天正十年 六月二日

早朝

本能寺門前

斎藤利三

明るくなってまいりましたな…

明智光秀

あぁ…じきに、寺の状況もわかろう

斎藤利三

しかし、ひどい有様です…何も残っておりません

明智光秀

…あの手勢が火を掛けたのか、それとも、御屋形様が自ら火を放ったか…

斎藤利三

自刃のためでございましょうか?

明智光秀

…いや、もし御屋形様が火を放ったのなら、おそらくは逃げ出す算段をつけていたはずだ。自刃などをして諦めるようなお人ではない

斎藤利三

そうであると良いのですが…

伝令

伝令!伝令にございます!

斎藤利三

申せ

伝令

はっ!二条御所の忠光様より、御所の内堀にある隠し出口にて、信忠様を保護いたしたそうにございます

明智光秀

誠か!あい分かった!忠光へ、以後は周辺の治安維持に当たれと申し伝えよ!

伝令

はっ!

斎藤利三

信忠殿、ご無事でしたか…

明智光秀

うむ。彼の人も、御屋形様に似て呑気ではあるが知恵者だ。従者達の被害が大きくないと良いのだが…

斎藤利三

湯浅直宗殿と申しましたか

明智光秀

うむ。若武者は小倉松寿と言う武辺者であった

斎藤利三

外にお泊りになられていたところからたった二人で斬って入るとは…

明智光秀

うむ…見事と言う他にあるまい

斎藤利三

…信長様は悲しまれるでしょうね

明智光秀

だが、その名を誇ることこそ弔いにもなろう

斎藤利三

そうですね…

光秀様!光秀様!!

明智光秀

ん、何事だ?

伝令

秀満様より!本能寺から逃げ出て来たと思しき小姓と女衆を見つけたとのこと!

明智光秀

誠か!でかした!すぐにここへ連れてくるよう伝え!

伝令

はっ!

斎藤利三

もしや、信長様もご一緒では?

明智光秀

分からぬな…自刃はせぬとは思えど、女衆や小姓をむざむざと死なせるような方でもない。ともすれば、家臣たちの退路を守るために自ら殿となるお人だ

斎藤利三

…目に浮かびます

利三様!利三様!!大変でございます!

斎藤利三

どうした!

家臣

そ、そ、そ、それがっ!

斎藤利三

落ち着け。どうしたというのだ?

家臣

それが…きょ、京の町中に…本能寺、二条御所を焼き払い、謀反による下克上をなしたのは明智光秀である、と風説が!

明智光秀

斎藤利三

なんだと!

天正十年 六月二日 夕刻

高松城

秀吉軍 陣内

羽柴秀吉

して、京の状況は?

伝令

はっ!本能寺は焼け落ち、二条御所にて激しい戦があったもよう

羽柴秀吉

信長様のご安否は?

伝令

某が受けた報せでは、依然不明とのこと…

羽柴秀吉

そうか…信忠殿は?

伝令

信忠殿の行方も分かっておりません。しかし、二条御所は信忠様方の家臣達の亡骸が複数見つかっております

羽柴秀吉

下手人は?

伝令

謀反当時、京のあちこちで桔梗の紋の入った御旗の目撃証言があがっています。おそらくは、明智一派が謀反人かと

羽柴秀吉

ふむ…そうか…あい分かった。下がって良いぞ

伝令

はっ!

羽柴秀吉

ふむ、さて

福島正則

はい、秀吉様

羽柴秀吉

軍備の方はどうなっておる?

福島正則

万事、滞りなく

羽柴秀吉

そうか、ならば良い。明日の朝には出立する旨申し伝えて準備をさせよ

福島正則

はっ

羽柴秀吉

…ふむ、しかし、明智方とはな…

福島正則

秀吉様?

羽柴秀吉

いや…儂の予想では松平の手にかかった、ということになると思っておったが…

福島正則

読み違え申しましたか?

羽柴秀吉

いや、この場合は、光秀殿の察しがよかったものであるところだろう

福島正則

と申しますと?

羽柴秀吉

光秀殿は、信長様に危急が迫っていることを感じ取ってわざわざ丹波から京へ夜な夜な引き返したのであろう

福島正則

なるほど…しかし、これでは明智軍を吸収して一気に三河を押し包むことも相成りなりませんな

羽柴秀吉

そうじゃの。儂の計略もまだまだあったな。困ったものじゃが…まだ手はないこともない

福島正則

つまり?

羽柴秀吉

謀反人、明智光秀を討つ。儂の軍勢でな

福島正則

戦となり申すか

羽柴秀吉

そうじゃな。まぁ、相手が三河から明智に変わるだけじゃ。どうという事もなかろう

福島正則

は、左様に…

羽柴秀吉

くれぐれも毛利には漏れぬようにな。せっかくの和睦を帳消しにされて攻め込まれてもかなわん

福島正則

はっ

羽柴秀吉

そういえば、甲賀の連中の伝令はまだ来ぬのか?

福島正則

いえ、まだ到着してはおりません

羽柴秀吉

ふむ、妙だの。よほど手間取ったと見るか

福島正則

忍とは言え、信長様の小姓どもには多少手も折れましょう

羽柴秀吉

…しかし気にかかるな…明智に本能寺が焼き討ちにあったと報じたは、あるいは甲賀の連中やもしれんな

福島正則

なんのために?

羽柴秀吉

仕損じた、ということかも知れんな…

福島正則

なんと!では…!

羽柴秀吉

いや、もはや時流は止まらんじゃろう。謀反人は明智光秀じゃ。あとは誰がその謀反人を討つのか、で、次の世統べが決まろう

福島正則

もし信長様がご存命だったとして、名乗り出るようなことはございませんか?

羽柴秀吉

あるじゃろう。だが、あとはどうとでもなる。明智が立てた影武者とでも言っておけば良いのじゃ。謀反の報はもうあちこちに届いておるようじゃろう

福島正則

秀吉様が準備されていた伝令もわずか一日でこちらにも届きますれば、明日の夜には三河殿や柴田殿にも届きましょう

羽柴秀吉

うむ…いや、それでは不十分じゃな…

福島正則

この上、まだ何か?

羽柴秀吉

うむ…至急、追加の伝令を募れ。信長様傘下の武の者へ伝えさせよ。この羽柴秀吉、明智光秀を討つために高松よりとってかえす。
軍勢を差し向けられる国主があれば合流し、共に謀反人、明智光秀を討つべし、とな

福島正則

大勢を固められる、というわけですな…

羽柴秀吉

人の口伝は移ろいやすい。遠来での出来事など尾ヒレがついて広がるものじゃ。各国も明智謀反の報は聞いておろうが、儂から直接の伝ともあれば確実となるじゃろ

福島正則

は、確かに。直ちに手配させます

羽柴秀吉

うむ、手早くやれ

福島正則

はっ!

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