お昼ごはんは近くにあったファーストフードに入った。魔法が解けたみたいに表情が柔らかくなった明は、ハンバーガーにがっついていた。
お昼ごはんは近くにあったファーストフードに入った。魔法が解けたみたいに表情が柔らかくなった明は、ハンバーガーにがっついていた。
灯。
テリヤキソースを頬につけて、明は私を見つめた。私は自分のほっぺたを突っついてそれを教える。
今日、誘ってくれてありがとな。おかげで、ずっと火憐ねえちゃんに言えなかったことを言えた。
そう言ってまたハンバーガーに食いつく明。表情はまだ薄い。声の抑揚は直っていない。でも、紡がれる言葉は柔らかい。
言えなかったこと?
私はチーズバーガーを見つめながらたまにはこういう昼ごはんも悪くないと思った。美味しい。
うん。姉ちゃんを救えなくてごめんねとか。
救えなくてという言葉に引っかかったけど、明がまだ何か言いそうだったので疑問を口に出すことはやめた。
…貴女が、好きです、とか。
…え?
予期しない言葉に私の世界は一瞬止まった。
好きって、火憐おねえちゃんが?
そう。
慌てて噛み直したハンバーガーは、ゴムの塊を食べているかのように味がない。
姉ちゃんはさ、ずっと何かを守ってたじゃん?俺には何を守っているのかわからなかったけど、姉ちゃんはずっと必死だった。俺達の前ではいつも笑顔だったけど、いつも何か考えてた。
柔らかい声で聴き取れる明の言葉が、私の頭に上手く入って来ない。火憐おねえちゃんが何かを守ってたことなんて、私は知らない。
火憐おねえちゃんは、可愛くて頭が良くて、運動もなんでもできた。いつも優しくて、何をしても駄目な私に色んな事を教えてくれて、自慢のお姉ちゃんだった。お葬式にも、たくさんの友達が来てみんなわんわん泣いていたのを覚えている。
そんなお姉ちゃんが、何かを守っていたのだろうか。
細かい日は覚えてないけど、どしゃ降りの雨が降った日があったんだ。俺は熱を出して休んでて、灯は普通に学校に行ってた。起き上がって窓の外を見てたらさ、火憐おねえちゃんが傘をささずに帰ってきてた。
そういえば。火憐おねえちゃんは私より早く帰ってくることがよくあった。当時の私は、小学生より中学生の方が学校が終わるのが早いのかななんて思っていた。よく考えると全くそんな事なんてない。
姉ちゃん、ずぶ濡れになりながら泣いてたんだ。初めて見た。姉ちゃんが泣いてるところ。そしたら姉ちゃん、俺が見える事に気がついて、すごく綺麗に笑った。その笑顔が、今も忘れられないんだ。
じゃあ、現在形で好きって、こと?
ああ。
知らない事実と、突然の自分の失恋に、頭がついていかない。さっきから知らないことばかりだ。ドリンクを一気に飲み干す。口の中を刺激する炭酸にクラクラする。
…知らなかった。
さっきと同じだよ。灯に話したことなかったから。
…それも、そうだけど。お姉ちゃんが何か守ろうとしてたなんて私、何も知らなかった。
明は一瞬こっちを見て、そして納得がいったかの様にため息をついた。
姉ちゃん、いつも俺に言ってた。灯は明が守ってほしいって。私じゃ灯まで守れないからって。
知らない。そんなお姉ちゃんは知らない。
一体お姉ちゃんは何と戦っていたの?
だから姉ちゃん、灯にはわからないようにしてたんじゃない?
