クロノ

はぁ……はぁ……
流石に、道がきついですね……

未整備の山道を只管歩く一行。
クロノからすれば、こんな長距離を歩くことになるとは思わなかった。
既に出発してから、休憩なしに三時間程歩いている。
五月にしては暑い昼間を歩くのは中々に過酷。
そもそも、インドアの引き篭り体質のクロノは体力がない。
この時点で疲れが見えていた。

スリッ・ポー

新人、大丈夫か?
あまり無理をするな

スリッ・ポー

無理もない
俺達と比べるのは余りにも酷なことだ
この俺が手を貸そうか?

ミスターアンゴーラ

スリッポン
クロノはタダでさえ初参加だ
色々緊張していることもあるんだろう
助けてやってくれ

スリッ・ポー

当然だな
苦楽を共にする同志に手を差しのべるのは当たり前だ
そしてスリッポンではない
俺がスリ・ッポーだ

そう言って、疲れてぜーぜー言っているクロノを断りを入れずにひょいと背負ってしまう。
気恥しいが、それ以前にこの程度で息が上がっている自分の方が情けない。
相手はセクハラではなく、親切でやってくれているのだ。
ここは好意に甘えるとしよう。

クロノ

すいません……初対面でこのような……

スリッ・ポー

謝罪などいらん
何故なら俺は当然のことをしているだけ
親切に謝罪をする奴がどこにいる

クロノ

あっ……えと……
ありがとうございます……

成程。
そんなことよりも、言うことがあるだろうとこの人は言いたいらしい。
クロノは、背負われながらお礼を言った。
謝ることより、まずは感謝だ。

スリッ・ポー

そうだ、それでいい
新人、お前は先ず礼を言えるようにしておけ
感謝を忘れた人間はろくな奴じゃない

スリッ・ポー

助けられたらまずは礼を言う
最低限の礼儀であり、人との繋がりにおいては基本でありながら案外見落としがちになる重要な一点
そこを押さえておけば円滑に人間関係を進められる

スリッ・ポー

ゆめゆめ忘れるな
礼を言うことは、とても大切だ

この人は真っ直ぐだ。
SNSでも、中二病のような言動だったが、礼儀正しく振舞っていた。
リアルであっても、それは変わらない。

クロノ

はい、肝に銘じておきます

クロノはその教訓を、胸に刻んだ。
その様子を見てパンをかじっていた紅茶が微笑む。

紅茶

良いこと言うじゃん、スリッポン
あんた言動アレだけど、言ってることは正論なんだよね

紅茶がぽんぽん、と彼の肩を気さくに叩く。
そっぽをむいて、スリッポンは言う。

スリッ・ポー

ふんっ……
お前に言われたくないな、焙じ茶

紅茶

だからわたしは紅茶だっての……

二人がそんな漫才をしている。
目的地まではまだそれなりにあるらしい。

ミスターアンゴーラ

今のうちに噂の再確認だ
なんでも、その洋館は元々第二次世界大戦の時に作られたらしくてな
ヤバイ学者が兵器を開発していたらしい

ミスターアンゴーラ

ABC兵器の一種だったという一説もある
開発施設として使われていたのが時代の流れで放棄されてそのままになっているんだとさ

ロボタリアン

オソラク、タイリョウハカイヘイキノイッシュカトオモワレマス

成程、曰くつきの物件ということか。
それらしい話を聞いて、ぶるりと震え上がるクロノ。
何かがいてもおかしくはない。
同時に面白そうという興味も湧いてくる。

チェシャ

にゃははははっ!!
何が出てきてもうちの敵じゃないある!

ストレア

どうかしらね?
相手は元々戦争用の玩具よ
油断していたら、こちらが汚染される可能性だって否定できないと思うけど?

……あれ、なんか人が減って猫が増えているぞ?
しかも喋ってるぞあの猫。
チェシャの足元でクスクス上品に笑ってるぞ?
何だあの毛並みの綺麗なキャット。

クロノ

……スリッ・ポーさん
あの猫は……なんです?
っていうか、ストレアさんは?

スリッ・ポー

気にすることはない
ストレアはあいつで、猫もあいつだ
一種のアンノウン・マジカル・アニマルという不思議生物なのでな
略してUMAだ

クロノ

……ミステリアスじゃなくて?

