カンが戻らない

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

与兵

…………。

食事の支度を終えた与兵は、納屋の前まで来ました。

与兵

メシ、できたから
出てこい。

鶴太郎

まだ大丈夫。

中から聞こえた返事は、素っ気ないものでした。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

与兵

大丈夫って、何が?

鶴太郎

お腹空いてない。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

与兵

メシにつられない?

与兵

いつもはあんなに食い意地が張ってるのに。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

与兵

怪我もまだ完全に良くなったわけじゃないんだぞ。

与兵

吾助もあんまり無理するなって言ってるし。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

鶴太郎

もうちょっと。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

与兵

お前の好きなトン汁だぞ。
たくさん作ったから出てこい。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

鶴太郎

だからお腹空いてないんだってば。

与兵

…………。

与兵

……できればこれはやりたくなかったが。

与兵は唇を軽く噛みました。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

与兵

お前の顔が……
見たい。

声のトーンが変わりました。
いつもより、ほんの少し低くなって、早さもゆっくりです。

なんだか躊躇いのような、ドキっとする艶やかさがありました。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

与兵

声は聞いてるけど……
ずっと会ってないんだ。

ずっとというわけでもありません。
さっきは会ってました。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん

与兵

こんなに
近くにいるのに……。

辺りに切ない声が響きました。

とんからりん

とんからりん

とんからりん

とんからりん



とんからりん

与兵

お前のこと……
抱きしめたい……

とんからりん



とんからりん

とんからりん



はた織りの音が止まり、ドアの方へ近寄って来る小さな足音がします。

鶴太郎がドアを開けました。

鶴太郎

…………。

そぉっと顔を出して、与兵を見上げます。

与兵

出てきたか。

ものすごいしかめ面をしていました。
いままでに見たことがないくらいのしかめ面です。

鶴太郎

…………。

鶴太郎は不思議そうな顔をして与兵を見ます。

鶴太郎

扉の向こうで聞いた言葉と今のテンションが合ってないんだけど……。

すごい仏頂面をしています。

与兵

吾助が籠城した時に、
あれ言うと出てくるんだよ。

鶴太郎

籠城……?

鶴太郎は首を傾げます。

与兵

小さい頃にやっていた遊びだ。
部屋に閉じこもって、相手が出てくるまでいろいろ言う……。

与兵は悔しそうに言いました。

けれど、与兵は閉じこもらないので、というか閉じこもっても吾助が放置するので、吾助が閉じこもって、与兵が外からいろいろなことを言うものでした。

与兵にとっては、あまり楽しい記憶ではありません。

与兵

あいつはもっと過激なことを言わないとダメだけど……。

与兵

俺がこういうの苦手なのわかってて言わせるんだよな……。

与兵にそれを言われることがたまらないことは、与兵は知りません。

鶴太郎

吾助……。

鶴太郎

…………。

鶴太郎

やっぱまだ織る。

鶴太郎はドアを閉めようとしました。
与兵はドアに足をはさみ、閉めさせようとしません。

鶴太郎

ん……。

鶴太郎は、それでも閉めようとします。

与兵

行くなよ。

与兵はドアを押さえ、鶴太郎を抱き上げるように優しく引っ張り出すと、背中から抱きしめました。

与兵

せっかくお前の顔、
見れたのに……。

鶴太郎

…………。

鶴太郎

ねえ……。

与兵

あ?

鶴太郎

吾助にもこうやってハグするの?

与兵

ばーか。

鶴太郎

ぷぅ。

与兵は鶴太郎をぎゅっと抱きしめます。

与兵

するわけねーだろ。

優しく言いました。

鶴太郎

…………。

鶴太郎は戻るのをやめました。

与兵

はた織り、
できたのか?

顔を上げ、抱きしめたまま聞きます。
荷物が邪魔で、はた織り機は見えません。

鶴太郎

まだ……。
なんか、カンが戻んないんだ。

与兵

見せ……

鶴太郎

ダメ。

鶴太郎は与兵から離れ、急いでドアを閉めました。

与兵

え?

そしてポケットから南京錠を出します。

与兵がぼーっとしていると、ドアが開かないようにしてしまいました。

与兵

それ……。

鶴太郎

中にあった。

与兵

え?

鶴太郎

見たら与兵でも許さないからね。

与兵

なんでこんなに隠すんだ?

ふと見ると、鶴太郎の首のリボンがほどけかかっています。

与兵

リボン……。

鶴太郎

ん?

与兵

直してやる。

鶴太郎

うん。

鶴太郎は、細い首を与兵に向けます。

与兵

あれ?
朝と服の着方が違う……。

起きたときに与兵が着替えさせますが、その時と微妙に違っています。

与兵

まさか……。
脱いで織ってる?

与兵の脳裏にこの姿が浮かびました。

与兵

ホントにこんな感じで織ってたりして……。

与兵

見たい……。

与兵は強く思いました。

鶴太郎

与兵?
できた?

鶴太郎の声で我に返りました。

与兵

ああ。
できたぞ。

与兵

かわいいぞ。

なんだか与兵の愛想がいいです。
口元に笑みを浮かべると、元々いい男ですが、とってもいい男になります。

鶴太郎

…………。

与兵

トン汁もできてるから戻ろう。

そう言って鶴太郎の手を握ります。

鶴太郎

やっぱりお腹減ってたみたい。食べたくなってきた。

与兵

そうか。

鶴太郎に合わせて、ゆっくりと歩き出しました

鶴太郎

へへっ

与兵の腕に反対の手も添えて、まだ力が入らない足で歩きます。

鶴太郎

与兵、大好き。

与兵

俺もだ。

鶴太郎

……。

いつもの与兵っぽくありません。

鶴太郎

与兵、
今晩、しよっ。

与兵

そうだな。

与兵はニコニコと答えます。

鶴太郎

怒んないわけ?

与兵

どんな織り方してるのか、ものすごく気になる……。

それを考えていたので、上の空で答えていました。

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