29│あなたにだけは
29│あなたにだけは
藍先輩が、牧野先生と保健室の先生が本当につきあってるのか、気になって幸谷さんに聞いたのは間違いなさそうだね
ですよね! 先生脈ありです、よね!
だと思うけどなあ
だとしたら、藍先輩に早く本当のことを伝えないと……舞経由で!
せっかくいい雰囲気なのに、こんな噂で関係が悪くなってほしくない!
先生にも教えてあげたいですしね、脈ありだってこと!
そうだね。牧野先生なら、素直に喜んでくれそうだ
次の日、先生に藍先輩のことを伝えようとわくわくしながら登校した。
しかし、教室に入って私の気持ちは一転……晴れやかな気持ちは消え、あっという間に不安でいっぱいになってしまった。
噂は、またたくまに学校中に広まってしまっていたのだ。
牧野先生、保健室の先生とデートしてたんでしょ?
学校でもちょこちょっこ会ってるって聞いたよ
結婚式の予定をたててるんだって
キャー! と女子の黄色い悲鳴が聞こえる。
わー、騒いでる騒いでる。あの噂、本当だったみたいだね
にゃんにゃあー
舞が、女子達がきゃあきゃあ騒いでいる方に目を向けて、小さく笑った。
違う、違うよ、舞!
ん?
昨日、牧野先生に聞いたんだ……そしたら、あれは全くのデマで……嘘で!
あ、そうなの?
保健室の先生の一方通行みたいなんだけど、牧野先生は別に好きでも何でもないって
ふーん……
舞が手を顎にあて、ふんふん、と頷く。
だとしたら、保健室の先生が噂を広めちゃったんだね
そう! そうなんだよ!
彼女の作戦勝ちだね。どこもかしこも、先生の噂で持ちきりだもん
う……そうだよねえ
にゃにゃにゃ!
舞の猫が、小さく震えていた。どうしたのだろう、とクロニャに目をやると、にゃあ、とクロニャが弱々しくないた。
昨日、先輩につきあってるみたいですよって言っちゃった、って。
多分、舞にゃんは、藍先輩に牧野先生と保健室の先生がつきあってるって……
……まずいまずいまずい!
昨日、舞に本当のことを言っておけばよかった!
後悔先に立たず、だ。
どうしましょう、先輩
困ったね……放課後、牧野先生に伝えに行こう
そうですね。昨日、舞に本当のことを伝えておけばよかったです
仕方ないよ。大丈夫、先生から藍先輩にきちんと説明してもらえば、藍先輩も信じてくれるよ。
噂より何倍も、本人の言葉って信じられると思うけどな
そうですね……そうですよね!
うん。俺達にできることを、しよう
チャイムと同時に私は教室を飛び出して、美術室に向かった。
先輩、お待たせしました!
大丈夫、俺も今着いたところ。……行こうか
扉を開けて、美術室を覗く。
こんにちは、雨音君、川越さん。どうしました、血相変えて
先生、大変なんです……!
藍先輩と噂についての話をすると、先生の顔がさっと青ざめた。
それは……誤解しているかもしれませんね
ごめんなさい、私がもっと早く舞に言っていれば……すみません。
謝ってもどうにもならないんですけど、でも……
何言っているんですか、川越さん。すぐに教えてくれて、ありがとうございます
先生はズボンのポケットからスマホを取り出す。
藍さんに電話をします、誤解を解かないと
凄い速さで画面をタッチしたあと、先生はスマホを耳に押し当てた。
にゃ、にゃ、にゃあ!
はっきり伝えないと、って。何だ、かっこいいじゃん、あの先生
レインがにやり、と笑った。
確かに、いつもの優しい先生も素敵だけれど、好きな人の誤解を解くために一生懸命になる先生は、とてもかっこよかった。
……もしもし
繋がったみたいだ。
先生は、くるんと私達に背を向ける。
今大丈夫ですか?
えっと、この前美術室に遊びに来てくれてありがとうございました。
そのときに美術室にいた保健室の先生のことで……そう、今、噂が広まっていて。
……聞いてるんですね、そっか
先生が、しばらく黙ったあと、少しだけ大きな声を出した。
違う、誤解ですよ!
つきあってなんかいません
にゃあああ
信じてくれって……そりゃあ、疑いを持つのも仕方にゃいですよにゃあ
先生の声が、少しずつ小さくなっていく。
……本当ですよ。噂です、ただの……信じてくれますか? ……ああ、よかった
よかった、と先生が小さく漏らした。
先生の背中が、安堵で丸くなる。
誤解は解けたみたいですね
よかったね
と、思ったら。
え、え?
ひっくり返った声を出して、先生がくるんとこちらを向いた。
頬が、真っ赤だ。
な、な「何でそのことでわざわざ電話してくれたの」って……
確かに
確かに
先輩と同時に言って、吹き出してしまう。
先生が、どうしよう、と口だけで伝えてくるけれど、さあ、と首をかしげるしかできない。
頬を真っ赤にしながら、先生はえっと、えっとと呟いている。
え? ち、違います、みんなに誤解を解くための電話をしているわけじゃありません!
藍さんにしか連絡していません!
おお、言いますにゃあ
にああ!?
言っちゃったあ!? って、はは、この先生面白いよね
何でって……
先生が、えっと、と眉間にシワを寄せる。
藍さんにだけは、誤解してほしくなかったからですよ
……わああああ!
先生、それってほぼ告白です!
と、思ったら。
先生の表情が、一瞬で絶望に染まる。
……電話が……切れた
えっ!
電話が、切れ……
わっ、あっ、あっ、藍さんから、にゃいんです……
先生……何て?
う……嬉しすぎて、びっくりして電話を切ってしまったそう、です
えーーー!!!
にゃあああああああ?!
混乱してる、混乱してる
感情を表に出さない先生ですにゃあ
先生、それって
先生、それは、つまり……!
………………今度、訊いてみます
今すぐに、にゃいんで、どういうことって、訊き返せばいいんですよ!
そんな勇気はないです!
もおー! まあ、いいですけどー!
よかったですね、一件落着!
それ以上の進展があったよね
確かに! ……牧野先生、ちゃんと保健室の先生に話、できましたかね
するって言ってたから、大丈夫だよ。
牧野先生は、言うべきときは言う人だって、あの電話で分かったしね
そうですね、牧野先生なら、大丈夫です! 噂も、そのうち消えると思います
うん、そうだと思う……ん?
校門の前で、にゃあ、にゃあとか弱い声を出している猫がいる。
それと、不安そうな表情の女性が一人。
あの人……そうだ、まなと君の
ああ! 本当だ。まなと君のお母さん
先輩に猫見を分けてもらったばかりのころに出会った、男の子。
自分の気持ちを正直に言うことができなかった、まなと君を思い出す。
どうしたんだろう?
きょろきょろと辺りを見渡していたまなと君のお母さんは、私と目が合うと、はっと息を飲んだ。
あのっ!
私達のもとに駆けてくる。どうやら、私達を待っていたみたいだ。
あの、以前お世話になったまなとの母です。駅前で……
お久しぶりです
あの……まなと、見ませんでしたか?
いえ……どうされましたか?
それが
まなと君のお母さんは、涙声で言った。
まなとが、いなくなってしまったんです