夕暮れの空を見上げて帰る。
私は帰り際、彼女に出会った。

…………

シンシア

死にたい奴って面倒くさいよね
基本的にはあいつらは構って欲しいだけ
涼、そんな連中はいいんだよほっといて

……そうなのかな?

シンシア

そうだよ
先が無いからあとのこと考えないしねー
おかげで生きている人間の足を引っ張る
生きてても死んでても目障りだよ

シンシア

とっとと消えちゃえばいいのに

シンディだった。
どうやら私の帰り道と彼女の帰り道が重なっていたらしい。
彼女の手には、買い物袋が下がっている。
私は、今日あったことを彼女に聞かれて、渋々説明した。
シンディが微妙に落ち込んでいる私を見て、説明しないとそいつをぶちのめすと仄めかしてきたのだ。
……実際、暴力沙汰を起こしている彼女ならばやりかねない。
後々が怖いので、仕方ない。
理由までは知らないことと名前を教えない事を条件に軽く説明した。

止めるべきじゃなかった?

シンシア

んーん、涼のその時の判断は正しかった
じゃなきゃ今頃、警察と教師に根掘り葉掘り聞かれてパニックを起こしていたと思うし
穏便に済ませた涼の手柄だよ

シンシア

こうして一緒に帰ることもなかったし
一緒の時間があることがあたしは嬉しいよ

シンディはそう言って、私の腕に絡みつく。
まるで恋人に甘えるかのような無邪気な態度。
正直、ちょっと怖い。
本当に、私に対して何を抱いているのだろう。

そうは言うけど知りたくもないことに巻き込まれたんだよ?
私、また不安定になりそう……

兎に角不意の出来事に弱い私だ。
ちょっとしたことで、精神の均衡が傾いてマイナスに向かうと、それが長引き日常生活に支障をきたす。

シンシア

……大丈夫だよ
その時は、あたしが何があろうと涼を支えるから
孤独にしないし、不安にもさせない

シンシア

涼は独りじゃないよ
あたしもいるし妹さんもお姉さんもいる
そうでしょう?

…………

私は、独りじゃない?

それは、私にとっては非常に苛立つ言葉だった。
彼女はきっと、善意で言ってくれたのだ。
だが、私は彼女に言ってしまった。
身を挺してくれはシンディに、辛い言葉を。

私は孤独だよッ!
最初からッ!!

……その時、私の琴線がぶちりと切れてしまった。
この言葉だけは、言われたくなかったのに。
先生だって、気遣ってくれていたのに。
シンディは、そうやって軽々しく使うんだ。

シンシア

りょ、涼……?
えっ、あたし何か不味いこと言った?

そしてその事をわかってないシンディ。
結局彼女も意見が『普通』の人間と同じなんだ。
やっぱり、そうじゃないかっ!!

姉さんは私をいつも慰める!!
それで私は罪悪感しか感じないのに!

真白は機嫌が悪ければ八つ当たりする!
反撃することも許されないまま一方的に私は言われるだけ!!

シンディは頼んでもないのに勝手なことをして私を困らせるッ!!

これのどこが私を助けてくれるっていうの!?
苦しめているだけじゃない!

……言葉にしたら、止まらない。
呆然と隣で私を見上げるシンディに吐き出す私の胸の中にあったもやもや。
それは棘となって、シンディを傷つける。
でも、これは本当の私の気持ち。
言ってはいけないとずっと我慢してきた、私自身の心の声。

いつもそう!
私に向けられる視線は憐憫、同情……
私を対等に扱ってくれさえしない!
いつも上からの言動ばっか!!

「助けてあげよう」とか偉そうに!
私だってこれでも人間だッ!
出来損ないでも、人間だよッ!
「健常者」に見下される理由はないッ!

私がそこまで可哀想!?

「健常者」。
私が嘗て生きていた場所。
今では決して、戻れない場所。
ごくごく当たり前に、生きている人間。
求められる全てを満たせた人間。
私からすれば、それだけで生きていける可能性が広がる、幸せな人間。

分かったような口聞かないでッ!!
私とシンディが同じ人間な訳ない!

シンシア

…………ごめん……
失礼なこと言った……

シンディはそう言って謝る。
でもなんで私が怒っているかわかってない表情。

ほら、やっぱり。

同じ人として扱ってるなら相手の気持ちとか、感情とか理解できる。
なのに、シンディはわかってない。
これが答えだ。
私と周りにいる家族含めた「健常者」との違い。

人扱いしていない証拠。

同種として、近しい異種としか見ていない。
だから、分かろうとしもしない。
扱い方がわからないから、接し方も人じゃない何かという態度になる。

苦しいよ……
悲しいよ……

先生みたいに私を「人」として扱ってくれる人は何処にもいないの?
みんなこうなの?
私を見下して、出来損ない扱いして。
姉さんも、真白も。家族だって。
私のことを対等に扱ってくれないよ。
私とちゃんと「人」として扱ってくれる先生だけじゃない。

ねぇ。
これも私が悪いの?

私だって相手のこと考えていない。
利己的な考えだって。
お前が悪い。
お前が悪いって言うの?

ねぇ。
教えてよ。
何が悪いの?
私が人間扱いして欲しいなら、人間として振舞えっていうの?
振舞った結果がこれなのに?
私は出来損ない。
努力や根性で治せない、根本なことも。
全部私の怠慢? 逃げ?
やっぱり私が悪いの?

もういやだ……

ほら、みんな私を見下してくるよ。
可哀想な私を助けてあげるよって。
惨めな私を救ってあげるよって。
私はどこに行っても、見上げるしかないんだね。

もう……いやだ……
こんな世界も……人間も……
だったら……私だって……

シンシア

涼……?

死んでやる。

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