転校初日の昼休み。
屋上で一人晴れ渡る空をぼんやりと眺めながら、カレンはふぅ、と息をつく。
転校初日の昼休み。
屋上で一人晴れ渡る空をぼんやりと眺めながら、カレンはふぅ、と息をつく。
日本の学生はどうしてあんなに私を珍しがるんだろう……
それは、日本では留学生は珍しい上に、カレンみたいニャかわいいおんニャの子がだったからニャ……
日本はよくも悪くも、まだまだ海外に対して閉鎖的だニャ……
外国人というだけでどうしても目立ってしまうものニャ……
いつの間にか自分の肩に乗っていた黒ネコの返答に、カレンは驚くどころか苦笑を向けながら喉を撫でる。
ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らしながら目を細める黒ネコに、携帯している猫のおやつを与えながら、カレンは再び空を見上げた。
私としてはあまり目立ちたくないんだけどなぁ……
まぁ……でも目的のためには仕方ないかな……
そんニャことより、どうするつもりニャ?
どうって何が?
あの小僧のことニャ……
わざわざ魔法を使ってあの小僧のクラスに転入したんニャ……
やっぱりやるつもりニャんだニャ?
うん……
巻き込んでしまった彼には申し訳ないけど……
今後に支障が出るかもしれないからね……
念のために……
本当はこんなことしたくないんだけどなぁ……
ぼやくカレンと、広げられた彼女の弁当から海老フライをかすめ取って齧る喋る黒ネコ。
その姿は屋上にいる誰からも見えていたはずだが、不思議と誰もその光景を見えていないかのように素通りしていた。
そのころ、同じ学校の中にある食堂では、天道洸汰がうどんをすすりながら留学生のことを考えていた。
自己紹介が終わり授業が始まってから、どことなく留学生のカレン・マルヴェンスから視線を感じる気がしたのだ。
別に洸汰自身が武道の達人とかそういうのではないから、その視線がどの類のものかまでは分からない。
むしろ人に話したら、洸汰の自意識過剰と思われるかもしれない。けど、確かに彼は授業中に視線を感じた。
そして洸汰はもうひとつ、留学生のカレンについて思うところがあった。
見た目は違う……
声の記憶はあてにならない……
けど、あの子から感じる雰囲気というか空気というか……
そう言うのが昨夜のあの子に似ている気がする……
あの子、とはもちろん、再開発地区で出会ったあの魔法少女のことである。
そんなことを考えながらずるずるとうどんを飲み込んでいると、突然後ろから肩を叩かれた。
思わず振り返った洸汰の頬に人差し指が突き刺さり、犯人――お調子者の友人が悪戯っぽい笑みを浮かべて佇んでいた。
何をする、と問いただす前に、友人が機先を制するように口を開いた。
何一人でぼんやりうどんをすすってるんだよ?
なんだ?
カレンちゃんのことでも考えてたのか?
来たばかりであまり話せていないはずの留学生をもうファーストネームで呼ぶとは、さすがクラスのお調子者だが、洸汰はものの見事に内心を言い当てられて、それにツッコむどころではなかった。
な……なな…………
べ……別に僕はそんなことは……
うんうん、おまえの気持はよくわかる!
カレンちゃん、めっちゃかわいいもんな!
白人特有の肌の白さに天然の銀髪……
それでいて美少女とくれば、今どきは2次元でしかお目にかかれねぇもんな……
キモいぞ……
自らの肩を抱き、体をくねくねさせる友人を一言でばっさりと切り捨てると同時に、やっぱり友人のこの性格が羨ましくなる洸汰だった。
――イギリス 魔法管理協会のとある一室
なんだと!?
それは本当か!?
部屋の奥にある2組の机のうち、片方に座る少女が届けられた一報に驚愕し、思わず立ち上がる。
残念ながら間違いありません……
かなりぎりぎりまで追い詰めていたようですが……
どうやら戦闘で敗れたみたいです……
あの子は……?
