それは、とある日の昼休み。
青空の下で私が一人、昼ご飯を食べている時だった。
丁度、私は入口から影になっている場所で食べていた。

……?

最近は精神も安定していて、不調になることもない。
先生にあれこれ相談できるようになったおかげだ。
この日もそこそこ気分良く過ごしていたのだが。
私は気付いてしまった。
誰かが、内界と外界を隔てる柵によじ登っている。
こっそりと顔を出して確認すると。
知っていた顔の女の子が悲痛そうな顔で、じっと下を眺めている。

……弥生とかいう……

弥生

…………

最近特別教室に編入されてきた弥生という名前の一年生。
周りに壁を作って、学校に来ていなかった不登校の後輩だった。

……降りるかな

彼女は反り返ったフェンスの上に腰掛けて、ずっと下を見下ろしている。
屋上には、綺麗に履きそろえられた上履きと封筒。
ここから連想できることはひとつだ。
私でもわかる。

彼女……死ぬつもりか。

想像出来るのは、恐らく身投げ。投身自殺って奴だ。
ここはそれなりの高さがある。下は中庭。
落ちれば、タダでは済まない。
それが目的なのだろうが。

…………

私は自殺の現場に居合わせたかもしれないのに、冷静だった。
特別教室の生徒は、ある意味『普通』の人間よりも死に慣れている。
なにせ、自傷行為をする生徒も多い。
死を望む生徒は一般よりも多いのだ。
かくいう私も、死にたいと強く思うことはざらにあるわけで。
実際、行動には移さないけれど。

……どうする?

今ならまだ間に合うかもしれない。
でも、私には止める方法がない。
騒ぎながらポーズを決め、人集めをしないということは止めて欲しいんじゃない。
彼女は、本気で死ぬつもりだ。
それでも、既に半分巻き込まれているようなものだ。
面倒ごとは、やめて欲しい。

……仕方ないな……

ここで見てしまったモノは放置するとこっちにまで飛び火する。
一応、義務は果たしておくか。

そっから飛び降りても、死ねないよ

弥生

!?

私は、仕方なく姿を見せる。
そのまま、弥生に近づいて声をかける。
安易に死ぬなとか、思い止まれとか言うと逆効果。
こういう場合は、相手のことなんて気遣いはいらない。
自己中心になるぐらいしか、行動の理由が思いつかない。

やめてくんないかな
自殺とかして厄介事起こすの
私まで巻き込まれるじゃん

……せめて、場所変えてくれない?
他にも高いところがあるでしょ?

私は昼飯中というアピールをしながら彼女に近づく。
彼女は私に気がつかなかったようで、私を発見するやギロッと睨んだ。

弥生

あんたは確か……特別教室の

一応、先輩なんだけど
いきなりタメ口とはね

弥生

…………
すいません

年上だって気がつかなかったらしい。
やろうと思えば敬語も出来るのか。
なら、それでいい。
私は言いたいことを言う。

真昼間の学校で敢行すると阻止されるよ
人が多いからね

少なくても私に見つかってる
実行に移すなら、ある程度は時間と場所を絞っておいたほうがいいと思う

私がそう言うと、弥生は困ったように眉を顰める。
てっきり、死ぬなとか何とかと言われるかと思ったんだろう。

弥生

……私を止めないんですか、先輩?

別に?
死ぬ生きるは、勝手にしなよ
自分の生命は自分の都合で左右されるものだし

ただ、遺された連中の一部は、後々面倒なことに巻き込まれて死んだあなたを恨むと思うよ
世の中広いから
悲しむだけが全てじゃない

そこから発展されるであろう大小様々な問題を軽視して、今から死ぬ自分には関係ないと思って開き直りつつ、それでも死にたいなら他の場所でどうぞ?

因みに今すぐそこから飛び降りて死んだ場合は私はあなたを恨むよ
悲しみなんて一切湧かない、いい迷惑

弥生

…………勝手なことばっか言ってますね
普通は止めますよ?

正直な私の言い分を勝手と言う彼女に、私は鼻で笑った。

人様の前で死ぬあなたも相当勝手だよ
人のこと言えると思う?
ご飯の最中に目の前から縄なしバンジーしようとして食欲を奪ってるあなたが

だから場所変えてって言ってるの
迷惑だから

私が語彙を強めて言うと、彼女はガックリと項垂れて、フェンスから内界に飛びおりた。

弥生

…………何だろう
急にヤル気無くなっちゃった

ボソボソと小言を言いながら、封筒を懐にしまいこみ、上履きをはいた。

生憎と私は人様に何か言うほど高尚な人間でもなければ、アドバイス出来るほどの余裕のある人間でもないんで
素直に言わせてもらっただけだよ
死ぬ場合は私を巻き込まないでね

弥生

つくづく呆れた先輩ですね
何処までジコチューなんですか?

