沙希との昼飯を済ませ、俺はまたいつかのように教室を見渡して話し相手を探し、またいつかのように谷口を捕まえた。
沙希との昼飯を済ませ、俺はまたいつかのように教室を見渡して話し相手を探し、またいつかのように谷口を捕まえた。
お前、俺以外に友達いないの?
悪いか
その通りだったので真顔で尋ね返した。
すると谷口は素で驚いたような顔をした。
まさかのマジレス。返しづらい返答やめてくれよ。
まぁそんな夏月くんには幼なじみもいるしイケメンの俺みたいな友達もいるし、逆にもったいないくらいだよな。
という返ししか思いつかないじゃないか
いいじゃん別にそれで
まぁお前のそういうところ嫌いじゃないぜ
そう言ってまた大げさに親指を立てる。
無視。
ところで、東堂の話。なんか訊いてる?
東堂君ね、なんか慌ただしく探したりしてるみたいだけど。流石に俺も昨日の連絡網以上のことはさっぱり
そういえば警察には?
連絡したでしょう、たぶん。
あいつんち結構ボンボンだったからさ
ちょっと待て。ボンボンってなんだ?
え、金持ちって意味の。知らない?
ジェネギャ感じるな
その略し方に俺は今カルショを受けたよ。
そんでまぁ、あいつんちの親がぎゃあぎゃあ騒
ぎ立てて、学校は連絡網まで回すはめになってんじゃないかと予測してる。
普通たった一日の失踪でここまでするか?
俺たちも東堂君も○校生だぜ?幼稚園児ならともかくさ
確かに、そんな雰囲気だな
となると、本格的な捜査が始まるわけだ。警察による。
もし俺の殺したモルタリスが東堂のものなら。東堂はおろか、その死体すら警察は見つけられないだろう。
その想像は俺を愉快な気分にさせた。
警察さえ欺く、排除。完全犯罪。それによって俺は世界を救う。
最高。
どうした?ニヤついてるぞ
いや実は昨日、田山君がさ
そして俺はごまかすように田山のカツアゲを免れた件を話した。
それで、もし今日にでも東堂がひょっこり見つかったら、どんな顔するのかなって
確かに
谷口は堪え切れないように笑う。
しかしそんな風に笑って、ネタに出来るのもきっと今のうち。
あと一週間もすれば彼の話題はタブーになるだろう。
だって東堂は二度と見つからないのだから。
そしてこの教室にはずっとこんな暖かい過ごしやすさが残るに違いない。
いやはや、それにしても東堂君はどこに行ったのやら
家出だったりしてな
一番ありそうだな、厳しい家らしいし
理由は夏休みが惜しまれてとか
夏休み中にやれよって話だろ。それなら学校側もめんどうなことにならなかったろうに
ほら、夏は暑いから
あぁ、なるほど確かに。
って。ゆとりかよ
そう笑いながら谷口は窓の外に目を向け、見上げた。
俺もつられる。
空。
雲がゆるゆると動き、入道雲はすでに遠くだ。
来週には消えるだろう。そして代わりにうろこ雲が目立つようになるはずだ。
夏が終わる。秋が来る。自分探しの旅にはうってつけかもしれない。
俺も家出しようかな
思わず噴いてしまった。
笑うなよ
いや、お前キャラ違うだろ。家出とか一番似合わない
いやこう見えてだな
はいはい
せめて最後まで聞いてくれ。
いや、真面目な話。家出旅行なんて言わなくとも、野宿くらいしてみたくないか?
野宿って、どこでやるんだよ。都心だぞ?
うちの校舎の裏の敷地はどうだ?
あそこなんか、滅多に人が来ないし、寝る程度には困らない広さの木が生えてない一角があったはずだ
なんでそんなの知ってんだよ、本気かよ
その時俺は少し舞い上がりすぎていたのかもしれない。
それは遅かれ早かれ予想すべき展開だった。しかしあまりにも早すぎた。
それで間宮は誰が東堂君を殺したと思う?
…………は?
脳が言葉を受け付けない。理解が詰まる。
こいつは何を言っているんだ?
………おいおい、東堂って殺されたのか?そもそも、死んでないだろ
死んだよ
断言。あまりに確信をはらんだ。
言う必要なかったから言ってなかったけど、俺はさ。小学校の頃、東堂君とは仲良かったんだ。今は絶交して互いにほとんど無視してるけど。
だからあいつがグレた理由も知ってるし、それでも芯の部分ではちょっと理解できる所もある。
そしてあいつが家族に心配をかけるような真似だけは絶対にするはずないんだ
だから、行方不明でも事故でもなく……殺されたって?
そんな話が信用できるだろうか。馬鹿げてる。
頭ではそれが常識的な判断だってわかってた。笑ってしまうのも簡単だ。
しかしそうさせないだけの目。狂気じみて爛爛と輝き、少なくとも彼自身が口にした内容を事実だと信じていると雄弁に物語る。
早すぎる断罪。想定すらしていなかった敵。
それは俺の唯一の友達の形を借りて俺の前に立っていた。
だけどまだ谷口は何の事情も掴んでいない。はずだ。
にわかに信じられる内容でもないけど、もし仮にお前の言うように東堂が殺されたとしてお前はどうするんだ?
犯人を捕まえる
即答される。否応なく口を噤まされる。
この前言っただろ?
いつだよ
自然に声が出たか不安だ。
震えていなかったか。真剣すぎやなかったか。
俺は主人公になりたかったって
思い出す。それは俺が決断した前の日。
俺がなりたかったのは、ミステリーの主人公だったんだ
……つまり探偵か
彼は自嘲じみた顔で投げやり気味にそのセリフを吐いて見せた。
正解だよ、ワトソン君
……
知ってると思うが、探偵なんてこの世にはいない。
職業探偵なんて浮気調査が精々の何でも屋で、俺がなりたかったものとは違うんだ。
でも東堂が消えたこの事件は違う。もしかしたら俺の夢が叶うかもしれないんだよ
ふと、目の前にいるそいつの願望は、あるいは救世主になる以前の俺の姿が形を変えただけなのかもしれないと思った。
役割でない。『自分』であることが求められる場所。
悪いけど、俺にはそれに何の意味があるのかわからない
それでも谷口の見出した『探偵ごっこ』という解決策を否定したくて、そんなことを口にする。
過去の自分を切り捨てるように。今の自分を肯定するために。
俺の『救世主ごっこ』と変わらないんじゃないかなんて考えたくもない。
それなのに晴れやかな表情で、まるで夢が叶いでもしたかのように。
わかってもらおうとも思ってないけどな。
東堂の敵討ちでも正義の行使でもなく、ただひたすらに俺のエゴと自己実現なんだから。
事件が解決しようとしまいと、いつかは終わる遊びだってことくらいはわかる。
それでも、やるんだよ
嘆息混じりに俺は今はっきりと確信する。
こいつは敵だ。俺が救世主であることを邪魔する敵だ。
もう一人の俺で、別の救世主で、別の正義。
今じゃなくても、いつか殺さなくてはならない。きっと、俺が救世主である以上必ず出会い対峙するであろう。
何かであることを選択したからには必ず立ちはだかる障害。それがよりによって谷口だっただけだ。
幸か不幸か。
だから俺は。
……ところでその探偵ごっこ。ワトソン役は空いてるか?
きょとんとした顔のあと、親友は本当に嬉しそうに笑った。