明がシェイクを飲み干す音がする。
無知な自分に嫌気が差してきた。
明のお母さんのお墓に行く途中、私の頭はぐるぐるしっぱなしだった。知りたいと思ったけれど、こんなに知らないことがたくさんあるなんて思いもしなかった。言葉が出ない。私は今まで、何を話していたっけ。
私と明は黙ったまま電車に揺られていた。二人の間の空気を感じる余裕なんてなかった。
駅について地図を見ながら住宅街を進む。ヒグラシはどこへ行っても鳴いている。
明はお母さんのお墓に来るのは初めてだそうだ。
行ける機会は何度もあったんだけどね。
明は自嘲的に言った。
すぐに大きなお寺が見えてきて、私達はあまり迷わずにお墓の前へと着いた。
明のお母さんは美人で、でもどこか儚くて、明と同じ真っ黒な髪の印象が記憶に強く残っている。あの儚さの理由がわかった今、明の罪悪感も手を取るようにわかった。
線香を置き、静かに手を合わせる。
何も、言えなかった。明のお母さんに会ったら伝えようと思っていた事がたくさんあったはずなのに、何も出てこなかった。
どうか、ゆっくり眠ってください。
そう祈って、私は目を開けた。緊張しているような顔をする明が横にいる。
明の番だよ。
明は静かに頷いた。
同じように線香を置き、手を合わせる。
手を合わせている間、目を瞑った明は些細だけれどたくさんの表情をした。きっとたくさん伝えたいことがあったのだろう。だんだん彼の目に涙が溜まってくる。その涙は大粒の真珠となって彼の頬を伝い、地面に弾けて溶けた。
明の泣き喘ぐ声が漏れる。真珠はボロボロと大きな瞳からこぼれていく。
謝罪の声は次第に大きくなる。
ごめんなさい、おれ、約束したのに、助けてあげられなくてごめんなさい!一緒に戦うって言ったのに、力になれなくてごめんなさい!ごめんなさい…っ!
泣き崩れる明を見て、私は驚いていた。
感情をこんなにだす明は、あの日以来だった。本当に元に戻るかもしれない。
泣きじゃくる明の背中を擦る。ごめんなさいと言い続ける明が、なんだか羨ましいという気分になった。けれど。
ごめんなさい…でも、もう何度謝っても、何度反省しても、母さんも姉ちゃんも、誰も許してくれない。大丈夫だよって、またやり直せばいいさって、言ってくれる人はもうどこにもいないんだよ!
明が叫んだ瞬間、記憶が巻き戻る。
お姉ちゃんにクラスで浮いた事を話した時、お姉ちゃんは笑って言った。壊れたものはまた造り直せば、やり直せばいいんじゃない?って。
もう、誰にも俺は許してもらえないんだよ。二度と謝れないんだ。二度と笑顔が見れないんだ。こんなことって、ありかよ…っ!
その言葉と体を伏せて泣く明の姿に何故か私は恐怖を覚えた。ああ、ダメだダメだ、嫌な予感がする!
泣きじゃくる明が落ち着いたところで、私達は帰路についた。
私は明に優しい言葉をかけながら、頭では色んな事がぐるぐると回っていた。
知らなかったこと、不安なこと、怖いこと、たくさんのことがぐるぐるぐるぐるしている。
明はすっかり表情が柔らかくなった。
あの日の前の明が戻ったようだった。それは、この五年間私が何よりも望んでいたことのはずなのに全くもって嬉しさや幸せは湧いてこない。
明は五年間話さなかったことを一気に話すようにずっと話し続けている。しかしそれは私の頭には通らない。すっかり暗くなった夜道の中を歩く異様な雰囲気の二人を、四分の三位の大きさの月が静かに照らしていた。
明と別れて、一人夜道を歩く。住宅街の中だから、そんなに不安じゃない。けれど、心の中は冷たくて黒黒とした気持ちでいっぱいだった。
なんで明は色んな事を私に話さなかったの?火憐おねえちゃんは何を守っていたの?
どうして、私は何も知らないの?
