりでいたに違いない…

井伊直政

…我々が信長殿を討ったとあれば、信長様傘下の軍勢がすべて三河に押し入りましょう。そうなったとき、梅雪は我らが抑えた甲斐を奪回するつもりでいた、と…

徳川家康

あるいは、その約束を取り付けて俺たちを謀ろうとしたのかもしれない

多羅尾光俊

筋は通ってございますな…しかし、では影で全ての糸を引いておったのは?

徳川家康

…そこまでは分からないが…おそらく、この危難に際して誰よりも早くに動きを見せる人物

井伊直政

それも、鬼神のごとき素早さにございましょうな

徳川家康

光秀殿はこのことを察知して京に援軍に駆けつけたに違いない…!だが、黒幕はそれすら利用した…!

榊原康政

…梅雪殿に話を聞かねばなりませんかな

酒井忠次

しかし、いくらなんでも憶測に過ぎるのではございませんか?

徳川家康

いや…少なくとも、光秀殿ではないことは確かだ

酒井忠次

そのこころは?

徳川家康

…感情論は抜きにして…光秀殿の手腕じゃない。あの人なら、京都まで待つ必要なんてなかった。甲賀と通じていたのなら、安土の天守閣で討ったってよかったはず。
それぐらいのことは考えつく人だ

一同

徳川家康

半蔵!

服部半蔵

はっ!

本多忠勝

あ、いたんだ、半蔵

徳川家康

すぐに梅雪を追って捕えろ。抵抗するなら斬って構わない

多羅尾光俊

我が手の者も幾ばくか向かわせましょう。甲賀から謀反があったとなれば、生かしておくわけにも行きませぬ。詳しくお話を伺わねば

徳川家康

直ぐにかかれ!

服部半蔵

はっ!

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