第6章

ゆらめき

IN

THE AIR



小暮忍

どうも御無沙汰してます。まだやってます?

残暑厳しい夕暮れ時、

小暮忍と織原経華は夜からの出張施術の前に蕎麦屋で腹ごしらえすることにした。


扇そばという名の浅草のレトロな景観になじむように建っている木造の平屋造りの蕎麦屋である。


ガラガラと引き戸を開けても、

プロ野球中継に夢中で二人に気が付かない女将に織原経華が元気に挨拶する。

織原経華

こんにちは!!

おかみさん

ああ、小暮先生お久しぶり。あらあなたが噂の彼女?

小暮忍

…最近雇ったバイトだよ

織原経華

そ、そうです!最近雇われたただのバイトです!

小暮忍

菅原の入れ知恵だろ?あいつの趣味は俺を翻弄する事だからさ

菅原大吾

別に嘘言いふらしてるわけじゃないんだよ?あくまで俺の場合はそう見えたって話。ウハハハハ!

おかみさん

そりゃ失礼いたしましたね、へへへ。

織原経華

いやー、それにしてもお昼は暑かったですねえ!

経華がTシャツの首元を仰ぐ。


そこからブラの青い花柄のフリルちょろちょろと覗き、

小暮は目を伏せる。

小暮忍

メニューは全部壁のお品書きにあるから好きなの頼みなよ。すいません、むじなの冷やし一つ

おかみさん

はい、むじな冷や一丁。お嬢ちゃんは?



手書きのお品書きを凝視する経華。

織原経華

うーん、うーん

小暮忍

どうした?そんな難しい漢字のメニューは無いはずだけど

織原経華

むじなってどこにあるんですか?

小暮忍

ないよ。東東京の蕎麦屋の裏メニューだからね。たぬきの天かすときつね揚げが一緒に入ってるから同じ穴のムジナって事らしい

織原経華

何ですかその江戸っ子らしい粋な一品は!?
にゃんにゃん先生ばっかりずるいです!えー、じゃあ織原は凍えぽんぽこ一丁でお願いします

おかみさん

凍えぽんぽこ?

小暮忍

多分、ひやしたぬきの事を彼女なりに江戸っ子口調で言ったんだと思います

織原経華

御名答です!

おかみさん

はい、冷やしたぬき一丁ね





たぬきときつねが仲良しなんて素敵ねえ。

もっといろいろ聞かせて頂戴よ。



小暮忍

今の君か?そんな声色出すんだな

織原経華

はて?

小暮忍

(テレビの音か?)…いや、なんでもない。聞き違いだった。
そういや君、そこの伝法院通りはもう行った事あるかい?

織原経華

伝法院?いいえまだ

小暮忍

そこには鎮護堂というのがあってね。江戸時代に悪戯をする野だぬきの怒りを鎮めるために作られたという言い伝えから❝おたぬきさま❞の愛称で親しまれていて、防火、盗難除、商売繁盛のご利益がある、知る人ぞ知るパワースポットになっているんだ

織原経華

およよ、それは良い事聞きました!さっそく明日行ってみます!




でも本当のご利益は

安産祈願じゃないか

ともいわれている。



理由はその寺内の一角に

水子不動尊というのが

建てられていて、


実はそのたぬきというのは

幼くして

非業の死を遂げた

芸子たちの隠語だ

といわれているんだ。



だからそのたぬきの悪戯、

つまり

この鎮護堂が建てられた

本当の理由は

この世に恨みを持つ幼子たちの

祟りを鎮めるためだ

という事らしい。



そのせいか、


まことしやかにこんな話が今でも信じられている。





夜な夜な不意に

鎮護堂の通りの前を歩くと

人に化けた子たぬきの

綺麗な歌声が

聞こえるらしい。


万が一それを

女性が聞いてしまったら

二度と子供を産めない、


子宝抜きの体に
されてしまうってね



織原経華

ひィーーー!!普通に怪談噺?!



続く

第六章 ゆらめき IN THE AIR

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