やらない善より、やる独善の方がずっといい。

それが私の出した今回の結論だった。
シンディの暴走により、私の生活は変わったかというと、そうでもない。
以前と大きな違いはなく、ごくごく日常が続く。

だが、彼女によって救われている生徒がやはりいるのは確かだった。
以前よりも明るい表情で教室に向かっていくのを何度か見かけた。
敵が消えた。
それだけで、変わるものは変わるらしい。

先生は言う。
加害者が居なくなればイジメは無くなる。
その考えはナンセンスだと。
それには続きがあって、たとえ居なくなっても新しい誰かが加害者になって、終わらないだけ。
どこかで、連鎖を断ち切らないといけないのだと。
……でも先生は、その断ち切る方法までは、言い切れなかった。
まだ探している最中だという。
我慢でもない、逃避でもない、別の方法を。

シンディは言う。
何度でもくればいい。
自分は正しいから暴力を振るう。
お前らが先に踏み外したほうが悪い。
お前達相手に、こちらが護るべきモノはない。
最初にこんなことをし始めたのは、お前たち。
だったら、こっちも方法なんて、選ばなくてもいい。

これで、教室行くのもこわくないよ……
あのひとのおかげだね

美樹

どーでもいいけど……
あんま関係ないし

以前泣いて教室に入ってきた鈴も、最近は笑顔になることも多い。
その話相手の美樹は、無関係と言い切りながらもどこかホッとした様子。
……これが、結果だ。
シンディの起こした行動が変えた現実。

…………

先生を、シンディはメールの中で理想論者の偽善女と決めつけて、先生はシンディを子供のワガママと苦笑する。
現段階何もしない先生と、行動したシンディ。
どちらが正しいなどと終わらない議題を論じるつもりはない。
やらない善よりは、やったほうがいい。
私はそう決めた。先生は、甘いのだ。

やはり世の中も現実も、論より証拠。
変わらなければ意味がない。
言葉の上で語るのは大いに結構。
然し、それで時間が浪費されるのは私は嫌だ。
その同じ時間で、動けば変化するのが今の世界。
グダグダと喋くる時間が惜しい。
みんなが納得する解決方法がないとは断言しない。
が、現状況ではそれは探すだけ無駄だ。
自然と世の中が、そこに生きる人の思想が変化しない限り、私達の居場所は認めてもらえない。対等にはなれない。
先生のしていることは先走っている。

そのことを、私は先生に伝えようと思った。
あの人は優しいのはようやく分かってきた。
でも、優しいだけじゃ誰も救われない。
誰も前を向けない。優しいだけじゃ、恐らく。
言ってみるだけ、言ってみよう。

先生

意外だったなぁ
涼さんから誘ってくれるなんて

意外って……
私、そこまで人見知りじゃないですよ

その日は良く晴れた蒼穹。
屋上に出た私と先生は、昼休みにお昼を共にすることになった。
私から誘ったのがそこまで嬉しいのか、珍しいのか。
確かに誘ったことはあまりないけれど……。

先生

それで、話って?

そんな大した話じゃないんですけど……

私はお昼のパンのふうを切りながら話した。
途中、つっかえたりどもったりしたが、自分なりにうまくまとめることはできたと思う。
説明は得意じゃないから、伝わったかどうかは不安だけど……。

先生

…………

黙って全部を聞いていた先生は、体育座りで膝に顔を埋めて凄く落ち込んでいた。
周りに、蒼い何かが見える気がする。
わかりやすいなぁこの人……。

やっぱダメージあります?

先生

あるね、うん
すごいキメキメで入った、メンタルに

先生は青空の下で、生徒にメンタルを削られていた。
私、そこまでひどいことは言っていない……。

先生

婉曲的だってーのはわかってるんだけどね?
考えを強要する気もないし、それならそれでいいんだ、実を言うとさ

先生は疲れたように、大の字に寝っ転がって、空を見上げた。
私も隣で座ったまま、つられて空を見上げる。
雲の少ない青が、何処までも広がっている。

先生

あの時はああは言ったよ?
でも……アレはあくまで教師としての私の意見

先生

個人の本音を言えばさ……
シンシアさんの行動は尊敬さえしてるよ
すごいとしか言いようがない

それこそ、意外だった。
先生は真っ向から対立していたのに、相手のことを尊敬しているという。

なんでです?

