魔王が勇者によって倒されたと知ると
眷属たる魔物たちは絶望に沈んだ
魔王は魔物の導き手
人に害をなしていたものも
指導者を失った途端に散り散りになり
深山幽谷のそのまた奥で
鳴りを潜めるまでに至った
魔王が勇者によって倒されたと知ると
眷属たる魔物たちは絶望に沈んだ
魔王は魔物の導き手
人に害をなしていたものも
指導者を失った途端に散り散りになり
深山幽谷のそのまた奥で
鳴りを潜めるまでに至った
その一方で
人間達は諸手を挙げて歓喜に沸いていた
もう悍ましい魔物に怯えなくてもいい
わが身かわいさに媚びへつらう必要もない
占拠された街は戻り
奴隷達は解放された
それもこれも魔王が倒されたおかげ
そして魔王を倒し魔物から人を救うため
東奔西走した勇者
転生者たちのおかげである
人は転生者を崇め讃えた
元来彼らは神よりもたらされし存在
人々が彼らを信奉し神聖視しはじめるのに
そう長くはかからなかった
さて
時の王然り武将然り
権力という後ろ盾を手に入れた人間は
其れを振りかざしてしまうものである
転生者たちもまた然り
彼らは神の使いであり
英雄であるという立場を利用し
傍若無人な振る舞いをするようになった
人々はかく語る
なぁアンタ! 俺の彼女を知らないか!?
さっき酒場のおっさんがアンタと歩いてるのを見たって……
……ごめんねハニー。
僕ね、略奪とかキライな方なんだけど……
彼女が僕と運命感じちゃったんだって。
だからしょうがないよね★
はぁ?
そういうわけだから
悪いけど諦めてね。
ほら、僕みんなのアイドルだから。
好きになっちゃう気持ちも分かるでしょ?★
うるせええええ!
そのキラキラ出すのやめろよイケメン野郎!
シルエットでよくわかんねぇけどムカつくんだよ!!
あと俺はお前のハニーじゃねぇ!!!
あははっ! 怒った顔もハンサムだぞ★
じゃあまたね!
チャオチャオ★
おい待て! 彼女を返せ!
返せよおおおお!!!
──曰く、ふしぎなちからによって町中の女達がハーレムにされてしまい男(特に夫達)が泣いている。
お願いです!
ダンジョンを独占するのはやめてください……!
もう魔物退治で生計を立てていくことはできないし、
ダンジョンの宝や資源を売っていかなければ生きていくこともままならないんです!
どうかご慈悲を……!
……イヤよ。
どうして私が遠慮してあげなきゃいけないのかしら?
生活が苦しいのなら他のお仕事を探してみたらどう?
ウェイトレスとか……いくらでもあるでしょう?
い、今は魔物がいなくなったことで冒険者や魔物ハンターたちが次々と非戦闘職になって……町の中の仕事は残ってないんです。
私には魔法以外の取柄なんてないし……
ですからどうかお願いします!
もう食料だって……パン一切れすらなくって……
パンがなければケーキを食べればいいのよ♪
ええー……
あはっ! 私ったら天才だわ!
気分がいいし施しを与えてあげてもよくってよ!
はい、50,000デリー♪
え? こんな大金本当にいいんですか!?
ありがとうございます!
──曰く、ダンジョンを根こそぎ踏破されるので冒険者達の稼ぎが無くなり貧困化が進んでいる。
転生者様スゲェ!
山賊団ワンパンKOとかマジパネェ!
自分ガチリスペクトっす!
フッフッフ……苦しゅうないぞ、ちこう寄れ
く、クルシューナ?
チヨーコレ……?
何言ってんのか全然わかんねぇけどかっけえ!!
俺ファンになります!!
転生者様バンザーイ!!!
……ったく!
どいつもこいつも……!
──曰く、転生者に助けてもらった友人が病的なくらい崇めるようになりなんか気持ち悪いから縁を切りたいと思っている──
……とまぁ、こんな感じでさ
魔王がいなくなったら今度は転生者という壁が立ちはだかったわけなんだよね。
巨悪滅びれば正義が転じて悪また生まれるとは
なんとも皮肉なものだよね
うわあ それはたいへんだね
がんばってね
うん!
ありがとう♪
……ってそうじゃないよリクトくん。
神べつに感想とか欲しくて語ったわけじゃないよ?
じゃあ、何?
今の話と俺とどう関係あるわけ?
魔王はもう倒したんでしょ?
じゃあそもそも勇者なんかいらないじゃん。
転生者がどうこう言ってたけど
なんかお金あげてたり普通に人助けしてたりで大して迷惑そうじゃなかったし……
ああ、もう眠いしやめやめ!
この話はおしまい!
それでは
『こちらは英雄回収者です 〜ご不要になりました勇者、転生者、チート異能保持者を無料で回収いたします〜』
以上全2話にて完結です。ご愛読ありがとうございました!
三月先生の次回作にご期待ください!
~ 完? ~
こらこら、勝手に終わらせちゃダメでしょ☆
紛らわしい背景まで用意して……
そんなに異世界に行きたくないんだね!
何しれっと再開しようとしてるの?
やめて
はっはっは!
取りつく島もないって感じだなぁ!
