――キルケー魔法女学園 研修施設 廊下――
――キルケー魔法女学園 研修施設 廊下――
先生、アン先生!
レイリーとサニーは、翌朝慌ててアンの部屋へと向かった。
ところがその部屋の前に着くなり唖然とする。
先生! 先生!!
アン先生……!
アンの部屋のドアを叩くのは、よく見知った友人たちだ。
他のクラスメイトも何人か集まり、困惑の表情を浮かべている。
みんなどうしたの? まさか――
……サリー。やっぱりきみたちの部屋もか
やっぱりって……みんなも部屋でおかしな目に遭ったの?
ああ。最初は気のせいかと思ったんだが……。
鍵はしっかりかけたのに部屋に薔薇が飾られていたり、絵画から笑い声が聞こえてきたりと、どうも妙なんだ
怖くて眠れませんでした……!
こっちも似たような感じだよぉ~。
ナイフの的にしてたぬいぐるみがいつの間にかキレイに縫われててビックリしたぁ
ナイフの的にって、何やってんの
昨日ナタリアからコツを教えてもらったから、練習してたの♪
ま、まあそれを別にしても、おかしいのですわ。
ですからこうしてアン先生の部屋を朝一番に訪ねたのですけれど
これほど大騒ぎをしてドアを叩いたというのに、アンが出てくる気配はない。
一体どうしたのだろうと一同がざわついていると、廊下を規則正しく歩く音が聞こえてきた。
その教師の姿を見た途端、生徒たちが静まり返り道を開ける。
アンの部屋の近くまで来たところで、教師――イザベラは周囲を見渡して問うた。
これは一体なんの騒ぎですか
この学外研修は組毎に行き先が違う。
よってこの施設には黒組の生徒しかおらず、教師もアンしかいないはずだった。
そのため唐突なイザベラの登場に全員戸惑いが隠せない。
アン先生に急ぎ相談したいことがあったのですが、ノックしても返事がなくて
そうですか。では私が確認いたします、皆さんはここで待っていてください
さすがベテラン教師のイザベラだった。
冷静に受け答えをした後、軽くノックと声かけをして返事がないと判断すると
即座に魔法をかけてドアを開けてしまった。
あのー、イザベラ先生は昨日いませんでしたよね? いつここへ??
まるで幽霊ではないかと探るようにサニーは言うが、
イザベラは顔色一つ変えずに答えた。
昨夜遅くです。施設管理者が不在という連絡を受けてやってきました。
教師一人では目の届かないこともあろうという配慮だったのですが、
こういう不測の事態に備えての意味もありました
そこまで言い切るとイザベラはアンの部屋の中に入りドアを閉めてしまった。
再び廊下はザワザワしていたが、あのイザベラがいるのならと安堵している生徒も多い。
イザベラ先生がいるとやりにくいなぁ。館の中を見て回りたかったのに
まだそんなこと言ってるんですか。
どう考えてもそんなことをしている場合じゃないでしょう
えー? むしろ今だからやるべきだと思うけどね。
この館、何かあるんだよ。絶対
ユーレイの住み着いた館~?
そうかもしれないし、そうじゃないかも。
調べたらわかるかもしれないでしょ
わたくしは早々に退散したほうがいいと思うのですけれど……
それじゃつまんなくない?
せっかく学外研修に来たんだから、色々勉強して帰ろうよ
勉強……物はいいようですね……
再び廊下が静かになった頃、部屋の中からイザベラが出てきた。
傍らにはアンの姿もあった。
アン先生! 大丈夫ですか……?
ご心配をおかけしてすみません。
朝から……その……思わぬものを見かけて、ちょっと気を失ってしまったみたいで……
気を失ったって、一体――
そういう訳ですから、アン先生は少し体調が優れないようです。
体調が戻り次第研修に参加しますが、それまでは私が指導します。
アン先生。ともかく今は部屋で休むように
は、はい。大変申し訳ございません……
ふらついた様子でアンが部屋に戻っていく。
それを見送ったイザベラはドアが閉まった後、生徒を見渡して尋ねた。
では、用件は私が伺います。
このように早朝から皆さんが騒いでらっしゃるのは何事ですか?
え、ええと……
エマニュエルが口ごもり、周囲の生徒たちも水を打ったように静まり返る。
ただ一人、空気の読めないサニーを除いては。
幽霊が出たんです。みんなもそうなんでしょ?
その声にまた一同は静まり返った。
厳しいベテラン教師イザベラが頼りになるのは間違いないが、
幽霊などという話を信じてくれるタイプには見えなかった。