スリッ・ポー

未確認じゃないからな
確認できてるし、奴はミステリアスというよりはマジカルな生物だ
頭文字も変化しないから問題ない

クロノ

そうですか……

つまりなんなんだあの猫?
ミステリアスじゃなくてマジカル?
……魔法少女とかそのへんかアレ。
もうどうでもいい。
ツッコミを入れるだけ疲れる。
受け入れよう。
オカルト研究部にオカルトがいてもおかしくない。
そういうことで。

紅茶

細かいこと気にしてたら胃痛起こすよ?
大体、わたしたちは普通じゃないからさ
あそこにいるのは大体こんなんばっかだって

クロノ

えっ、じゃあ紅茶さんたちも?

聞捨てならないことを言う彼女に問う。
どうだろうね? とお茶を濁してしまう紅茶。

スリッ・ポー

新人
俺達は元よりそういう存在
一々気にかけると疲れるだけだ
軽く流しておけばいい

クロノ

えぇー……

なんて理不尽な。
初めてのオフ会で人間枠が自分だけだというのか。
明らか普通じゃないダブルキャットにロボにうさぎ。
インパクトだけならこちらの方が余程オカルトだろうに。

ミスターアンゴーラ

さぁ、雑談はそのへんにしておけ
……見えてきたぞ、件の洋館だ

うさぎが示す方には、薄汚れている廃墟が静かに佇んでいた。
これが……例の物件。
早速、彼らは中に入った。

中に入ってまず驚いたのが、廃墟のはずなのに電気が通じていること。
更にはばたん、とかいって入ってきたドアが自動でしまって開かない。
鍵でもかかってしまっているのか、びくともしない。
完全に閉じ込められた。
玄関ホールと思われる場所で、早速パニックを起こすクロノ。
入っただけで怪奇現象に見舞われた。

ミスターアンゴーラ

ほぉ、歓迎されているようじゃねえか
おもしれえェ……
よくあることだ、気にするなクロノ

クロノ

何で平気なのっ!?
これ怪奇現象ッ!!
異常事態ッ!!

スリッポンの背中から降りた彼女は必死に伝えるが。
その思いは通じなかった。

ロボタリアン

ヨクアルコトデスヨ?

チェシャ

あーてない、あーてない

スリッ・ポー

取り乱すな
俺達は検証に来たんだろう?
なら事実だった、それだけだ

紅茶

大丈夫大丈夫
しにゃーしないよ

ストレア

多分だけどね

周りは慣れているようで、平然としている。
むしろ慌てているクロノが間違っているような。
しかもこの猫、多分とか言いやがった!!

クロノ

えぇー……
私が間違ってるんですか……?

冷静な周囲のおかげで、沸騰していた頭も冷える。
……一人だけ騒ぐのが馬鹿らしくなってきた。

ミスターアンゴーラ

出ようと思えばいつでも出られる
施錠されようがぶち壊せば問題あるまい

ロボタリアン

ドアノハカイハ、オマカセクダサイ

しかも壊すとか言ってるこのロボとうさぎ。
……恐らく、本気で壊すのだろう。
どうなっても知らない、とクロノは無関係を決め込む。
一行は奥に進むと、本気の怪異に腰の引けているクロノを連れて進んでいく……。

一行はホールから、手近にあった通路を進み、奥へと足を運ぶ。
すると、洋館のなかとは思えない空間に出た。
これは……作りからして、大聖堂だろうか?

紅茶

へぇ……
元軍備施設にしては珍しい

頭の後ろで手を組んで天井を見上げる紅茶。
ガタガタしているクロノを連れ、彼らは周囲を見物したり調べたり開始。
勝手にいじらない方が、と心配する彼女だが。
その心配が、違う形で形となった。

不意に、嫌な音がする。
青ざめた顔でそっちを見るクロノ。
……まさかのものがいた。

何か、いた。
すごい腐臭を撒き散らしながら、足を引きずって、こっちに近づいてくる、女子高生……?
いや、何か怪我しているし、呻き声だしてるし、血涙してるし見るからに危険な雰囲気だけど。

クロノ

!?

それが何体も何処からか大聖堂に入り込み、迫ってくる。
発見したクロノが腰を抜かして絶句する。
近くにいた紅茶の足を掴んで、その方向を指さす。
紅茶も気付いて、そっちを見る。

紅茶

んっ?
どしたのクロノさん?
って、あれ?
わたしたちの他にも誰かいたんだ……?

紅茶

……なにあれ?

