ノリのいいマサヒロと鏡花ちゃんと一緒に部室を飛び出した私が最初に目指した場所、それは先生がいるであろう屋上だった。
ノリのいいマサヒロと鏡花ちゃんと一緒に部室を飛び出した私が最初に目指した場所、それは先生がいるであろう屋上だった。
なぜ屋上なのかといえば単純な推理なのだけど、放課後になった直後に教室を飛び出した先生は階段を上ったのだ。
これでまず、先生の行き先候補から、部室や昇降口、学校の外などの私と先生の教室から下にある場所が消える。
もちろん、先生のフェイントという可能性もあるかもしれないが、あれだけ急いで飛び出していったし、先生は私たちが先生を尾行することなんて知らないのだから、フェイントを挟む意味もないから、その推理は却下できる。
さて、残った選択肢の中で、私たちの教室の上の階にある空き教室を候補から外した理由も簡単だ。
確かに空き教室は人気がないという意味では使いやすいかもしれないけど、隣や近くには生徒が使う特別教室などもあるのだから、空き教室に入るまでに人目についてしまう。
加えて、空き教室の不正利用を防ぐため、普段は施錠されて鍵は職員室で厳しく管理されているのだ。つまり、意外に秘密の邂逅には向いていないのだ。
そんなわけで残された選択肢は、誰もが自由に出入りできて、かつ放課後になれば人目につきにくい屋上にしぼられるというわけだ。
先生には負けるけれど、私だってこのくらいの推理はできる。
そんなことを考えている間にもどんどんと足は動き、気がつけば目の前に屋上へ続く扉が現れた。
ごくり、と誰かがのどを鳴らすのを聞きながら、私は音をたてないように気をつけながらゆっくりと扉を少しだけ押し開いて、その隙間から屋上を見回す。
けれど、わずかな隙間から見える範囲に先生の姿はない。
まさか推理が外れたのかとも一瞬考えたけど、そんなことはあり得ないと首を振る。
先生には及ばないとはいえ、私も一端の探偵だ。このくらいの推理を外すわけがない。
そう考え直して、今度は扉を大きく開き、できた隙間から身を滑り込ませてできるだけ気配を消しながら屋上へ出る。
私の後ろに続く二人も同じように屋上へ出たことを確認してから、そっと回りを確認して飛び込んできた光景に、私は思わず息を呑んだ。
そこには、私の推理通りに先生がいた。それはいい。
けど、何であの女――怪盗ソルシエールの事件のときにいた依頼者の、名前は確か大久保ルル――がいるというのだ。
屋上、一組の男女、放課後。
そんな単語の羅列から、私は一つのシチュエーションを思い浮かべてしまい、軽く頭を振る。
そうだ……
先生は個人宛の依頼だって言ってたじゃない……
そんなことあるわけない……
というか私……
なんでそんなことを気にしてるんだろ……?
ふとそんなことを思いながら成り行きを見守っていると、先生と大久保ルルは向かい合いながら何かを話しているようだ。
けど、ここからは遠くて会話の内容までは聞こえない。
とそこへ、私の横から状況を覗き込んでいたマサヒロのバカが小声で囁いてきた。
なんだかいい雰囲気っすね……
依頼と言うよりあの彼女が先生に告白してるように見えるっす!
先生もまんざらじゃなさそうだし……!
もしかしてこれは……!
鼻息荒く報告するマサヒロと、彼に釣られる形で興奮したように喋る鏡花ちゃんを軽く小突こうとした矢先に、マサヒロが体を乗り出してさらに覗き込む。
おお!
女の子が先生に何か紙を渡しましたよ!?
ぜひこれを読んでくださいって!?
きゃ~~~~~!
ますます興奮する二人を、今度こそ小突いてから、私は二人を物陰に引っ張り込む。
二人とも!
馬鹿なこと言ってないで隠れるわよ!
先生たちがこっちに向かってる!