そう。
だからこそ、キミなんだよリクトくん
神が屈みこむと、彼の着ている白衣の裾が衣擦れの音に合わせてちらちら燐光を放った。
リクトと神の目線が真正面からかち合う。
そっと覗き込んでくる様は、まるで本当の父親のようである。
闇を祓うのは光。
火を鎮めるのは水。
朝を溶かすのは夜。
命を食むのは死――
この世の森羅万象には対極をなすものがあり、
それらは互いにせめぎ合う天敵同士なんだ
僕は一人も転生者を送り込んだことはないけれど、他の神々ははっきりとこう言う。
『今生きている世界に少なからず不満を持っていた人間を、転生させ英雄として送り込んだ』
と。
そんな彼らをどうにかしたいと思ったら?
『今生きている世界に何の不満も持ってない人間』が適任だろう。
リクトくん、君は彼らと正反対なんだ。
全てでなくともありとあらゆる部分が、ね。
君は彼らの天敵になる
無茶苦茶な理屈だと思うかい?
でも世界は得てして理不尽と無茶苦茶の罰に溢れているものだよ。
そしてこんな迷信やまじないめいたものには密やかな真実が隠れている。
信仰の持つ『奇跡を起こす力』
――僕たち神の力の源だ。
神が信仰するなんておかしな話だけどね?
でも人が神に祈るように
神が人に願いを託したっていいじゃないか、
と僕は思うんだよね
それから僕ら神の使いともいうべき転生者たちのことだけど……
まぁ、さっきのは神の都合による二度目のゴッドジョークだとでも思っていいよ。
悲惨な事件を挙げると枚挙に暇がない。
一人はある一つの亜人族を独善でほとんど滅ぼしたし、
またある一人は私怨を動機に理不尽な殺戮を繰り返した――
こんな惨い話はたくさんあるけど、君はこういう話は嫌いでしょう?
僕も大嫌いだ。
もとより、そんな話で同情を引く気もなかったしね
どうせまた嫌がられるだろうけど、もう一度だけ言うよ。
この世界には勇者が必要で、君こそが勇者に相応しい。
リクトくん、どうか君に勇者になってほしいんだ。
そして世界にまた一時の平穏をもたらしてほしい
ごく短い沈黙。リクトはもう神のことは見ていなかった。
“聞くだけ聞く”とは言ったけど、
“聞いて考えを改める”とまでは言わなかったでしょ
うん、そうだったね。
ちゃんと聞いていたよ
異世界が大変かも、っていうのは分かった。
でもやっぱり何でそんなに俺にこだわるのかは分かんないかな。
眠いし
そうかそうか、伝わらなかったかぁ。
ごめんね。神、人と話すの久々だから勝手が分からないんだよね
あ、そ。
まあ、そういうわけだから。
分かったら早くここから出してくれない?
こんな寒々しい神殿の中で寝たら風邪ひいちゃうでしょ
よし分かった。
今すぐ君を出してあげよう
そうそう♪
そうやって最初から素直に俺の意向だけ聞いてくれてればよかったんだよ。
けど、やけにあっさり引き下がるんだね?
引き下がる?
ハッハッハ!
引き下がってなんかないよリクトくん!
は?
君なんか勘違いしてないかい?
神、“ここから出す”とは言ったけど、
“元の世界に戻す”とまでは言ってないよ?
なっ――!?
ちょ、ちょっと待って。
俺拒否したよね!?
異世界なんか行かないから!
絶対行かないし行きたくないから!!
えー? そうなのぉー?
さっきの答えじゃあまりにもふわっとしてて分かんなかったなぁ!
ほら……神、人と話すの久々だから。
勝手が分かんないんだよね、ごめんね?
……!
なんなの、アンタ……!
まじで意味不明だし嫌だって言ってんじゃん
なんと言ってくれてもかまわないけどね、
そもそも君に拒否権なんて最初から与えてないんだよね。
ほら、僕は神だから。
僕の意思一つで君を天国にも地獄にも送れちゃうし、
今すぐシーチキンかエノコログサに輪廻転生させることだってできるんだよね
……汚い
ハハハ!
怒ったかい? 僕のことが嫌いになったかい?
いいよいいよ、寂しいけど信仰は自由だからね!
まあ神とはおしなべて僕だから、そうなると君は『神を目撃した無神教徒』というおもしろすぎる存在になるわけだけどね!
「それじゃあ楽しいお喋りはこの辺にして」
そう呟くと、神はすっくと立ちあがりおもむろに片手を掲げる。
その刹那リクトの足元から眩い光の筋がいくつも放たれた。
光はリクトを囲むように滑らかな床を円状に切り取っている。
これは恐らく何かの術か不思議な力によるもので、
それがこの場からリクトだけを除こうとしているのは明らかだった。
ちょっと!
何勝手に転移魔法的なの使ってるわけ!?
やだ! 俺は勇者なんかやらないし
異世界になんて行かない!
絶対にやだ!!
ホラホラわがまま言わないの♪
大丈夫!
もう既に思春期高校生100人のうち900人が喉から手が出るほど欲しがる異能を君に与えているからね。
他の転生勇者たちなんて楽勝楽勝!
さっさと世界を救ってさっさと帰ればいいんだよ。
頑張ってね、僕の愛しい人の子《マイ ディア サン》♪
光は神が話す間にもその強さを増していき、最後にはリクトの姿を完全に覆い隠すほどになっていった。
もう必死の反論は聞こえてこない。
やがて光が小さな粒になり底冷えのする空気の中に散ると、
そこにはもう何も無くなっていた。
冷たい大理石の床、どさくさに紛れて送り込まれたリクトの自室のベッド、掲げていた腕を静かに下した神。
元の静けさを取り戻した神殿の中に、それだけが残った。