ロボタリアン

ゾンビノヨウデスネ

チェシャ

生臭いから多分そうあるね
クサイね、ほんとクサイ

ストレア

生物兵器ってそういうことだったの
こんなのがまだ中にはいたみたいね
遠くから音がしていたもの

スリッ・ポー

どうする?
管理人殿

ミスターアンゴーラ

よし、取り敢えず潰すか
ストレア、チェシャ
出番だぞ
今回は初手を譲ってやる

……何で慌てないんだこいつら。
っていうか、戦う気満々なんですけど。
どうやって戦うんですか、ちょっと聞いてます?
クロノの中でツッコミが連発する。

ストレア

そういうことならオッケー
久々に暴れさせてもらうわよ
誰も邪魔しないでよ
愉しみにしていたんだから
全員……八つ裂きにしてあげるわ

変な音と煙が出たと思ったら、ストレアが人型になって長い爪を出して狩猟者特有の嗜虐的笑みを浮かべていた。

チェシャ

にゃははははははっ!!
ここはうちとストレアに任せてある!!

チェシャ

全員……ぶち殺す……
ハラワタ、ぶちまけてやる……

……ちょ、ダブルキャットが怖い笑顔でゾンビに向かって行くんですけど。
誰も止めない。肩を竦める。
さくっとゾンビって断定したよね!?
見た目で判断したでしょロボ!! 
っていうか、アレが例の生物兵器ですか!? 
何で誰も驚かないの!?
今目の前に新たな怪奇があるのに!!
っていうか止めてよ二人のこと嗾けてないで!

ミスターアンゴーラ

あぁ、終わったなゾンビ

スリッ・ポー

終わったな

ロボタリアン

シュウリョウノオシラセデス

紅茶

クロノさんは見ないほうがいいよ
グロいから

……終わった? 始まる前から?
何をトオイメをしている。
っていうか、グロい?
なぜ、顔を無理やり背け――

クロノ

!?

強引に、紅茶に顔を背けられた。
途端、背後で凄まじい耳障りな音と絶叫。
断末魔、というやつだろうか。
おぞましい音がした。それがしばらく続く。
そして、そのままカップ麺ができるほどの時間が経過した。

ストレア

おわったわよー

チェシャ

にゃははははははっ!!
弱い弱い!! よゆーよゆー!!

二人がそんなことを言いながら戻ってきた。
……ぱっと見二人にケガは、なさそうのだが……。
それに、クロノは気づいてしまう。

クロノ

ひぃっ!!

二人の歩いてきたを追うように、血痕が生々しく垂れていた。
見れば長い爪が、真っ赤に染まっている。

で、更にその後ろには惨たらしい血の海が広がっており、そこにさきほどのゾンビJKが頭から血を流して倒れている。辛うじてカタチは保っている。
……というかあれだけいたゾンビ(仮)が、全滅していた。
全部宣言通り、八つ裂きにされて見るも無残なミンチにされているではないか。

ストレア

あースッキリした……

ストレア

満足満足♪
やっぱたまには生肉切り刻まないとねぇ

チェシャ

うちはまだたらなーいっ!!
もっといないの生肉ぅー!!

…………生物兵器を、ぶつ切りにしたのかこの二人。
血塗れの手を舐めたり払ったりしているけど……。

紅茶

言ったでしょ、グロいって
この二人ああいうの大好きだからさ……

ロボタリアン

Bキュースプラッタデスネェ……

呆れたように言う二人だが、目を丸くする以外にクロノはどうしようもない。
絶句するクロノに、当人達はというと。

ストレア

人間さんにはちょっとキツかったかもね
でもあたし達の本性って、猫だから
猫って結構残酷なのよ

チェシャ

弱いものいじめ大好きっ!!

ストレア

兎に角、ごめんなさいね
ピンチを乗り切るためとはいえ、グロテスクな方法をとって

チェシャ

にゃはははっ!!
次はもっときをつけるある!

気遣ってくれるのは嬉しいけど……あれはひどい。
他の人たちは全く慣れっこで次に行こうとか何事もなかったように振舞ってるし。
……すごいメンツときてしまったものだ。

クロノ

……人間が……私しかいない……っ!?

何を今更である。
クロノが静かに戦慄する中、動けない彼女をスリッポンがまた背負って進んでいく。
彼女の恐怖体験は、まだ始まったばかりだ。
……感じる相手が味方なのだが。

VSゾンビ     でも味方の方が怖い

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