弥生の言う通り、私はジコチューだ。
そう見られても当然な生き方しかできない。

余裕ないんだから仕方ないじゃない
じゃなきゃあそこにはいないから

弥生

あー……特別教室の人でしたっけ
何か病気持ちですか?

気軽に聞いてくれるが、それはあそこの生徒なら誰もが隠したがる、禁句に等しい質問だった。
わりとズケズケとしている女の子だと思う。

地雷踏むようなマネはしない方がいいよ
その質問、あそこじゃ禁句だからね
察したほうがいい

弥生

……すいません、軽率でした
確かに察したほうがいいですね

……反省はしていない様子だが、素直に謝れる。
それは一つ、彼女のよいところだと思う。
なにせ特別教室、素直に謝れずにいつぞやの喧嘩のようになることなんてよくある話なのだ。
形だけでも謝れるのはプラスだ。

良い子だね、あなた
すぐに謝れるのはいいことだよ
反省しているかどうかは別として

弥生

思ってないこと言うのは得意なので

ついでに私と同じで口悪いね

弥生

よく言われます

……こうして少し話してみると、彼女はそこそこ話しやすいタイプのようだ。
まぁ、私も苦手な相手ではあるけど……。
この手の思ったことをすぐに言ったりする相手は特別教室では嫌われる。
気遣いできない相手は嫌いだとすぐに言うから。

弥生

先輩が意図して理由を聞かないようにしてくれるのが、すごく私は有難いです

興味ないからね、私

弥生

……余計な一言を言うんですね
黙っていれば印象良かったのに

……少しばかり、微笑む余裕は出てきたみたいだ。
私を見て苦笑している。
今死のうとしていた人間にしては、明るい反応。
理由を聞かれると思ったんだろう。
『普通』はそうだ。
だが私は『普通』じゃない。
異なる行動をしても、私は私だ。

興味ないから、誰にも言いふらすつもりもないよ
特にもならないことしても意味ないし

弥生

そういう無関心に言われると逆に信用できますね
……よろしくお願いします
内密にしてください

彼女は、頭を下げて私に頼み込む。
流石に、弱みを握られたとか思われても嫌だ。
だから、私は巻き込まないことともう一つのことを条件に出した。

弥生

やっぱりそうくるんですね……
何ですか、お金ですか?

途端、身構える弥生。
要求がお金って……俗物過ぎないか私。
私は肩を竦めて言った。

話し相手が欲しかったんだ
ちょっと付き合ってよ
ご飯分けるからさ

弥生

えっ……?
今、ここでですか?

ん、そう
私が居なくなったあとでここで死なれたら結局巻き込まれるし
いちおー見ておこうかなって

弥生

どこまで自分勝手な……
いいですけど、それぐらいなら

彼女に言った理由が本当のわけだ。
お昼云々は、建前。
保身の為に監視するのが一番。
私がいなくなったあとに死なれたら、同じことになるのはわかる。
それが嫌だから、阻止したに過ぎない。

弥生

これもらいます
それで、話ってなんです?
プライベートなことは嫌ですよ

……話よりも先にさ
正直、食いきれないから食べて欲しかったんだよね
パン持ってきすぎた

弥生

そういうことなら頂きます

弥生

っていうか、先輩私の名前知ってますか?

今頃か。そういえば、名乗ってなかった。
てっきり知っているかと思っていたんだけど。

私は涼っていうの
あなたの名前は知ってるよ
確か弥生さんだったよね?

弥生

はい、橘弥生(たちばなやよい)といいます
先輩は……あぁ、思い出した
倉敷(くらしき)先輩ですよね?

私のフルネームは倉敷涼という。
いつも涼、と名乗っているから苗字は使わない。

うん、涼でいいよ

弥生

いきなり名前は……
先輩でいいですか?
私は弥生で結構ですので

大丈夫だよ、弥生さん

弥生

そうですか、先輩
では、ご飯ご馳走になります

そういうや、彼女は凄い勢いでパンの袋を破いていく。
彼女の事情はどうでもいいし、取り敢えず巻き込まれないための措置なんだから。
弥生さんと認識を改めて、適当に話しながらその日は別れた。
一応面倒ごとは回避できた。
ミッション、コンプリート。

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