第19話 敵を亀裂に占えば
第19話 敵を亀裂に占えば
じゃ、私ココちゃんのバックアップで
目的地にたどり着いた途端、メルはそう言ってガンキャリアーの助手席から飛び出した。
え、あ、ちょっと!
運転席のマチルダが止める間もなく、
こっちも出るぜ。通信で指示出しよろしく
追いかけるようにココアも荷台から飛び降り、人気のない道路を渡るメルを追いかけていく。
バーシム東ブロック第三住居エリア。
銃と防護盾を手にした哨戒班の歩兵十数人が、寂れた集合住宅を油断なく取り囲んでいる。
このエリアをさらに東へ進むと、バーシムと外界を隔てる銃座防壁(アーリクス)にたどり着く。
およそ十ウルメルテ四方のバーシムを守るように築かれたこの防壁は、兵器庫および歩兵詰所、そしてバイタルレーダー塔を一定距離ごとに備え、そしてその外側を幾重もの鉄条網で囲っている。
フェーレスが暮らす安住の地と、いつアーデルが出現してもおかしくない死の荒野。
郊外からの難民に割り当てられたこの居住エリアは、まさにその境界線間際に置かれていた。
あーもう、しょうがないなあ
じゃあメルとココアはα(アルパ)ユニット。そのまま北側へ向かって、現地の哨戒班と連携して
あとはこっちの通信、よく聞いてて!
はいなー
マイペースな二人相手にも、マチルダはさして困った顔も見せない。
運転席から降りながら、マチルダも支度を整える。先に降りたクララも、複装支援銃火器(マルチーズ)を構えて周囲に目を光らせる。
と、哨戒班のリーダーと思しき一人が、マチルダの元に駆け寄り短く敬礼する。
状況はどんな感じ?
はい。競技場跡公園に出現したアーデル三体は、駆けつけた哨戒班と遭遇後、公営住宅敷地内を逃走中
いずれも標準タイプのミモル型。建造物内外を跳び回っていて、少々厄介です
被害は
残念ながら、住人が一名死亡。突入時に反撃にあった歩兵も二名、負傷しています
他の住民は
避難の完了は確認できていません。バイタルセンサーにも、自宅から動けない住民の反応が多数あります
了解、ご苦労さま
聞こえたよね、αユニット
はいなー。αユニット、りょうかーい
センサー、ショートレンジでさっそく反応
行くぜ、メル!
息巻くココアの声を最後に、αユニットのマイクがオフになる。
マチルダはふと、傍らのクララを見る。
口を真一文字に結び、肩を不自然に張ったその立ち姿に、どうやら彼女が緊張しているようだと気づく。
そういえば、マーメイと一緒でない出撃は、初めてではないだろうか。
んじゃ、クララちゃんは私と一緒ね。β(ヴィタ)ユニット
センサーは私が持ってるから、もう一体の捜索に回りましょう
努めて明るく、マチルダはクララに指示を与える。
マチルダの年長者らしい余裕に、
……了解!
クララはこくりとうなずき呼吸を整え、哨戒班の囲みの前へと踏み出した。
輸送部隊護衛のためのビスティブル遠征チームは、ユキをリーダーとする四名、ミアとジェシカ、そしてマーメイ
これは大型アーデルの襲撃を予想し、ロボニャーおよびコマンドギアパイロットをメインに据える為だ
護衛部隊の中核をなす歩兵連隊を、搭乗兵器でフォローする構成となる
マップ上の赤い光点の横に、カラカルが挙げた四人の名前がつらつらと並んだ。
自分の名前がそこに無いことを確認し、クララが横目でマーメイを見ると、彼女も同時にクララのことを、心配そうな眼差しで見ていた。
バーシム防衛に残るのは、私の他に四名
マチルダ、メル、ココア、クララです
バーシム上の青い光点には、ピクシーの挙げた四人の名前が連なる。
そこでふと、ココアが片手を上げた。
マーメイは、ここに残さなくても?
……何故です?
