先生が怪盗ソルシエールの犯行を阻止してからそれなりの時間が経過した。
先生が怪盗ソルシエールの犯行を阻止してからそれなりの時間が経過した。
先生と私たち探偵部の名前はますます有名になっていったけど、世の中そう簡単に事件が起きることもない。
そんなことは、いくら事件を求めている私でもわかっている。
だから特に依頼があるわけでもなかったこの日は、部員の誰かが持ち込んできたトランプで、大富豪やポーカーをやりながら時間をつぶしていた。
むぅ……とりあえずコールで……
先生が、悩みながらも紙で作ったチップを前に出す。
けど、私にはわかる。あの先生の顔は、最低の手ではないけど良い手でもない中途半端なときの顔だ。
それに対して、私の手はそれなりに上等なもの。この手に勝てる役は限られていて、先生やマサヒロの様子を見る限りでは、その勝てる役を用意できていない。
だから私は、自信を持ってチップを前に出した。
それじゃ、私は10をレイズしますね!
うえっ!?
俺はもうついていけないっす
フォールドします
情けない声をあげてマサヒロが下り、鏡花ちゃんが先生に訊く。
先生はどうします?
むむむ……
奈緒の今までの様子からするとブラフの可能性もあるし……
自分の手札と私を何度も見比べながら先生が悩むのをみながら、私は内心でここまでの作戦がうまく機能していることを理解する。
そう、私はここに至るまでに何度もブラフを重ねることで、相手――特に先生へ、私はブラフをよく使うというイメージを植え込んだのだ。
そんな私の内情を知ってか知らずか、先生は意を決したように自分のチップをさらに追加した。
よし乗った、ここはコールだ!
それじゃ、私もコールでお願い
互いに勝負することを伝えると、ディーラー役の鏡花ちゃんが場を仕切る。
それじゃオープンします
奈緒ちゃんはキングのスリーカード……
先生は10と8のツーペアで……
奈緒ちゃんの勝利ですね
まけた~!
えっへっへ~
また勝ちましたよ、先生!
手札を投げ出して机に突っ伏す先生と、チップを大量に手元に引き寄せる私。
きっと、マサヒロや鏡花ちゃんたちは容赦がないとか思ってるんだろうけど、いくらお遊びとはいえ、勝負は勝負。
ジュースを奢る程度の賭けとはいえ、それでも全力を出すのが私だ。
そんなことを頭の端に思い浮かべながら、次はどうしようかと考えていると、先生がため息をついた。
どうも僕はポーカーが弱いみたいだね……
弱い、と言うよりも、先生は全体的に隠し事が苦手らしく、心がそのまま感情とか顔に出てしまうのだ。
まぁ、それが先生の魅力だと思うし、先生が隠し事が多くなって秘密だらけになってしまったら、それはそれで嫌だ。
そんなことを部員全員で伝えていると、先生が憤慨したように頬を膨らませた。
……どうして?
そうこうしているうちに、部活の終了を知らせるチャイムがスピーカーから聞こえ、部活を終えた生徒たちに混じって私たちも帰宅する。
そういえば、ちょっと前――例の指輪喪失事件が起こるまでは、先生のこともただのクラスメイトとしか見えてなかったし、こうしてたまたま帰り道が一緒に先生と、並んで商店街や住宅街を歩くなんてことも考えもしなかった。
それが今では、当たり前のように毎日の放課後を部室で皆で過ごし、部活が終わればこうして先生と肩を並べて歩くのだ。
人の縁と言うのは、とかく不思議なものだと思う。
その翌日、私がいつも通り学校に行くと、なぜか、先生は朝からずっとそわそわとしながら過ごしていた。
何かある、そう直感した私はとりあえずストレートに話を聞いてみることにした。
先生、朝からずっとそわそわしてますけど、何か心配事ですか?
もしかして、テストで悪い点数を取ったとか?
いやぁ……
テストはいつも通り普通だったよ……
ただ、ちょっと僕個人宛に事件の依頼が来たからどうしようかと……
依頼!?
依頼と聞いたら黙っていられない。
それが例え、先生個人に依頼された事件――いや、むしろ先生個人に宛てられた事件だからこそ、私は食いつく。
何せ、私が惚れこんだ推理力を持つ先生が担当する事件だ。
そばで見て、勉強したいと思うのは弟子として当たり前と言うものだ。
だから是非手伝わせて欲しいと頼み込んだのだけれど、先生はあくまで自分個人に宛てられた依頼だからと断った。
結局、先生に説得される形でしぶしぶその場は引き下がったけれど、どうもおかしい。
ただ個人的に頼まれた依頼と言うだけなら、あそこまで必死に隠さなくてもいいと思う……。
これはなにかある。
そう直感した私は、先生の行動を見張ることを決めた。
そしてその日の放課後。
ホームルームが終わると同時にどこかへダッシュで消えていった先生を見送り、私がひとまず部室へ顔を出すと、そこには案の定と言うべきか、部活仲間のマサヒロと鏡花さんがすでに来ていた。
お疲れ様っす
今日も一日お疲れ様
あなたたちもね
一通り、いつも通りの挨拶を交わした後、早速私は本題を切り出した。
先生は今日、何か個人的に依頼を受けたとかで、ホームルームが終わると同時にどこかへ行ったわ……
そうなんですか、と肩を落とすマサヒロ。
どうやら置いていかれたのが悲しいらしい。
それを見て、私はにやりと笑いながら切り出す。
そこで物は相談なんだけど……
二人とも……
先生の後を尾けてみない?
はあ?と首を傾げる二人に私は言う。
先生個人に依頼を出すだなんて、よっぽどの事件だと思うの……
一探偵として気になるし、弟子としても先生の近くで、先生の推理を勉強したい……
という建前は置いておいて、先生は何かを隠してる……
それが単純に気になるの……
だから今日の部活の内容は探偵としての尾行術を磨く、ということでどう?
それは面白そうっすね!
私も先生が普段どうしてるのか気になりますね!
流石は探偵部の二人。
私と同じように、倫理よりも興味を優先する人種だ。
それじゃ、二人とも……
早速行くわよ!
「おー!」というノリのいい返事と共に、私たちは先生を追いかけて部室を出た。