昨日の昼休み以来だった。

たった一日ぶりの教室はとてもそうとは思えないほど懐かしく感じられた。

席へ向かい着席する。

しばらくして沙希がやって来た。

わざと一緒に登校しなかったのだ。先に行くようにとメールで伝えて。

かずくん、昨日の授業サボってどこに行ってたの?


この質問で昨夜の俺のメールボックスはいっぱいだった。

なんでサボってる前提なんだ………

えっと、先生が言ってたから……保健室にも連絡が行ってない、サボりだなって。
鞄もいつの間にかなくなってたし


また俺を拒絶した後だったし?

思わず嫌味混じりに尋ねてしまいそうになる。

でも違う。きっと沙希は昨日のことなんて気にしていない。

いつも通りのやりとりの一部だと思っている。

いや、今はそっちよりも。

……大丈夫。か?

昨日水夜は朝から休んでいるから、途中からいなくなった俺と水夜が接触していたことを沙希には知られるはずもない。

俺と水夜の関わりは、誰にも知られたくない。

いやきっと、知られてはいけない。

えっと、だな……


どう言い訳したものかと考えあぐねていると。

おーい、お前ら。席に着け


丁度いいタイミングで担任が来てくれた。

………後でちゃんと教えてね


そう言い残して沙希は、自身の席へと帰っていく。

形骸化した挨拶と共にホームルームが始まる。

えーっと今日は………東堂がいないのか。
あいつは誰かと違って、昨日は早退届け出てたんだがなぁ。
さては今度はあいつが、サボりか?


まばらに笑い声が起こる。皮肉気な笑みで俺を振り返った谷口に向かって肩をすくめてみせた。

それにしても珍しい。

見るからに不良っぽい東堂だが、学校を休むことはあまりなかったはずだ。家が厳しいのだとか。

えー今朝は特に連絡事項がないので、これで終わり。
あ、あと間宮はこの後私のところへ来るように


再びささやかな嘲笑混じりの笑いが起こる。そんなに面白いのか。

沙希の追求を躱したと思えば担任の追求に変わっただけだった。

ホームルームが終わる。

わざわざ指名されてしまったら行くしかない。恐らく昨日の午後の不在についての小言。

適当に理由をでっち上げてしまうことにした。

昨日はどうしたんだ?

お腹壊したんで、早退しました

連絡は誰にした?

すいません、忘れてました

はぁ?


担任は素っ頓狂な声を上げた。

うっかりしてました、以後二度としないように気をつけます


それでも俺は、馬鹿にしているとも取られかねない慇懃さで反省の言葉を続けた。

……


そして頭を下げて。そのままあげない。

これだけでいい。これだけで、この教師には『俺をこれ以上叱らないで済む理由』が出来る。

授業五分前のチャイムが鳴った。

高杉は俺を指導することよりも、授業を優先しないといけないだろう。

うっかりって……まぁわかった。二度とするなよ
………もういい、席に帰れ


高杉は追い払うように、手をふった。そして手元の書類をまとめ、教室から出て行く。

担任取り扱いマニュアルその弐

うちの担任は省エネ主義で、いじめからは目を反らすし、問題はぜんぶ責任逃れを最初に考える。

それを知りさえすれば、体面的な理由を突き崩すことで簡単にお叱りを免れることができる。

だからとりあえず頭を下げて二度としないと言っておけばよい。

特に生徒含め人前で説教などを始めた時に効果がある。

以上我が悪友、谷口直伝の処世術である。

その十七まであった気がするけれど、あれだけはいつもの如く聞き流さなくて良かった。

そんなことを思いながら安堵の息をつく。

席に戻ると後方の水夜からほんの一瞬、くすりと笑う声が聞こえた気がした。

誰のせいだ。

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