経華は肩を竦め、お腹を抱えながら急に席を立つ。
ひぃー!!
経華は肩を竦め、お腹を抱えながら急に席を立つ。
す、すいません。ちょっと朝からお腹の調子が悪くて。トイレに行かせて下さい
ああ。そこの角の暖簾の所ね
御親切にどうも…よかったら私の分のたぬ・・・おそば召し上がってて下さい
肩をブルブルと震わせ、
お腹を抑えながらトイレに駆け込む経華。
ちょっと効き過ぎたかな
ええ、本当に怖かったもの。
私も一気に涼しくなったわ。
本当にお話上手ね
そりゃどうも…ん!?
はい、むじなおまちどー
若女将がむじなそばとたぬきそばを持ってくる。
むじなはそばの上半分に粗目の天かす、
もう半分を十分につゆが沁みたきざみお揚げが乗っかっていて、
ホウレン草とナルトが二つの中間に添えられている。
ゆらめく湯気の先にはさっきの女の声主がいた。
美味しそう
テレビじゃなかったのか?さっきの声は君か?いつからそこに居た?
ずっと見てたけど?
気づかなかった?
ああ、いや…もしよかったら少し食べるかい?どうやら俺は二人前食べないといけないみたいだからそうしてくれると助かる
いいえ。
見てるだけでお腹いっぱい。
それに私、お先にお稲荷さん頂いたから
お稲荷さん?この店に置いてあったっけ?
ええ。とってもとってもふっくらしてよく味の染みたおお稲荷さんを二つ。美味しかったわ~
女の言い方にどこか卑猥な響きもあったように感じたが、
小暮は特に触れず箸を割ってそばを食べ始めると女が一方的に話しかけて来た。
私ね、そこのロック座に巡業に来てるAV上がりのストリッパーなの
小暮、
一瞬そばをのどに詰まらす。
それでね、これはお世話になった先輩の踊り子の話なんだけど、昔はお金持ちの令嬢だったんですって。
でも、父の会社が倒産して家の借金の返済のために泣く泣くAVに出て、それでもあまり売れなくて吉原でソープに売られて、そこの店員と孕んだんだけど店長にバレて堕ろされて、借金が完済したころにはおっぱいも垂れて、男も逃げて、子供も産めない体で…踊り子になっても明るい未来なんて見えなくてどうしようもなくなって最近そこの川に飛び降りて死んじゃったらしいの
すまないがそれは怖い話じゃなくて、ただの気の毒な話だな。飯が食いにくくなるからやめてもらえないか?
あら、ごめんなさい。
…もう行かなくちゃ。
これからお稽古があって、
その帰りにその人が身投げした橋の袂にお花を手向けに行こうと思うの。
喜んでくれるかしらね?
小暮は箸を置いて口を拭きながら答えた。
それはあまりお奨めしないね。
霊感の強い知り合いによると事故死や自殺の場合、
花を手向けるのは実は良くないと言われている。
かえってその死者が自分の死を受け入れられなかったり、
未練が残って彷徨ってしまうらしい。
だからもしその人の元へ行くなら、
いっそ手向けてある花を摘み取りに行った方がいいと思うよ
へえ、そういうものなの。
また面白い話を聞いちゃった。
あ、ごめんなさい不謹慎ね私
女は今度は寂しそうに笑って席を立った。
俺もかつて君と似たような経験をした事がある。
そういう事が身近にあるとやり切れない気持ちは一生消えないのも知っている。
ただ彼女と親しかった君が踊り続ける事はきっと大きな意味があって、
切ってはいけない縁だと思うよ
ありがとう。そうだと嬉しいわ。
女は髪を狐の尻尾のように揺らしながら店を出て行った。
相変わらず、
野球中継に夢中な若女将はそれに気づかないでいた。
ちょっとして、青ざめた経華が帰ってきた。
私は屈しませんよ、にゃんにゃん先生!!
と言ったあと奇声を発し、
自分の冷やしたぬきを一気に食べて、
今度は本当に腹を下したらしく、
またトイレに引きこもった。
続く