先生に気付かれないように二人の口を塞いでるせいか、二人がむーむー言いながらもがいてるけど、そんなものは無視だ。
そうしているうちにも先生とあの女――大久保ルルは二人仲良く屋上を出て行き、扉が閉められる。
それを確認して二人の口を塞いでいた手を離すと、同時に二人から文句が飛び出るが、やっぱりそんなものは無視だ。
あんたたち……
そんなところで文句垂れ流してないで、さっさと先生たちを尾行するわよ!
そして私たちは、先生を追って学校を飛び出した。
……………………
…………あの……奈緒さん……
…………ねぇ、奈緒ちゃん……
何よ……二人して……
というか、今は尾行中なんだから集中しなさいよ……
いやぁ……
というか俺ら………………
なんだか凄くお邪魔虫な気がしてきた……
どこかげんなりとしながら二人が言うのも無理はないと思う。
今、私たちは商店街にいて、私たちの目の前では学校帰りに普通にデートする男女にしか見えない構図が展開されていたのだから。
学校を出てからもずっと一緒の大久保ルルは、先生の腕に抱きつきながら、通り過ぎていくクレープ屋や肉屋を指差しながら、ものすごく楽しそうに話しかけているし、先生は先生で、そんな彼女に困った顔をしながらも、彼女に歩調を合わせてゆっくりと歩いていた。
そんな、一見して完全に学校帰りにデートを楽しむ男女にしか見えない光景だけど、私にはなぜかそうは見えなかった。
先生から、浮いた話を一切聞かないというのもあるし、真面目な先生が部活を放り出して女子とデートを楽しむなんて器用な真似ができるはずがないのだ。
それに何より、先生から漂う空気がデートのそれとは違う気がする。
……いや、まぁ私も誰かとデートしたことがあるわけじゃないから分からないけど!
そんなことを考えていると、マサヒロが突然声を上げた。
あっ!
先生とあの女子が……!
その声に、慌てて視線を前に向けると、突然、先生と大久保ルルが進路を商店街のわき道に変えた。
追うわよ!
すぐさま隠れていた看板から飛び出し、先生たちが踏み入れたわき道へ飛び込むけれど、そこには先生たちの姿はなかった。
……あれ?
消えた?
きょろきょろと周りを見回す二人と同じように私も困惑しながら、慌てて周りを探し始めるが、若いスーツの男と、くたびれたパーカーを着た眼鏡の男が宝石店のほうへ歩いていくだけで、やはり先生の姿はどこにもなかった。
まさに、マサヒロの言うとおり消えたとしか思えないが、そんな馬鹿なと首を振る。
人がいきなり消えるだなんて、そんなことはありえないわ……
何かしらのトリックを使ったに決まってる……
探すわよ!
うす……
俺もどうやって先生が消えたのかきになるっすから……
私も気になります!
ようやくやる気を出した部員二人と共に、私は先生の姿を求めて、商店街中を探すことにした。
それから大分時間が経ち、そろそろ当たりも暗くなり始めようかと言う時間になっても一向に先生の姿を捉えることができなかった私たちは、一度先生を見失った地点に集合する。
こっちは駄目だったわ……
俺のほうも空振りでした……
私も駄目だった……
私と同じように肩を落とす二人と共にため息をつき、一体どこへ行ったのかと顔を上げたその直後だった。
……っ!?
いた!!
宝石店から出て学校のほうへと歩いていく先生を、ついに見つけた。
何故宝石店?という疑問をとりあえず頭の片隅に吹っ飛ばして、私は急いで走りだす。
そしてやっと先生に追いついた私は、そのまま声をかけた。
やっと見つけましたよ、先生!
奈緒!?
それに皆も!?
驚く先生にここにいる理由を問うと、つい先ほど先生たちが出てきた宝石店で、数日前に起こった強盗殺人事件を解決してきたらしい。
そういわれて初めて、私はそういえばそんなことがあったと思い出す。
なんだ……そういうことだったんですね……
それで?
一体どんな事件でどう解決したんですか?
教えてください!!
そうして私たちは、雑踏で賑わう商店街を歩きながら、先生から事件のあらましをききつつ学校へ戻っていった。
ちなみに、後で先生に商店街にいた理由を聞かれて凄く慌てた挙句、咄嗟に誤魔化そうとして結局嘘がばれて呆れられてしまったのはまた別の話だ。