その答えを知るには、どうしたらいいのだろう。お父さんは仕事で遅くまで帰ってこない。明はこれ以上の事を知らないようだ。
二人以外でわかる人。
違う。お父さんがくれたお母さんの日記。あれだ。
あれを読んだら何かわかるかもしれない。
私は走って家に帰り、急いで日記が入っている箱を開けた。日記は事件の三年前からつけられている。一日に二、三行程の量で幸せな家族の思い出が綴られている。
温泉旅行に行ったこと。
火憐おねえちゃんと喧嘩をしたこと。
お母さんに嫌いと言われて私がパニックになったこと。
お父さんとお母さんがくだらないことで喧嘩したのを、お姉ちゃんと二人で仲直りさせたこと。
たくさんの思い出がノートに刻まれている。全てが懐かしくて、輝いていて、いつの間にか私は泣きながらそれを読んでいた。
ノートは三冊目に入った。あの日の一年半前だ。突然文面が変わった。
私が学校でパニックを起こして同級生の女の子を突き飛ばしてしまった時があった。私は担任の先生にこっぴどく叱られ、女の子に謝った。とても優しい女の子で、手にすり傷が出来ただけだからと私を許してくれた。あの後先生からお母さんに注意の電話が行ったらしかった。
それが3月の半ば。読み進めていくと、段々とお母さんの悲鳴が増えていった。
3月25日
あまりにも電話がしつこいからとったら、秋野さんだった。
喫茶店に呼ばれて行くと、この前の灯の件で弁償してくれと全く妥当じゃない金額を言われた。旦那に相談すると答えたら今すぐ答えてとお冷をかけられた。
4月2日
姉妹の新学期の準備をする。
お願いだから灯と秋野さんが同じクラスにならないで欲しい。
今日も郵便受けにあることないこと書いた紙が入っていた。
秋野さんは、突き飛ばしてしまった女の子のことだ。秋野莉子ちゃん。あの事件でお母さんがそんな目に遭っていたなんて知らなかった。
日記を読み進める。
4月6日
灯と秋野さんが同じクラスになった。
灯の身に何か起こりませんように。
火憐の入学式、クラスは共に特に問題なし。本人も新しい生活にご機嫌な様子。
4月12日
小学校の懇談会。秋野さんがクラス委員になった。ありがたい半分、怖さがある。
早速、懇談会の後の親睦会に呼ばれなかった。
4月20日
連絡網がウチだけ回ってこなかったらしい。灯本人は、みんなとまだ仲良くないからかなあとのんきに言っていた。
5月15日
段々嫌がらせがエスカレートしている。とりあえず電話がしつこい。暇なのかしら。お父さんに相談したけど、莉子ちゃんの怪我に対しては金額が高すぎるってことで一致した。
5月21日
また喫茶店に呼び出される。
行くかどうか迷ったが私達の答えを伝えるために行った。正直怖かった。
秋野さんにお金を払えない理由を説明すると、莉子ちゃんはどうやらピアニストを目指しているらしく、莉子ちゃんの手には相応の価値があるらしい。すごく怒らせてしまった。
5月22日
灯に莉子ちゃんについてきく。
灯曰くとても優しい子。灯が突き飛ばした事を許してくれて、今でも仲良く話してくれるそう。将来の夢はCAだそうだ。これまた大層な夢だけど、ピアニストとはかけ離れている。どうしよう。
6月25日
連日の嫌がらせ電話と手紙にイライラしながら買い物に出かける。梅雨の時期、雨が降っていて視界が悪かった。卵を持って帰っていたところ、後ろから自転車にぶつかられた拍子に転んで卵が全滅。後ろ姿は、見覚えがある女性だった。秋野さんじゃなければいいけど。
7月4日
どこかから石を投げられる。頭にケガをした。血が出た。痛い。そして何よりの失敗は火憐に見られた。今日は半日で早く帰ってきていた。火憐は私に駆け寄って石が出てきた方へ叫び、私のケガを消毒してくれた。全てを説明すると、火憐はなんで教えてくれなかったのと泣いて言ってくれた。
7月20日
今日から灯が夏休みだ。ずっと灯といればきっと嫌がらせをされることは無いだろう。秋野さんだって娘に自分の黒い所を見られたくないだろうし。世のお母さんは夏休みは地獄だと言うけれど、今年の私の夏休みはむしろ天国だ。この四ヶ月耐えてきた嫌がらせから解放されるのだから!