いえ、遠征チームが大型相手の編成なら、バーシムに白兵戦闘員が多い方が、と
ココアの提案に、クララの胸はわずかに湧き立った。
だがピクシーはすぐに、首を横に振る。
バーシムに出現する小中型のアーデル襲撃に対しては、この構成で十分に対応できると私が判断しました
また遠征チームにも、小中型アーデルに柔軟に対応できる白兵戦のエースを組み込む必要があります
でも、バーシムに大型が出現した場合は大丈夫かな
ジェシカかミアをこっちに戻して、クララちゃんを遠征チームにトレードするとか……
先の戦いで見た通り、クララ・キューダが大型アーデルに匹敵するポテンシャルを秘めているのは、お前たちも理解しているだろう
バーシム防衛チームは、それを加味しての編成だ
いざとなれば、私がまたロボニャーで出ればいい。それでもまだ不服か?
二人の反論を予想していたかのように、カラカルが淀みなく答えると、
……いえ、ありません
失礼いたしました
メルとココアは一度目を見合わせ、その主張を引っ込めるように一歩下がった。
先の戦いでのカラカルの獅子奮迅ぶりは、自身の言に十分な説得力を持たせるほど、ルクスの面々に強烈な印象を与えていたのだ。
遠征チームがビスティブルから運んでくるのは、先の戦いで損傷が判明したルクスベース地下防壁の修繕、および強化工事に用いられる建材だ
現状、人手が足りないのは十分承知している
だがバーシム防衛とビスティブル遠征、どちらにもお前たちの戦力を欠かすことはできない
カラカルがマップの映像を消すと、そこには目を伏せ、小さく頭を下げるピクシーがいた。
負担をかけて申し訳ありませんが、どうか、お願いします
気にしないでいいからね、クララちゃん
え……
ほら、あの2人は仲良しさんだから
勝手に行っちゃうのはしょうがないよ、いつものこと
ココアとメル。
二人のクララに対する態度がひどく冷たくなっていることに、マチルダはしっかりと気付いていた。
クララの入隊を喜び、初々しさや生真面目さをからかいながらも何かと彼女をかまっていた二人が、先日の防衛戦を境に態度を一変させ、ほとんど言葉をかけようともしなくなっているのだ。
その理由が間違いなく彼女の左腕、大型アーデルをも屠る未知の兵器の存在にあると、マチルダが想像するに難くなかった。
別に、気にしていません
振り返りもせずそう答えたクララの声は、とても言葉通りには聞こえなかった。
そう? ホント?
ええ、大丈夫です
背の低い集合住宅の陰から、無人の庭を覗きながら、クララはそう答える。
クララ自身も、この左腕を披露して以来自分を避けるようになった仲間がいることを、否が応にも認識していた。
ココアとメルが口にした部隊分割案への反論にも、自分を遠ざけるか、面倒見役のマーメイを近くに置いておきたい、そんな本音があからさまに見えていた。
そっか……でもさ
大丈夫です
今は……どうしようもないんですから
尚も気遣うマチルダの言葉を遮りながら、クララは自分の左腕に目を落とす。
見た目はただの左腕でも、その実全く得体の知れない、ムルムルの試作兵器。
自分から見ても気味が悪いのだ。他人の目には自分以上に恐ろしく見えても、それは当然だろう。
そう理解しているつもりで、クララは大丈夫と答えたのだ。
そんなクララを見て、マチルダは、
……うん、そうだね
これ以上は今はお節介だろうと、励ましの言葉を喉に収めた。
そして。
じゃ、ま、センサーの反応もほとんどなくなってきたし
避難は完了かな……
あっ!
銃床部のオプションモニターに、フェーレスを識別するバイタルセンサー反応が動いている。
正面、誰かこっちに逃げて来る?
こちらを見つけて降りてきたのか、向かいの集合住宅の陰から、一人のフェーレスがこちらへ駆けて来る。
助けて、たすけてくださ……!
その背に小さな娘を背負っているのを見て、クララは思わず身を乗り出す。
だが。
……識別、アーデル、真横っ!
えっ
クララちゃんっ!
マチルダがクララの手をぐいと引いた、その一瞬の後。
クララの目の前で、母親の上半身が、炎に包まれ、吹き飛んだ。
背中の娘ごと、一瞬で黒い炭になって、消し飛んだのだ。
な……っ!?
何が起きたのか、クララには理解できなかった。
ロングレンジ、反応!
さ、三時方向300メルテに、モル型……っ!
そんな……この距離で、一体何を……!?
センサーの表示に目を疑いながら、マチルダは声を震わせる。
そして。
新入り、お前っ!
突然の衝撃に動けないクララの耳を、ココアの怒号がつんざいた。
どうして今、助けなかったんだっ!