羽根を使って
はたを織る

与兵

帰ったぞ。

なんだかんだで、嫁を持ったような気持になっていました。

与兵

あれ?

家の中は静まり返っています。

与兵

鶴太郎は……?

そんな心配をしながら、囲炉裏部屋に入りました。

鶴太郎

すぅー すぅー

鶴太郎は囲炉裏の前の暖かなところで、コロンと横になって寝ていました。

与兵

なぜ、寝てる?

はた織をやりたがっていたので、早くそれを伝えようとしていたのに、拍子抜けしてしまいました。

与兵

よく考えたら、まだ足が治ってないんだから、言ってもしょうがないか……。

与兵は鶴太郎のすぐ横に座り、弱くなっていた火に、薪をくべました。
パチパチと音を立て、炎の勢いが少しだけよくなります。

与兵

忘れてるかもしれないし、はた織りするって、騒ぎ出したらでいいな。

与兵

…………。

やることもなかったので、そっと鶴太郎の髪をなでました。

鶴太郎

ん……。

ころんと与兵の方に転がってきました。

与兵

起き……。

たのか?
と言おうとしてやめました。

鶴太郎

すぅー すぅー

ニコニコした顔で、体を丸めて与兵にくっついて眠っています。

与兵

無邪気な寝顔だな……。

与兵

食っちゃ寝しかしてないんだから、太るぞ。

与兵

いや、でも、痩せてるから、少しくらい太った方がいいのか?

与兵

しかし、プニプニになるのもな……。

与兵

このままだと、近い将来、
プニプニのモニモニになるかもしれない。

与兵

嫌かも……。

今の感じの鶴太郎が好みです。

与兵

いやいや、外見が嫌とかじゃなくて、重くなるから困るんだ。

与兵

背負う時
重いじゃないか。

いつまで背負っているつもりでしょうか?

鶴太郎

すぅ~、すぅ~


じっと鶴太郎を見ています。
顔が隠れていたので、そっと髪を直します。

与兵

ホント、寝顔は天使だ……。


思わず笑顔になっていました。

与兵

俺、変わったのか?

与兵

吾助も、変わるなって言ったり、変わったって言ったり、どっちなんだよ。

与兵

でも、どっちも嫌がってるってわけでもなかったか……。


お金はないし、山奥でひとりで暮らすのは大変ですが、今の生活は自分に合っているように思えました。

与兵

根っこを変えるなってことかもしれない。


吾助は表面ではない、もっと違う部分を見てくれているような気がします。

与兵

あいつもやっぱり、
変わってなかった。


そう思うと、与兵も嬉しいのでした。

与兵

今度は俺が、吾助を助ける。

与兵は強く思いました。

鶴太郎

ん……

鶴太郎がさらにくっついてきます。

与兵

こいつに甘えてもいいのか?

