悪化したってことだよね、本当に大丈夫?

だから何度も言ってるだろ。ただの腹痛だったって

う、うん………


休み時間。水夜はすでに早退を済ませていた。正規の手続きを済ませて。

抜かりないやつ。

後ろの空席に彼女が転校してくる前以来の背後の空白を思っていると、前方からの威圧感を覚えた。

見上げると沙希が詰め寄ってきていた。

担任にしたのと同じように腹痛が理由だったと話した。

一転、責めるような表情は消え、心配げに眉を顰める。

前回同様、仮病なのに先ほどから幾度となく大丈夫?と尋ねられる。

体調のことを指しているのだろうけど、前述のとおりに無難に返しても何故か釈然としない様子だ。

幼なじみにはバレるものなのだろうか……?

かずくん、賞味期限気にしないでお菓子とか食べちゃうから


結局沙希のほうが折れるようにごまかした。

なんで知ってるんだよ。それより、昨日の授業の分、ノート貸してくれないか

あ、ちゃんと持って来たんだよー

だろうなとは思ってはいたがさすがだな、感謝してます


くしゃくしゃっと頭を撫でる。

精々感謝してください


そういって笑顔を見せる沙希。

きっと赦してくれたのだ。色々。

手を沙希の頭から戻し、ふと視線を上げる。

俺の席のすぐ近くを、不良の東堂にいつもいじめられていたあの田山が、挙動不審な様子でうろついているのが目に入った。

目が合う。ふいに胸騒ぎを覚え、気になった。

今、俺の背後に水夜はいない。

田山君、どうした?


田山は初めて俺に話しかけられたためか戸惑いながらも、近づいてきた。

間宮君

誰か探してるのか?

いや、そうじゃないんだけど。聞いてくれるかな。
実は今日って、僕が東堂君に『奢る日』だったんだ

『奢る日』………?

あ、一方的にではないよ?もちろん、互いに日を決めて交互に奢り合うんだけど。
今日は僕の番で、この日だけは東堂君は絶対に休んだことがないんだ

へえ………で、今日は東堂が居ないからカツアゲされなかったってことか?あれ、東堂の取り巻き二人にはカツアゲされなかったのか?

夏月君、カツアゲじゃないよ?僕の話聞いてた?

あ、悪い


どうせ似たようなものなのだろう。実態は。

でも踏み込むべきではない。別のことを気にかけすぎてうっかり口が滑った。

それで、他の二人は?

あいつらは東堂君の腰巾着だし。それに違うクラスだから基本的に僕とは関わりないし。
それでね、その、今日は持ってきたお金、大丈夫だったんだ

えっと、良かったね。田山君。得しちゃった


『大丈夫だった。』

その言葉から沙希も気付いているのだろう。彼と東堂のそれが友情関係とは程遠いものであることに。

何か言わないと不自然だとでも思ったのか、苦笑いでそう口にした。

うん。でも東堂君にあとから何か言われたらどうしようかなぁ、と思うとちょっとね


田山は、困ったような嬉しそうな顔をして、自身の席に戻ろうとした。

あ、ねぇ田山君

何かな?

東堂君ってさ、結構一匹狼タイプ?

言ってる意味がよくわからないよ?

ほら、トイレにも一人で行けるタイプかって。例えば昨日早退したあと一人でまっすぐお家に帰ったのかなって

まっすぐかは知らないけど、たぶん一人で帰ったと思うよ。それがどうかした?

いや、俺もよくわかんないけど気になったから

は?

笑ってごまかした。田山は訝しげにしながらも自分の席に戻っていった。

どうしてあんな質問をしたのか。本当に自分でもわからなかった。

沙希さえ首が傾いてる。違和感だらけなのだろう。今の俺は。

思わず目を逸らした先の視界で、田山はうろうろするのをやめたらしく自分の席でごそごそと手元をいじっていた。

浮いた金額でも数えているのだろうか。

誰かに、お金が無事だったことを言いたかったのかもしれない。言って、何かを確認したのだろう。

東堂達にいじめられ続けてきた田山のあんなに生き生きとしている姿を見るのは初めてだった。

あぁ、いじめじゃないんだったっけ。

どっちでもいいけど。

そういえば。

今日は、田山だけでなく。教室全体の空気が明るいような気がする。

東堂には悪いと思わないでもないけれど。

この日は普段よりも断然、教室の空気が良かった。

こういうことはある。教室の序列が、力関係が書き換えられたのだ。

結果、環境が良くなる。一時的であれ。

そういえばかずくん。うちのおばあちゃんのことなんだけどね

ああ


沙希との会話に戻る。沙希は違和感の棚上げに成功したのだろう。

二度と降ろさないまま、棚の一番上でそれが埃かぶることを祈る。

そうじゃないと……

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