無事なのですか?
もう片方の机――隣の少女とそっくりな少女から投げかけられた質問に、しかし報告に来た少女はゆっくりと首を振った。
回収部隊が到着したときにはもう……
魔力も抜き取られていて……
それどころか、すでに息がありませんでした……
あの人に残された魔力痕からして、やったのはやはり……
レネゲイドめ……
ぎり、と奥歯をかみ締める黒い少女から、ざわりと音を立てて魔力が立ち上り、それに呼応するように部屋に置かれた紙や小物が揺れ始める。
その圧力に、報告に来た少女が慌てる中、白い少女がそっと黒い少女を諭した。
テネスちゃん……
落ち着いてください……
ルクス……
だが……!
今ここであなたが暴れたところでどうにもならないのは分かるでしょう?
それにほら……あの子もおびえていますよ?
見るものを心から安心させるような微笑に、テネスと呼ばれた少女は毒気を抜かれたように大きく息を吐き出し、心を鎮める。
同時に彼女の体から溢れていた黒い魔力も鎮まり、報告に来た少女は安堵するように息をついた。
それで……どうしますか?
追撃部隊を?
それは悪手ですね……
恐らくあちらも、こっちが追撃を仕掛けてくると思っていろいろと準備を始めていると思います……
まずはその戦力を削ぐためにも、使い魔たちにお任せしましょう……
分かりました、と一礼して立ち去っていく少女を見送って、黒い少女がちらりと傍らの半身に目を向ける。
まったくお前は……
涼しい顔してえげつない作戦をさらりと出しやがる……
そうでしょうか?
それよりもとりあえず、お茶にしましょう……
そういっててきぱきとお茶の準備を始める白い少女を、黒い少女は小さく息をつきながら見つめた。
カレンが転入した初日の放課後。
学校から帰る洸汰の後を、カレンと黒猫のクロエは尾行していた。
恐らく昼休みに屋上で話していたことを実行するためだろう。
そうしてあるときは人ごみに紛れ、あるときは電柱の影に隠れながら、カレンが洸汰の尾行を続け、彼らがとある交差点に差し掛かったときだった。
信号を見ていなかったのだろう、一人の子供が道路に飛び出した。
危ない!!
叫び、咄嗟に子供の前に飛び出してその子供を庇う洸汰。
それに対して車はあまりにも突然のことで、急ブレーキを踏むが、止まりきることができずに洸汰たちへと突っ込んでいく。
そして今にも車と洸汰がぶつかろうとした瞬間。
突然、洸汰と子供の足元がまぶしく光ったかと思うと一瞬で魔法陣が展開され、直後、二人の姿がその場から掻き消えた。
二人がそれまでいた空間を抉りながら通り過ぎた車は、少し先で急停車した後、何が起こったのかわからずきょろきょろとしていた。
一方、洸汰と轢かれそうになっていた子供は、そこから少し離れた路地裏で、ぽかんとした顔をしながら座っていた。もっとも、子供はいつの間にか気を失っていたが。
ともあれ、何が起きたのかと周囲を見回す洸汰の目の前に、魔法少女のカレンが姿を現した。
まったくもう……
なんで危ないことしてるのよ……
頬を膨らませたカレンは、やがて小さく息をつきながら目を閉じる。
その直後にカレンが光に包まれ、次の瞬間には制服姿のカレンが立っていた。
私が咄嗟に魔法を使わなかったらキミは死んでいたかもしれないのよ?
人助けも大事だけど、もっと自分のことも考えないとね?
その足元で、カレンに同意するように見覚えのある黒猫が「にゃ~」となく。
その一連を見ていた洸汰は、呆然としたように口を開いた。
変身……した?
というかさっきの魔法少女は……やっぱり君だったんだ……
その言葉を聴いた瞬間、カレンは自らのうっかりに思わず頭を抱えた。