先生

友達のために迷わず自分を犠牲にできる強さ
それが私にはないから、かな……

先生はその手段は、思いついても出来ないという。
理由は、友の為に自己を犠牲にすることへの拒否感。
他の誰かが何とかしてくれるという、他力本願。
シンシアの言うところの、事勿れ主義。
それを先生は認めた。

先生

無論、良い方法だとは思ってないよ?
でも……根が深すぎて、それぐらい強い手段で対抗しないと意味がないのもわかってるの

先生

私はやっぱり弱くて甘いんだな……
それを言われてドキッとした

先生

すごいね、シンシアさんは……
迷いを振り切って行動したんだもの
たとえ、どんなことであれ
誰かのために、自分を捨てて……

先生

私が同じことをしろって言われても無理だよ
私は、自分勝手だから……

口先だけの自分には時間がかかることを、彼女はいとも簡単に変えてみせた。
それが代償付きでも、後悔は微塵もしていない。
そのある種の図太さが羨ましいと。
個人的な一人の人間としての意見は賛同していた。
反することを、先生は言った。
教師としての自分と、人間としての自分。
そのどちらを優先するとなると、教師の方なのだと。

…………

先生

今回のことは、私達教師の怠慢でいいと思うの
言い返すので精一杯でしょ?
何も変わらない現実に生徒が苦しんでるのに、何もできてない

先生

私も所詮、口先だけだね……
何も変えられていないのに、大口だけ叩いてるのはシンシアさんの言うとおりだよ

先生は寝っ転がったまま、呟いた。
怠慢、か……。
それは少しばかり反論したいところがある。
私は少し考えて、口を開いた。

最初にシンディに同感とか言いながら、私がこんなこと言うのはアレなんですけどね先生

先生

うん?

私は別に先生が手抜きをしてるとか、保身をしてるとか思いません
自嘲的な空気になってますけど、自分まで含めて話すのはおかしいです

私は話を聞いてもらえるだけで助かってますし、先生が暑苦しいぐらいにもがいていることも、わかってます

先生は、今の自分までダメだって思うんですか?
今ここに、隣に先生の行なったことへの答えがあるっていうのに

私は言う。
先生は、私にあれこれしてくれている。
一緒に出かけてくれた。心配もしてくれた。
他の先生は、私なんてどうでもいいみたいに、下手すればいないもの扱いされるのに。
でも先生は、向き合ってくれている。
真摯に話を聞いてくれる。
同情でもなく、憐憫でもなく、対等に。
それを、無駄だったかのように本人から言われるのには、こちらも一言言いたい。
私の事は、無駄だとは思って欲しくない。
先生が行なった行動の答えが私自身なのだから。

何でもかんでも否定しないでください
私がここにいるのが先生の努力の証拠

こう見えても私は先生に感謝しています
たった今、自覚したことですけど

そうだ。
先生のしていた努力は無駄じゃなかったんだ。
私は本来、誰かと一緒に食事をしたりする人間ではない。
誰かと一緒にいるのは怖いと思っていつも一人で過ごしていた。
ずっと、他人との接触が怖くて怯えていた私に、しつこいほど、鬱陶しいほど構ってくれたのは先生だった。
私は前よりも少しだけ、気持ちが楽になっていた。
先生っていう話し相手が出来て、気持ちが解放されていたことに気が付いた。

先生は先生のやり方を続けて下さい
人はそれぞれ意見も、生き方も違います
私はシンディのやり方もあってると思います
先生のやり方を違うとは言ってません
それぞれでいいんです

私は人が今でも怖いです
でも先生はもう……あんまり怖くないんですよ?

前ほど、先生の事が怖くはない。
何を考えているか、私にも想像ができるようになった。
先生は、本当に純粋で真っ直ぐで、良い人なのだ。
この人なら……。
先生なら私でも自分から接することはできると思う。

先生

涼さん……

私も……
先生と仲良くできるなら、したいです

私は正直な気持ちをぶつけた。
先生とは仲良くしたい。
本当に真っ直ぐ、私のことを心配してくれる先生のことを、信じてみたいと思う。
自分のことすら信じられない私が、他人を信じたいと思う日が来るなんて。
夢にも思わなかった。
今は、この人のことを信じたいと思った。
これを『信頼』って言うんだな、と感じた。

先生

……そうだよねっ!
クヨクヨしててもしょうがない!
終わったことだし!
前をむいて歩くのみっ!!
それが私の教師道!

先生

生徒に励ましてもらえて、私は幸せだよ
ごめんね、心配させて

飛び起きた先生は、吹っ切ったように明るい顔だった。よかった……。

これくらいでへこまないでくださいね
私はすごく口悪いので

先生

どうだろう
私結構ヘタレだからなぁ……

ヘタレなりに頑張ってください
私も出来ることあったらやりますから

先生

そうだね!
頑張らなくちゃ!

先生のやり方は、気が長い。
甘いとか、理想論とか言われる。
だけど。
それが正しくないなんて誰が言える?
それが間違ってるなんて誰が言える?
どんなやり方をしようが、結局代償はつきもの。
それを含めてなんとかする方法を探すしかないのだ。
生きている限り、その連続なのだろう。
だから、極論で語るのはもうやめよう。
それこそ、時間の無駄なのだから。

pagetop