自分にぴったりくっついて眠る、幼い寝顔の鶴太郎。
もしかすると、人間の子供ではないのかもしれません。

それに、まだ少し、悩んでいます。
本当に嫁にしてもいいのかと。

こんなに愛らしい姿をしていますが男の子です。
いくら本人が望んでいるとはいえ、それを嫁と呼んでしまっていいのか。

そして、嫁の稼ぎをあてにしてしまってもいいのかと……。

与兵

…………。

与兵

今やったら、俺、
変態だよな……。

与兵の悩みは、あまり持続しないのかもしれません。

与兵

さすがにダメだ。

強く思って、鶴太郎を見ます。

与兵

怪我も治ってないし……。

与兵

…………。

与兵

…………。

与兵

…………。

与兵

………………………………。

与兵

ダメだ。眠くなってきた。

与兵は鶴太郎を包み込むように寝転がりました。

与兵

動きすぎで疲れた。
ちょっとだけ……。

与兵

すぐに起きて、
メシ、作らないと……。

思考が主夫ですが、そう思って目を閉じると、そのまま眠ってしまいました。

鶴太郎

よひょ~。


目を開けると、鶴太郎が覗きこんでいました。

鶴太郎

おかえりぃ。

与兵が目を開けるのを見ると、嬉しそうにお腹の上に乗ってきます。

与兵

ただいま……。

鶴太郎がまとわりつくのに、すっかり慣れてしまっていました。

鶴太郎

ヒマだったよぉ~。
今度はボクも付いて行く~。


鶴太郎の頭をなでながら、

与兵

薪背負ってるから無理。


と言いました。

鶴太郎

ボクね、考えたんだ。

真面目な顔を与兵に向けます。

鶴太郎

薪を乗せて背負うヤツを与兵が背負うでしょ。ボクがそれに後ろ向きに座って、ボクが薪を持てばいいんだよ。


与兵はその様子を想像してみました。
でも、すぐにそのアイディアの穴が見つかります。

与兵

お前はそんなに薪、持てないだろ?
重いぞ。

というか、薪より鶴太郎の方が重いです。

与兵

俺、こいつのおかげで体力ついた?


そうかもしれません。

鶴太郎

ねえ、ボクをひとりにしないで……。与兵がいないと、寂しいよ……。

与兵

そうだよな、寂しいよな…………。

ひとりで家にいるのは悪くはないのですが、話す相手がいないのは、とても寂しかった覚えがあります。

鶴太郎はまだ小さな子供で、ろくに歩けもしないのに、この小さな家にひとりでいるのは、どんなに心細いことでしょう。

与兵

俺……、なんだってこんなガキに……。

夜になると、お化けが怖いと言って与兵にしがみつくような子供です。

与兵

やっぱり下半身なんだ……。


地味に落ち込む与兵です。

鶴太郎

ねえ、やっぱり、
お金、困ってるんでしょ?

与兵

そのことなんだが、
……さっき、吾助と話してきた。

与兵

怪我が治ったら……

鶴太郎

エッチしてもいいって?

まだ、与兵がしゃべっているのにそう言いました。

与兵

その話はしてこなかった。

鶴太郎

なんだ

与兵

こいつ、やっぱり思考がそっちなのか?
それとも俺が悪いのか?俺の下半身思考がこいつに伝播したのか?

与兵はマイナス思考です。

与兵

じゃなくて……、

与兵

お前の怪我が治ったら、はた織りをしてもらおうって……。

鶴太郎

嫁の証!

与兵

……なんだ?
それ……。

鶴太郎の言っている意味がわかりません。

鶴太郎

嫁はねえ、自分の羽根を使って、はたを織るんだよ。

与兵

羽根、使うのか?

鶴太郎

………………………………

鶴太郎

ん。

微妙な表情で首を傾げました。

与兵

ただ、はた織りでできた物の料金は、全部吾助に渡すっていう約束をしてきた。

鶴太郎

え~。

不服そうです。

与兵

お前、俺のもんだから、
俺がしたいようにしていいって言ったじゃないか。

鶴太郎

そこまで言ってない。

与兵

なんだよ、もう!

自分のものと言われて、ちょっと嬉しと思っていた与兵です。
怒りました。

すると、鶴太郎は与兵のお腹にまた寝転がり、手持無沙汰にしていた与兵の手を握ると、指に口をつけます。

鶴太郎

ううん。
与兵の言う通りにするよ。

そう言って、愛らしく微笑むと、指先を口の中に入れました。

与兵

え……、
えと……。

指先に生温かい感触がありました。

与兵

何なんだよ……、
こいつはいったい何なんだよ!

鶴太郎

でも、美味しいもの食べたいから、2個目の交渉はボクがしないといけないな。

鶴太郎

がんばって、
内助の功をやってみる♪

鶴太郎はそう思いました。
そして、嬉しそうに与兵に抱きつきます。

与兵

重い……。

ぽつりと言いましたが、どけたりせず、鶴太郎の頭を優しく撫でました。

しばらく二人でそうしていましたが、

鶴太郎

与兵、ご飯。

与兵

そろそろ
言うと思ったよ。

与兵は起き上がると、あきらめたようにご飯を作りに行きました。

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