細かな嫌がらせの内容が毎日のように続いている。家族の日常や思い出はもうほとんど書かれていない。
8月3日
驚いた。
久しぶりに一人で外を出たら、すれ違う知り合いのお母さんにことごとく無視された。一体どういうことだろう。
そして今日は火憐の初試合だった。バトミントンって四ヶ月であんなに上手くなるものなのかと感心した。自慢の娘だ。
先に行っていた灯と明くんの顔がキラキラしていた。
8月5日
火憐の一言で驚く。
私が長く浮気をしていて灯はその愛人との娘だという噂が流れていると火憐が血相を変えて報告してくれた。もちろん灯には聞かせていない。いや、聞かせられない。もちろんそんな話なんてでたらめだけれど。ついでに先日お母さん方に無視をされた理由がわかった。
火憐は学校での噂を全部断ち切ると燃えていた。私はお父さんに全てを話した。でも、広まってしまったらどうしようもないことだ。これから先どうすればいいのだろう。
9月3日
夏休みが終わってしまった。
つまりはまた嫌がらせが復活するということ。また連絡網が回ってこなかった。灯はこっぴどく叱られたらしい。でも灯は連絡網が回ってこなかったと主張し、うちの前の、有野さんにも電話が行くらしい。
でも担任の先生は保護者間の問題まで面倒みられないよなあ…。
9月25日
そろそろ嫌がらせが始まって半年が経つ。段々と心が折れてきた。
火憐は部活で忙しいし、お父さんは仕事が立て込んでいるらしい。灯には悪いけど、この事を隠し通しておきたい。
出来れば、秋野さんが飽きるまで。
10月10日
小学校の運動会。張り切ってお弁当を作って行った。クラスでの灯は楽しそうにやっていて安心した。やっぱり親同士でしか嫌がらせは起こっていないみたいだと思った矢先。観戦中、ブルーシートに置いていたお弁当が無くなっていた。留守番をしていた火憐が友達と話している隙に消えていたらしい。火憐が校舎裏に無残に捨てられていた弁当箱を泣きながら拾ってきた。灯には時間が無かったからと、近所のコンビニのパンを家族みんなで一緒に食べた。
悔しくて涙が出る。
灯のチームの赤組は負けた。
10月20日
中学校の体育祭。
今度こそと張り切ってお弁当を作る。
灯にはちゃんと早起き出来たと、誤魔化した。
中学校は平和だ。あと火憐は何でもできる。徒競走一位、騎馬戦は最多得点選手。あの子は誰の血を引いたのだろう?
お弁当もしっかり食べて、久しぶりに幸せな家族の一日を過ごした。
ちなみに、火憐のおかげか青組はダントツで優勝。火憐の輝いた笑顔を久しぶりに写真に収めることができた。
11月4日
火憐の一個上の学年に莉子ちゃんのお姉さんがいることが判明。体育祭で火憐が目立ったおかげで中学校ですら平和では無くなった。火憐が素振りでストレス発散していてすごく怖い顔になっている。
灯は2分の1成人式の準備が始まり楽しそうに学校に行っている。それだけが唯一の救いだ。
1月20日
火憐が百人一首大会で一位を取ってくる。だけど火憐は泣きながら帰ってきた。百人一首をしている間に筆箱が無くなっていたそうだ。
先生に相談したけど見つからず、また買い直さなくてはならないことを悔やんでいた。
火憐は犯人を秋野さんだと疑っている。これは良くないので、こんど叱ろうとおもう。
2月4日
2分の1成人式。灯が一生懸命準備をしていたのを知っているので気が進まなかったけれど行くしかなかった。案の定出席リストに私の名前が載っていなかったり、また親睦会に誘われなかったりといつもどおりの待遇を受けた。
だけど、灯の発表は本当に感動した。嬉しかった。途中、秋野さんの携帯のアラームが鳴ったりしたけれど、それでも彼女の精一杯の感謝の気持ちや希望が伝わって、お父さんにも聞いて欲しいくらいだった。
3月25日
灯が莉子ちゃんにケガをさせた日から一年が経つ。
日記を読み返すと随分と嫌がらせがエスカレートしてきた事が分かる。
卵が全滅だなんて週一で起こるし、よくわからない内容の手紙やメールや電話は毎日のように続いているし、親睦会やお疲れ様会も最後まで呼ばれなかった。
一体いつまで続くのだろう!
