――キルケー魔法女学園 研修施設 廊下――

レイリー

先生、アン先生!

レイリーとサニーは、翌朝慌ててアンの部屋へと向かった。

ところがその部屋の前に着くなり唖然とする。

エマニュエル

先生! 先生!!

ナタリア

アン先生……!

アンの部屋のドアを叩くのは、よく見知った友人たちだ。

他のクラスメイトも何人か集まり、困惑の表情を浮かべている。

サニー

みんなどうしたの? まさか――

チズ

……サリー。やっぱりきみたちの部屋もか

レイリー

やっぱりって……みんなも部屋でおかしな目に遭ったの?

チズ

ああ。最初は気のせいかと思ったんだが……。
鍵はしっかりかけたのに部屋に薔薇が飾られていたり、絵画から笑い声が聞こえてきたりと、どうも妙なんだ

ナタリア

怖くて眠れませんでした……!

ヴェロニカ

こっちも似たような感じだよぉ~。
ナイフの的にしてたぬいぐるみがいつの間にかキレイに縫われててビックリしたぁ

サニー

ナイフの的にって、何やってんの

ヴェロニカ

昨日ナタリアからコツを教えてもらったから、練習してたの♪

エマニュエル

ま、まあそれを別にしても、おかしいのですわ。
ですからこうしてアン先生の部屋を朝一番に訪ねたのですけれど

これほど大騒ぎをしてドアを叩いたというのに、アンが出てくる気配はない。



一体どうしたのだろうと一同がざわついていると、廊下を規則正しく歩く音が聞こえてきた。

その教師の姿を見た途端、生徒たちが静まり返り道を開ける。



アンの部屋の近くまで来たところで、教師――イザベラは周囲を見渡して問うた。

イザベラ

これは一体なんの騒ぎですか

この学外研修は組毎に行き先が違う。

よってこの施設には黒組の生徒しかおらず、教師もアンしかいないはずだった。

そのため唐突なイザベラの登場に全員戸惑いが隠せない。

エマニュエル

アン先生に急ぎ相談したいことがあったのですが、ノックしても返事がなくて

イザベラ

そうですか。では私が確認いたします、皆さんはここで待っていてください

さすがベテラン教師のイザベラだった。


冷静に受け答えをした後、軽くノックと声かけをして返事がないと判断すると
即座に魔法をかけてドアを開けてしまった。

サニー

あのー、イザベラ先生は昨日いませんでしたよね? いつここへ??

まるで幽霊ではないかと探るようにサニーは言うが、
イザベラは顔色一つ変えずに答えた。

イザベラ

昨夜遅くです。施設管理者が不在という連絡を受けてやってきました。

イザベラ

教師一人では目の届かないこともあろうという配慮だったのですが、
こういう不測の事態に備えての意味もありました

そこまで言い切るとイザベラはアンの部屋の中に入りドアを閉めてしまった。

再び廊下はザワザワしていたが、あのイザベラがいるのならと安堵している生徒も多い。

サニー

イザベラ先生がいるとやりにくいなぁ。館の中を見て回りたかったのに

レイリー

まだそんなこと言ってるんですか。
どう考えてもそんなことをしている場合じゃないでしょう

サニー

えー? むしろ今だからやるべきだと思うけどね。
この館、何かあるんだよ。絶対

ヴェロニカ

ユーレイの住み着いた館~?

サニー

そうかもしれないし、そうじゃないかも。
調べたらわかるかもしれないでしょ

エマニュエル

わたくしは早々に退散したほうがいいと思うのですけれど……

サニー

それじゃつまんなくない?
せっかく学外研修に来たんだから、色々勉強して帰ろうよ

レイリー

勉強……物はいいようですね……

再び廊下が静かになった頃、部屋の中からイザベラが出てきた。

傍らにはアンの姿もあった。

レイリー

アン先生! 大丈夫ですか……?

アン

ご心配をおかけしてすみません。
朝から……その……思わぬものを見かけて、ちょっと気を失ってしまったみたいで……

レイリー

気を失ったって、一体――

イザベラ

そういう訳ですから、アン先生は少し体調が優れないようです。
体調が戻り次第研修に参加しますが、それまでは私が指導します。
アン先生。ともかく今は部屋で休むように

アン

は、はい。大変申し訳ございません……

ふらついた様子でアンが部屋に戻っていく。

それを見送ったイザベラはドアが閉まった後、生徒を見渡して尋ねた。

イザベラ

では、用件は私が伺います。
このように早朝から皆さんが騒いでらっしゃるのは何事ですか?

エマニュエル

え、ええと……

エマニュエルが口ごもり、周囲の生徒たちも水を打ったように静まり返る。




ただ一人、空気の読めないサニーを除いては。

サニー

幽霊が出たんです。みんなもそうなんでしょ?

その声にまた一同は静まり返った。

厳しいベテラン教師イザベラが頼りになるのは間違いないが、
幽霊などという話を信じてくれるタイプには見えなかった。

9-2|古き洋館の息遣い・中編【5/25更新】

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