自身の思わぬ失態で洸汰に正体をバラしてしまったカレンは、頭を抱えながらちらりと足もとの黒ネコ――使い魔のクロエに目を向ける。
が、クロエは小さくため息をついた後、我関せずとばかりに目の前でちょろちょろするトカゲを追いかけまわし始めた。

そんなクロエに怨みがましい視線を送りこんだカレンは、とりあえず洸汰が抱える男の子にけががないことを確認すると、突然洸汰の腕を取り、ついでとばかりに足元でトカゲと戯れる使い魔の首根っこをひっつかむと、そのまま彼らを人気のない路地裏に引っ張り込んだ。

あまりに唐突な事態にぽかんとする洸汰をよそに、カレンはかがんで黒ネコに小さく呟く。

カレン

今からアレやっちゃうから、クロエは人払いをお願い……


にゃ~、と面倒くさそに鳴いたクロエは、一瞬だけ洸汰に目を向けたあと、そのまますたすたとどこかへ立ち去っていった。
そのクロエを見送ったカレンが目を閉じる。

カレン

трансфармацыя


洸汰には理解できない言葉で何かを呟いた直後、カレンの足もとに魔法陣が現れ、その魔法陣から光が迸ったかと思うと、次の瞬間には魔法少女の姿になっていた。

洸汰

こんな風に変身するんだ……


そんな場違いな感想を抱く洸汰へ、変身したカレンはどこかすまなさそうに眉根を寄せる。

カレン

本当はこんなことしたくないんだけど……
ごめんなさい……


言いながら洸汰へ向って掌を突きつけ、呪文を唱え始める。

カレン

святло, Адымеце памяць……


再び洸汰には理解できない言語が紡がれ、同時にカレンの掌にぼんやりと光が集まり始めたのをみて、洸汰は大いに慌てた。

洸汰

ちょ……ちょっと待って!?
いったい何を……!?

カレン

何をって……
あなたの記憶を消そうとしたんだけど?

洸汰

いや、そんな「何をあたりまえなことを?」的な感じで言われても僕は魔法使いじゃないからわからないよ?
というか、そもそも記憶を消すってどういうことさ?

カレン

どういうことって……
一般人のあなたに私が魔法使いだってバレちゃったから、記憶を消さないと……
魔法管理協会に私が怒られちゃうし……

洸汰

うん、魔法使いだってバラしたのはマルヴェンスさんだからね?

カレン

……そういえば
……まぁ、いいや
消しちゃえばどっちでもいいし


妙案を思い付いたとばかりにぽんと手を打ち、再び呪文を唱えようとするカレンを洸汰は必死に止める。

洸汰

だからちょっと待ってってば!
いくらなんでも記憶を消されるとかいやだよ!?

カレン

なぜ?

洸汰

なぜって……
そりゃ、自分の記憶を弄られるのは誰だっていやだろ?

カレン

その辺は大丈夫……
記憶を消されれば、自分が記憶を消されたことすら覚えてないから……

カレン

それに私が消すのは魔法に関する記憶だけだから……
日常生活にはなんら支障はない……
安心していいよ?

洸汰

いや……そういうことじゃなくて……

洸汰

駄目だこの子……
意外に天然だ……

洸汰が深くため息をつき、それを諦めたと取ったのか、カレンが手を突き出しながら三度呪文を唱えようとしたときだった。

カレン

…………っ!?
この気配は……!

突然、カレンが何かに気付いたように顔を上げて中空を睨み、同時に路地裏の出入り口にいたはずの使い魔クロエが駆け戻ってきた。

クロエ

カレン!
大変だニャ!
敵が近づいてくるニャ!

カレン

分かってる!
クロエ、念のために人払いの結界を!!

クロエ

了解ニャ!

急にカレンとクロエが慌しい空気を纏い始める。

洸汰

え……ちょ……
一体何が……!?

状況についていけない洸汰が困惑の声を上げるが、一人と一匹はそれを無視する。

クロエ

にゃう~~~~~~~!

クロエが高く鳴いた直後、その小さな体を中心に魔法陣が展開し、そこから溢れた光がわけが分からないままぼけっとしていた洸汰ごと飲み込んでいく。

そして気がつけば、洸汰は色を失った世界にいた。

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