流石に一年も経ってそろそろ飽きただろうに。
4月7日
姉妹は二人共笑顔で帰ってきた。
クラス分けが良かったそうだ。
灯が、明と莉子ちゃんと同じクラスなの!と笑顔で言ってきた時は頭がクラクラした。またか。いつになったら逃れられるのかしら!灯の事は、明くんがいるし、莉子ちゃんとも仲が良いからそんなに不安じゃない。今度白沢さんの奥さんに挨拶でもいこう。近頃隣なのに顔を見ていない。
4月20日
懇談会。秋野さんにクラス委員に推薦され、やむなく委員になった。断っても断らなくても何をされるかわからない。
白沢さんは懇談会に出なかったため、一緒にクラス委員にされていた。
火憐が後輩ができて喜んでいる。灯は明くんと一層仲良くなったようだ。
5月22日
一つ、問題が発生した。
灯が明くんと遊ぶようになって家にいる時間が短くなった。結果、私が一人でいる時間が多くなって嫌がらせが増えた。
庭は荒らされて、玄関前に生ゴミが散らかる。それを火憐と灯に見つかる前に元通りにしなくてはならない。
お父さんに話した。でもお父さんに解決できる話じゃない。二人で解決策を練っても、出てくるのは高いリスクとコストがかかる策だ。ただでさえ出費が増えているのにそんなことはできなかった。
6月13日
庭や玄関にされていた嫌がらせが急に減った。その代わり電話やメールが増えた。ついに近所の関係ない幼稚園組のママさんたちまでが私を無視するようになった。中には聞こえる声でうちの悪口をいう人まで出てきた。
この街を出たい。最近の私はそればかり考えている。
6月30日
家に帰るとびしょ濡れになって泣いている火憐と涙目の明くんが玄関にいた。明くんは風邪を引いて学校を休んでいたらしい。明くんを家に送り、火憐に話を聞いた。火憐はしばらく部活に行っていないらしい。家の前の角で家を見張り、嫌がらせの犯人から守っていたそうだ。しかしせっかく犯人が分かりそうだと思って帰ろうとした今日、部活の先輩から呼び出され散々私と灯の悪口を言われ、歯向かったところ先生を呼ばれて慌てて帰ってきたという。知らない間に火憐を苦しませていたなんて。一体どうするのが正解なのだろう。
7月20日
夏休みだ。去年は嬉しかった休みも、全くもって嬉しくない。この街にいる限り私達にとって毎日が地獄だ。
火憐は大会には出られないらしい。練習に参加していないから仕方がないと言っていた。最近は午後の授業もちゃんと出ているか怪しい。けれど、私はそんな火憐を叱れるほどの体力がもうない。お父さんが夜ごと心配してくれる。傷だらけになった腕を優しく消毒してくれたり絆創膏を貼ってくれる。灯は笑顔で帰ってくることが増えた。それだけが、今の私の救いだ。
8月24日
ついに嫌がらせが灯の所へと行った。
去年まで女の子たちから誘われていた夏祭りに誘われなくなったそうだ。
灯は明くんと行くから別にいいよと言っていたけれど、不安しかない。
最近、プールや地区センターに遊びに行った灯が物を失くして帰ってくることが増えた。それも怖い。
不安が全身を襲う。もう嫌だ、いつまで続くの!もう私は疲れたよ、私の救いにまで手を出さないで!
9月1日
お父さんの会社にお父さんが部下の女性と二人で飲んでいる写真と、ホテルの手前を歩く写真と共に不倫をほのめかす文章が送られてきたらしい。
帰ってきたお父さんが、会社での信用が落ちてしまうと頭を抱えていた。もちろんそんなものはデマに過ぎないけれど。やめて、これ以上、私の世界を侵さないで。
9月24日
火憐がついに学校を休んだ。
灯とお父さんが家を出たのを確認して、火憐が発した一言目は、死にたいだった。涙が流れた。口をついて出た言葉は、私も、だった。二人で泣いた。
そこには、私の知っているようで知らない家族の姿が刻まれていた。
日記の文字が書かれた最後のページが現れる。
さようなら。もし誰かがこれを読む機会があるとするなら、このノートは、私の長い長い遺書だと思ってください。灯、あなた、ごめんね。
何も知らなかった。
全ての発端が私にあった。
それを知られないために、家族全員が私に全てを隠していた。
全てが繋がり、事実を飲み込んだ私の胸の中で、何かがサラサラと落ちていく感覚がした。